彼女は知らない。
kuhei
第1話 魅せられた世界
僕に椅子に座るように言って、頭上から半球で中が空洞となった帽子のようなものを手渡した。かなり軽い。
彼女は言葉少なくなり、それらの使い方を端的に話した。
「半記憶仮設装置は使い方としては単純なんだけれど、使う人によっては何も見えない場合が4割ほどあるの。6割は大体見える。けれど6割の中でも」
「僕は多分6割だよ。君の太鼓判があるからね。」
僕から少し冗談を言ってみるものの、今までのように話さず、「ほら早くつけてみて」とせかした。
言うことを聞いて、半球を顔と前頭部が隠れるように被った。
かぶったままそこで椅子についてあったスイッチを押し、ベッドに横になる。目をつぶった。先ほどまで真っ暗だった全面が少しずつ明るくなり、白と黒のポリゴンが目の前で構成されていった。おそらく半記憶仮設装置は脳内に電気信号を送り、僕の網膜などをスキャンして同じ細胞と誰かが経験した記憶の電流をを作り上げ、視覚細胞に近づき、接合させたのだろう。
彼女にとって僕がこれを見ることに何の意味があるのだろうか。同じ障害を二人に過去持っていたからといって、同じような日々を過ごしたわけでもない。けれど彼女へ抱いたほんの少しの愛念がそこになんとか意味を見出そうとした。
「おばちゃん、これ頂戴!」
小学生くらいだろうか。手をつないで女の子と片方ずつの手で、できる限りいっぱいにもったお菓子のたぐいを、背伸びをしてやっとおけるぐらいの机の台においた。机は木でできていて木目が少し荒く、手の裏に薄く跡ができた。それを面白がってさすった
建物内は古びた木造建築で天井を見ると部屋の真ん中と棚に色とりどり、大小さまざまなお菓子が取りそろえられている。とくに上の方には人型のおもちゃや銃の形をしたおもちゃが雑然と並べられており、どこをみればいいのか目の行き場に困る。
なんとも不思議な光景である。
「はい、ありがとね。お嬢ちゃんと一緒でいいの?まぁこんなにたくさん。」
「大丈夫。ちゃんと二人で貯めたんだ。お母さんたちもお小遣いの中だったら何を買ってもいいて言ってた。」
ほこらしく胸をはり、笑みを浮かべ店主のおばあさんを見つめ、おばあさんは女の子の方に目をやる。彼女も微かにうんとうなずいた。
「そうかい、ならよかった。」
なにやら機械でお菓子のたぐいを読みとっていく。男の子はその間、ポケットから布で出来た小さな袋を取り出し、じゃらじゃらと音を鳴らしながらおばあさんがの作業を待ち、そわそわしている。片手にはしっかりと女の子の手が握られていた。
「全部で200円だね。丁度じゃないか、すごいね。」
男の子は返事はしないが、すこし鼻をこすっている。先ほどの袋から金属製の円形のものをだす。その間におばあさんはお菓子を掌くらいの大きさの袋に詰めていく。
「はい、丁度いただきました。ありがとう。また来てね。」
「うん。バイバイ。」
「…ばいばい。ありがとう」
手を振り子供たちはその建物を後にする。
眼前に見える光景は小さなポリゴンとなり、崩れ去っていた。視界が黒に染まっていく。
彼らの動作はなんら変わりなく人間として予想できる範疇の動きであり、それら行動が何を意図して行っているかもこれまで学んできたからこそ理解出来るものの、現在の日常とかけ離れ違和感が残る。
それら違和感は言葉にできず、ただ一言、記憶に残ったその言葉を口元で小さく放ちながら現実に戻されていった。
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