人生の巣(4) ──人生を案内しよう

 二匹のありが土のトンネルを歩きはじめたので、キッパータックもついていくしかなかった。実にか細い脚が自分の体を支えていることを知ったが、六本脚というのも結構安定感があるな、と思った。

 最初の横穴の前で案内蟻たちは止まった。進むときは這っている彼らも、話すときはなぜか人間のように二本足で直立する。

「ここが最初の部屋、『家族・友人の間』だ。ここを覗けばおまえが人生で得る家族、友人の数がわかるのだ」

「え?」

 キッパータックより先に二匹の蟻が中を覗いた。二つの頭をよけながらキッパータックも覗いてみる。

 そこは居間のような空間になっていて、こたつとテレビがあった。土の壁にカレンダーまでかけてある。しわしわの年老いた蟻がこたつに入っていて、包帯を巻いた蟻がテレビのチャンネルをいじっていた。

「こたつ、ある。おまえ、日本、人か?」案内蟻が訊いた。

「父は日本人ですけど、こたつってなんですか?」

「おおおーい、なんだよ、ありゃ」

 こたつとほぼ変わらない大きさの蜘蛛くもが現れて、テーブルによじ登ろうとしていた。

「でっかい蜘蛛だな。はじめて見たぞ」

「蟻、少な、い。おまえ、家族いない、のか?」

「独り暮らしです。でも、蜘蛛が家族みたいなものですね」

 二つの黒い頭がくるっと回って、キッパータックを見た。「蜘蛛が家族? なんだそりゃ。それでも人間か、おまえ」

「今は蟻です」とキッパータックは真顔で答えた。


 次に辿り着いた横穴の中はかなり広い空間となっていた。

「ここは『食糧庫』。おまえが一生のうちにどれほど稼ぐのか、この部屋の中身を見れば一目瞭然なのだ」と案内蟻が説明した。

 またもや覗こうとするキッパータックを制して案内蟻たちが先に覗いた。キッパータックも彼らの体の隙間から懸命に覗こうとする。

 部屋には缶詰が積まれていた。右左の壁際に五段ほど重ねられていて、中央は通路なのか開けられていた。そこに作業蟻が二匹いて、缶を並べたり箱から取りだしたり、別の場所に移したり移さなかったりを黙々とくり返していた。

「ふーん……」と案内蟻。「普通だな。貧しくもなければ豊潤ほうじゅんでもない。蟻たちも実にマイペースに仕事をしている」

「でも、部屋はこんなに広いのですから、もっといっぱい缶詰があってもいいような――」とキッパータックは不安になって口を挟んだ。

「だったら、稼げば、いいこと、だろ」と蟻がしかった。「ここの、蟻たちは、おまえの職務態度を、表している、のだ。おまえが、もっと頑張れば、蟻たちも、頑張る。缶詰も、増える!」

 右側の山の缶詰が一つ、左側担当の蟻の手に渡った。蟻はそれを左側の山に加えると、別の一つを取って箱に詰めた。すると右側担当の蟻が「こっちにも一つ」と言った。左側の蟻は先ほど加えた缶を手に取ると、それを右側の蟻に渡し、箱に詰めた缶を取りだすことで一つ減った分を補った。

「一体、なにをやってるのですか?」キッパータックはとてつもなく悲しくなってきた。「どちらに置いても一緒でしょう? なんだか意味のないことをずっとやっているように見えます」

「きっと微妙なバランスというものがあるんだよ」蟻が忌々いまいましげに吐いた。「お前に仕事の一体なにがわかるというのだ。なにか言えるほどの立派な仕事をこの地球上で、この蟻たち以上にやっているとでも言うのか!」

「…………」


 そのほかにも、巣にはいろいろな役割の小部屋がいっぱいあった。すべてがおまえの人生を表しているのだ、と案内蟻たちははばかることなく答えるのだった。キッパータックはすばらしいものを見せられている――とはまったく思わなかった。見れば見るほどもれなくうれいが引き起こされた。こんなものが自分の人生だなんて、思いたくない。

 巣はもう行き止まりだった。そこにある木製の扉。中でなにが行われているのか、カタンコトンと小気味こきみいい音がれてきていた。

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