深夜バス

しらい家

【深夜バス】

このバスはただのバスにあらず。『猫バス』などと言った摩訶不思議バスの類に分類されるバスである。名をば『深夜バス』となん言いける。私にとってこの『深夜バス』での出来事は実に興味深く、大変面白いものであり、それ以上に恐ろしいものであった。『深夜バス』での恐ろしい出来事を忘れないため、ここに書き記すことにする。


 まず、なぜ私がこのようなバスに乗ることになったのか、その経緯を説明しよう。私は生まれ故郷からある場所へと移動していた。その移動手段として深夜バスを利用している。何故生まれ故郷大好きで有名である私がわざわざ別の場所へ向かっているのかは今回の話に関係のない事なので説明は省かせていただく。それよりも重要なのは、私がこのへんてこりんバスを選んだ理由である。移動手段というのはいくつもある。皆様が思い浮かべたであろうものや、また別のもの。例えば、徒歩、自転車、車、他にはスケートボードなど様々である。では何故、私はこれを選んだのであろうか。実際のところ私にも分からない。謎なのである。気づいたら席を予約し、乗車チケットを購入していたのである。「説明になってないではないか!」そう仰る読者の方もおられるであろう。私もそう思う。申し訳ない。

 しかし今になって考えてみると、これは『深夜バス』の持つ魔力によるものなのではないだろうか。その異質な名前からくる得体の知れない恐怖。バスであるのか、はたまた別の『なにか』なのか。その正体は乗った者にしか分からない。故に、それを知ろうとして人は『深夜バス』に乗り込む。『深夜バス』のもつ魔力の根源とは、こういった人間の探究心なのではないだろうか。

ここで忠告しておこう。ありあまる探究心に身を任せ、むやみやたらに『深夜バス』へ乗り込もうなどとしてはいけない。今回の出来事を経て、私はそう実感した。そもそも『深夜バス』とは、そう容易く乗れるものではないのだ。もちろん、一般的には代金を支払えば乗車することは可能だ。しかしそれは、ただの移動手段としての深夜バスの在り方だ。私の言う『深夜バス』とは、もっとねっとりと奥が深く、真っ黒な闇のようなものであり、興味深く、面白く、そして恐ろしいものなのだ。その闇を感じてこそ、本質的な『深夜バス』へ乗ることができる。これは移動手段のための深夜バスとはまったく異なるものである。深夜バスに乗っているときとは違う感覚を『深夜バス』では味わうことになる。ここで難しいのは、どちらにせよ深夜バスには乗車していることだ。深夜バスに乗っている際に、感覚的に『深夜バス』へ乗ることになる。実に難しい話だ。ともかく、私はその感覚を味わったのだ。


 時刻はすでに22時を回っていた。通常の私であれば、そろそろ寝床に転がり込んでいてもおかしくない時間帯である。それなのに私は何故、このような場所にいるのか。ここはとある駅である。こんな時間だというのに、人で賑わっており、駅のすぐ側では、とあるタワーがギラギラ光っているのが見える。私の故郷とは大違いだ。街行く人々も心なしか高貴なお方のように見えてきた。そもそもこの街は、高貴な方達が住まう由緒正しき街であった。ちなみに言うと、私の故郷とこの街は犬猿の仲にあり、人々は罵り合う関係なのだ。詳しく知りたい方は『琵妙湖戦争』に関する書物を読んでいただくことをお勧めする。

 バスが来る時間までは少し時間があったので、停留所のすぐ側のベンチに腰を下ろし呆然と辺りを眺めることにした。今思えば、この行動も私を『深夜バス』へと乗車させる原因の1つだったような気がする。辺りを眺めると、やはり高貴な方達が品格を漂わせながらかつかつと歩いているように思われた。こんなみすぼらしい私に眺められているからか彼らはさぞ不満そうな顔で前を通り過ぎて行くばかりであった。あまりに不満そうなので、私は悲しくなって眺めることをやめようとしたのだが道路を挟んだ先に白いヒゲをたくわえたおじいさまがいらっしゃることに気がついた。気がついたというか、気がつかされたのだ。そのおじいさまがあまりにも目を見開いて私のことをみつめているため、その視線を感じとったのである。ネイビー色のセットアップを見に纏い、ネイビー色のハットを被っていて、四方八方へひっちゃかめっちゃか伸びた白いヒゲをたくわえている。四方八方へ生えてるヒゲは遠目でもさらさらとしているのがわかり、きらびやかな艶を帯びていたため、手入れをしていない訳ではないように思われた。これだけ印象的なヒゲをお持ちのおじいさまであればどこかで見かけたら忘れることがないだろうと思ったのだが、私はそのおじいさまに出会った記憶がなければ、見かけた記憶さえなかった。そのため私にはどういう理由でみつめられているのか見当がつかなかった。見ず知らずのおじいさまにみつめられるというのは恐怖でしかないのだ。どれだけ艶のある四方八方に伸びたヒゲをたくわえていたとしても。さすがにどうすればよいか分からず、とりあえず会釈をすることとした。小さく会釈をすると、おじいさまは見開いた目をさらに見開いて小さく会釈をした。その時、ちょうど良いタイミングで私の乗車するバスがやってきた。「助かった」と心の中で呟きながら、そのバスへと乗車した。

 バスの席は3列あり、1列目と2列目、2列目と3列目の間に狭い通路があった。私は両側に通路がある2列目の席であった。場所はちょうどバスの真ん中あたりであった。窓側の席がよかったのだが、結局すぐに睡眠へとダイブするのだから良しとすることとした。出発時刻まではまだ10分程あったのだが、この間に寝てしまおうと考え、自席を囲う仕切という名のカーテンを閉めた。カーテンを閉める際に、私の右手の席が目に入った。その席も仕切という名のカーテンが閉められていたのだが、少しばかり隙間が空いていた。私は無意識の内にその隙間をじっと見ていたようで、隣の席の人物と隙間から目が合ってしまった。急いで目を逸らしてカーテンを閉めた。隙間から見えた隣の席に座る人物は四方八方に白いヒゲを生やしたおじいさまであった。そうである。先ほど道路を挟んだ向かいにいたあのおじいさまである。

 つい先ほどまで目の前にいた人間が自分の隣の席に座っているなんてことがあるのだろうか。いいや、ない。断じてあるわけないのだ。あっていいわけがない。そもそも同じバスに乗車するなんて偶然あるわけがない。もしかすると、あのおじいさまはなんらかの方法で私がこのバスに乗ることを知っていて、それでなんらかの理由で私のことをみつめていたのではないだろうか。しかし、いくら考えてもなんらかの理由が思いつかなかった。これ以上考えるのはやめようと思い、ガクガクと震える足を抱えこむように座り、力一杯目を閉じた。ただ目を閉じるだけだとまぶたの内側に先ほどのおじいさまの顔が思い出されそうだったため、気を紛らわせるために思いつく限りの可愛らしいネコちゃんを想像することとした。これのおかげでなんとかまぶたの裏には、あのおじいさまではなく四方八方に毛が伸びたでぶっちょネコちゃんが現れることとなった。これはこれで、あのおじいさまを連想させるのだが可愛いのでよしとした。

 目を閉じてから数秒で私は睡眠へとダイブすることに成功した。数分ほど寝ていたのであろうが足元になにか違和感を感じたため、私は睡眠から帰還することとなった。重たいまぶたはなんとかして開けることができたのだが、目の前がなぜか真っ白であった。まだ脳が寝ているのかと思ったのだがどうやらそうではないらしい。よくよくみると細い繊維の束が目の前にあるようであった。まるであのおじいさまのヒゲのようにさらさらの繊維が束になって目の前にあるようで。そう考えた時、はっとなりその束をつかもうとしたのだが左手がまったく動かなかったのだ。右手は動いたため、その繊維をつかむことができた。それは想像していた以上にさらさらでやわらかいものであった。繊維の束を目の前からどけることができ自身の体に視線をやると、なんと下半身と左上半身に繊維の束が巻きついていたのである。その繊維の出何処に目をやるとやはり隣の席からであった。やはりこの繊維の束はあのおじいさまのヒゲだったのか。そう思った時には、左上半身から右上半身へ、そして首へ顔へとおじいさまのヒゲが勢力拡大し全身を覆ったであろう時に私は気を失ってしまった。

 目を覚ますとそこは辺り真っ黒の何もない場所であった。上下左右が真っ黒であり、まるで私の友人のごとく黒い世界であった。この時、私はなぜか冷静であった。通常であれば、慌てふためき、発したことのない奇声を上げるであろうこのような状況下で私は冷静さを保っていたのである。全く知らない場所へ来たというよりかはとても馴染みのある場所へ来た時のような気持ちを味わっていた。

 私は何も考えず、数歩歩いてみた。しかし景色は何も変わらず本当に私は歩いたのだろうかと思うほどであった。この時ようやく元の世界へ戻れるのだろうかと少し心配になった。そもそもここは、今流行のいわゆる異世界という場所なのだろうか、はたまた私の夢の世界なのだろうか、そして私を覆っていたあのヒゲはいったい何なのか。考えることが多すぎた。いろいろと思考を巡らせながらまた少し歩いてみた。やはり、景色は変わらず真っ黒の世界のままであった。今度は思い切って走ってみることにした。感覚的に50mほど走ってみると前方に白いものが見えた気がした。立ち止まってよく見てみたが一体何かわからなかった。ふと右側を見てみるとそちらにも白いものがあるように思われ、左側、そして後方までにも白いものがあるように思われた。前方にあるものは、他のものより近くにあるような気がしたため走って側まで近ずくことにした。しかし、いくら走ってもそこにたどり着くことはなく、走っているうちに今度は右側の方が近いような気がしてきたためそちらに向かって走ることとした。右側の白いものに向かって走り出してみたのはいいのだが、いくら走っても先ほどと同様にたどり着くことはできず走っているうちにほかのものの方が近いような気がして今度はそちらに向かって走った。鬼ごっこをしているような気分であった。何度か走ってはみたのだがとうとう体力が底をつき、私は地面に倒れこんでしまった。

 力尽きてしまい私は目を閉じた。この近づけそうで近づけないようなものが、私の日常を想起させた。何にもやりがいを感じない日常を。

 私はやりたいことを見出せない症候群を発症させていた。何をしてもやりがいを見い出せず、かといって何もせずに怠惰に生きることを良しとしていなかったのである。それに私は影響されやすい人間でもあった。見たもの、感じたものに影響されやすい性格であった。誰かが楽器を演奏すれば私も楽器を握り、スポーツ観戦をすれば私もあの舞台に立ちたいと思い、何かアニメを観ればその世界にどっぷりはまり抜け出す術を見失ってしまうほどであった。私はどんよりと暗い気持ちになってしまい、このまま寝てしまおうかと考えた。すると、どこからか小さなかすれた声がきこえてきた。

「この世界はお前自身を写している。お前がどのように生きるかを考えたときあたりは光に包まれるであろう」

思わず立ち上がり、辺りを見渡したが誰かがいる気配はなかった。きっと気のせいだろうと思ったのだが先ほどの言葉が頭の中をグルグル回り離れなかった。

「この世界はお前自身を写している、、、。あの白い物体もなにか関係があるのだろうか。」

目の前にある謎の白い物体をながめていた。

「近づけそうで近づけない。掴めそうで掴めない。本当に私の今の生活のようだ。」

実際のところ私は何がしたいのだろうか。すぐに影響されふらふらと生き方を迷走させることはもうやめるべきなのだろうか。私にしかできないことがなにかないのだろうか。

 ふと白いものをよくみてみると少しではあるが私に近づいてきているような気がした。左右後ろと見回してみると、やはり少し近づいてきているような気がした。そう思っているうちにじわじわと私に近づいてきたのである。私はそれをただぼんやりと見ているしかなかった。そしてしばらくすると、私の四方を取り囲むような状態になった。手を伸ばせばすぐに掴めそうであった。

「さっきはどんだけ追いかけても追いつけなかったというのに。私が追いかけなかったら近づいいてきやがって。このツンデレさんめ。」

 そう思いながら、白いものの1つをよく見てみるとそこには私自身が映っていた。楽器をこねくりまわすようにして演奏をする私であった。

「これは友人が演奏するのに影響され、なんとか楽器の一つでも演奏したいと思い努力していたときではないか。それにしてもひどい有様だ。楽器だというのに音の一つもでていない。これならば楽器を殴って音を出した方がマシな気がするぞ。だが、我ながら楽しそうな顔をしているなあ。」

 隣の白いものへ目をやってみた。そこにはバスケットボールをダムダムとバウンドさせる私が映っていた。当然うまくいかず、5回ほどバウンドさせるとボールが勝手に散歩に行ってしまっている。そしてその隣は、ハマっているアニメグッズに囲まれながらテレビをかじりつくようにしてアニメ鑑賞をする私が映っていた。この頃は次の話を待つことだけを生きがいとしていたなあ。アニメに生活の主軸を置きすぎて友人と他人と出会う機会が一切なく、安否を何度も確認された。それに、アニメにあれほど散財するとは思わなかった。客観的にみるとどちらもなかなか滑稽な姿であり、笑ってしまった。しかし2つとも我ながら楽しそうな顔をしていた。

 そして最後の1つを覗いてみたのだが、中は真っ暗であった。まるで今の真っ黒の世界ようであった。どのような角度から覗いてみても中は真っ暗であった。

「周りはこんなに白いのに中が真っ暗なんてあるものなのだろうか。まさかこれは今の私を映しているのだろか。いや、それならば少なくともこの4の白い物体が映っていなければおかしい。一体どういうことなのだろうか。」

 私は少し考えてみたのだが当然なにも浮かばなかった。

「そもそも、なぜこの白い物体には私が映っているのだろうか。さすが異世界としか言いようがない。」

 もう一度他の白いものを見回してみた。

「本当に不思議なものだ。映っていることもだが、この映っている私もまた不思議なものだ。まるで多重人格である。人はこんなにも様々な姿をみせれるものなのだな。ただ、どれもうまくいっているようにも見えないのが残念ではある。」

 この頃はうまくいくとかそんなことは考えたことはなかった。ただやりたいことができる。それだけでよかったし、それがなによりも楽しかった。

「今思えば、なんとも幸せな日々だったなあ。」

まさかとは思い、中が真っ暗な白いものをもう一度覗き込んでみた。よくよくみてみると真っ暗なわけではなく、中で黒いもやのようなものがゴウゴウとうごめいていた。

「これも私を映しているのであろう。ただ、これだけは未来を映しているのだ。私が未来に悩んでいるが故にこの白い物体だけは中が分からないのであろう。まだ先が未定だからなのだ。」

 今のわたしは、この真っ黒い世界に来たときとは少し変わったのである。3つの白い物体に映る私をみて気がつかされたのだ。やりがいをみつけることのできないことは大変もどかしいことである。しかし、今まで私は様々なことに挑戦してきた。それも、どれも楽しみながら行っているのだ。それで今は幸せではないだろうか。これから先さらにたくさんのことに挑戦するだろう。どれも楽しみながら行えるかは分からないが、私なら今までのようにそうすることができるのではないだろうか。その中でなにか引っかかるものが出会えればそれが一番よいだろう。もし出会えなければ、また出会えるまで様々なことに挑戦すればよい。私はまだまだ若いのだ。それに世界は無限なのだ。

 中が真っ暗な白いものの中には白いものが1つ浮かんでいるような気がした。


(ーーーーーバスがきます。お乗りになる方はお足元にご注意ください。)


 アナウンスの声で目を覚ました。ハッとして自身の体を見回したが毛の一本もついておらず体は自由に動かすことができた。

「バスに乗車すらしていない、、、。」

 頭が混乱していたがのり遅れることはできないと思いバスに乗車した。席についてからゆっくりと状況を整理することにした。荷物を預け席についた。席に向かう途中に、恐る恐るおじいさまのいたあの席を見てみたのだが、そこには女子大学生と思しき人が座っていた。

「さっきのは、夢だったのだな。バスがくる数分間眠っていたのだろう。ただなんとも不思議な夢ではあった。」

 先ほどのが夢であったとしても、私の小さな心境の変化には変わりは無かった。私は1歩いや3歩くらいは前に進めたのではないだろうか。今までとは違い、未定の未来に少し希望とまではいかないが楽しもうという気がでてきたのだ。将来をみたいと思ったのだ。

そのようなことを思いながら、もう一度睡眠へとダイブすることとした。今回はおじいさまに邪魔されない安眠へと。

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深夜バス しらい家 @maiteyagyonin

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