カジノへ行ってみませんか?(4)──天才美人ギャンブラー
カジノの内部はすごい賑わいようだった。行き交う人の顔も格好も多種多様、多国籍で、皆、基本的には笑顔でスマートに振る舞いながらも、勝負に対する緊張の空気というものを否応なく漂わせていた。
カフェで老人が説明してくれたように、花や芸術品がアクセントを加えているきらびやかな店内。電子掲示板の中でコインをばらまき大はしゃぎするキャラクターも見られた。
「この中に入っていく勇気はなかなか出ないですねえ」どのテーブルに対しても一旦足は止めるものの、
「そうですね」とキッパータックも同意した。
二人はスロットマシンが並ぶコーナーに近寄り、空いている台を覗いていく。
「ところで、もう数十分経っている気がするんですけど、案内人の
「あの人、ほんとに大丈夫なんでしょうかね」と疑い気味な叶。
マシンの席はほとんど空いていたので、二人は適当に選び、並んで座ると、叶が読み取り口にストックカードをセットして、操作する。
「えっと……全部を入れちゃ、もったいないですよね。入れるチップの枚数を選ぶには……」
キッパータックは待つ間、椅子の上で体を回して天井付近を見上げた。たくさんのモニターが並んでおり、ほかのテーブルのゲームの様子や、
「ああっ!」
「どうしました?」キッパータックは顔を叶へと戻した。
「どうやら間違えて全部入れちゃったようです。カードの数字がゼロになっちゃった」
「どうせ遊びなんですから、全部このマシンに使ったらどうですか?」
「ええっ?」叶はキッパータックとマシンとの間で顔を行き来させた。「キッパータックさんがくださったお金で購入したチップを、これに全部
「えっと、だめなんですか? 僕には全部同じ機械に見えるんですが」
「やれやれ、素人さん」一本の腕がすっと二人の間に伸びてきて、マシンを操作しはじめた。「こうやればチップは戻りますよ、ほら」
顔を見ると、ボゥビーンであった。
「ちょっと!」叶は鋭い声を発した。「あなた、那珂戸さん探しはどうなったんです?」
「ミスター那珂戸? もちろん会って、名刺交換を果たしたよ。僕に任せておけばこんなもんだよ」
「あなたの目的は名刺交換することじゃあないでしょうが!」
ボゥビーンはウエイトレスを呼び止めると、ノンアルコール・カクテルのグラスをもらって飲み干し、軽快に英語で会話を交わした後、そそくさと戻ってきて叶の隣のマシンに腰をおろした。
すまし顔で自分のポケットからストックカードを取りだしマシンにセットするボゥビーン。叶は吠えた。
「ねえ、話聞いてるの?
「こんなに早く目的を果たしたとなると、僕と別れるのがつらいはずだよ」ボゥビーンは神妙な面を作って答えた。
「じゃあ、那珂戸さんは美鶏さんのところへ戻られたんですか?」とキッパータックが訊いた。
「いや。那珂戸は今、プロのギャンブラー、ユイザ・スワンのブラックジャックを見守っているよ」ボゥビーンはマシンに向かって首を振る。「那珂戸はとても家族想いなナイスガイだよ。船を購入したら、そのボディーにワイフの名前を入れる予定らしい。素敵な夢じゃないか、応援するべきだと思った」
「船に名前? 名前なんて入れたら返品できなくなるじゃないの」
「ご依頼内容は那珂戸がワイフと連絡を取ること、だったでしょ? 船については僕たちにはどうすることもできないと思う。連絡はちゃんと取ってたから大丈夫だよ。僕が確認した。君たちも遊ぶことに決めたんだったら、人の心配なんかしてないで楽しく遊ぶべきだよ。カジノではとにかく、なにもかも忘れて盛大に遊ぶのがルール、マナーなんだからさ」
「私は那珂戸さんを探すわ。美鶏さんが心配してるんだから」叶は立ちあがると、キッパータックにストックカードを預けて、フロアを歩きはじめた。
叶は人が大勢集まっているテーブルに辿り着いた。そこがまさしくブラックジャックが行われている場所で、三人の男女がいかめしい顔つきのディーラーと勝負しており、真ん中に陣取っているのがユイザ・スワンと
緊張漲る勝負師たちを後ろから見守っているギャラリーたちの中に、黒いアウトドア・ベストの中年男の姿がたしかにあった。叶が話しかけようと足を踏みだしたとき、急にため息のような声が周囲からあがり、ユイザが立ちあがった。勝負がついて、どうやらテーブルを離れることにしたらしい。
ユイザが動く方へ引き寄せられるように那珂戸も動いていく。
カジノから出ていくのかと思ったら、ユイザはガラスで仕切られた喫煙コーナーに入っていった。那珂戸は中には入らずガラスに張りついてユイザを見つめる。気づいたユイザは、ファンの追っかけには慣れているのか、那珂戸の方へ軽く手を挙げてにこっと微笑むと、その後は俯いたまま電子タバコを取りだして一服しはじめた。
「ちょっと、お客さん?」叶が那珂戸に声をかける。
「ひゃっ!」と那珂戸は、急に声をかけられたことに驚き、振り向いた。
「喫煙コーナーの覗き見も美女の覗き見も法律で禁止されてますよ。あなた、那珂戸さんですよね?」
「どうして私の名前を?」
「あなたは有名なお尋ね者だからです──というのは冗談で、私はあなたのご友人の美鶏さんと、あなたが回る予定だった
「ああ!」那珂戸はガラスから離れて、叶へと向き直った。「あなた、大庭案内人とかなの? さっきカジノ案内人の方にはお会いしましたけど。美鶏さんが雇ったらしくて」
「そうです、ホールで待っていらっしゃるので戻ってください。早くしないと美鶏さん、今ごろ十代の少年にプロポーズされてるかもですよ?」
「十代の少年に?」
「ええ。こまっしゃくれた少年がホールにいましてね、なにやら迫っていた様子でした。それに美鶏さん、子どもに対しては一切無防備だって言ってましたから」
「受け入れる気満々なの? それ」
しかし那珂戸は、美鶏にも連絡したことは伝えたし、家族がミリンダ・ランドから戻ってくるのは夕方だから、まだ時間がある、と言った。
「じゃあ、まだカジノをやる気なんですか?」叶は信じられない、というふうに目顔を力ませて言った。「本気でカジノで船が買えるとでも?」
「もちろんです。船に関しては運に味方してもらわなければすぐには叶わないでしょうけど──せっかく来たんだし」那珂戸はポケットを探りはじめた。「私のストックカードはボゥビーンさんに渡したから、あなたへのチップは現金でいいですかね?」
「チップ! チップなんていりませんよ。私はウエイトレスでも案内人でもないのですから」
そうやってあれこれ言い合っているところへキッパータックが急ぎ足でやってきた。
「あ、キッパータックさん」
「叶さん、ちょっと大変なことになってしまいまして」
「え?」
「実は──」
キッパータックは事の次第を話しはじめた。
数分前、叶が那珂戸を探しに離れた後、キッパータックはボゥビーンに勧められてビデオポーカーのマシンに座った。すると、隣にいた男がマシンの還元率などの解説も兼ねていろいろ話しかけてきた。ふと顔を見ると、ホールでブルックス少年を突き飛ばしていた、あの
「はっきり見てないんですけど、きっと間違いないです。あれは僕の蜘蛛です」
「蜘蛛!?」と、叶と那珂戸はユニゾンで言った。
「取り返さないと大変なことになります。警察に、
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