退廃的なのがいいの
さらみ38
時が止まった
人気のない工業地帯、足取りもおぼつかない彼は週に一回必ずその場所を訪れた。
私は黙って後をついて行く。
何かぶつぶつと呟きながらもう昔に潰れてしまった廃工場の錆びれた階段に、彼の足音だけが小さく響く。
夏の風が強く吹きつけてギシギシと、階段どころか建物までもが崩れそうな夜だった。
階段を登り、屋上の扉を開ける時、きまって彼の目には涙が浮かんでいた。
男の癖に私よりも弱く泣き虫な彼のことが好きだったし、そして大嫌いだった。
彼の後に続いて屋上に出ると、ちょうど一年前、あの日と同じような夏の星々が綺麗に夜空を照らしている。
「ねぇ、翠」
「先週大学を中退したんだ、まぁ、もともと全然行けてなくて学費の無駄だったしさ。」
乱雑に置かれた鉄パイプの山の上に座って彼は呟いた。私は何も言わず隣でただ星空を見ていた。
「バイトも上手くいかなくてさ、情けない話だけど親に頼って生きてるんだ。」
「翠が居なくなってから僕はなんにも出来なくなっちゃったんだ、何かやろうとしても君のことを思い出して…、誰の役にも立たない、迷惑かけてばっかりの人生だ、僕はもう死にたいよ。」
彼の頬に一粒、涙が流れ落ちた。
「でも僕が死んだら翠は悲しむ、だから頑張って生きてるんだ、君のために僕はまだ生きてるんだ」
「なんにもできなくたって僕が生きてるだけで翠はそれでいいって言ってくれるよね。ずっと大好きだから。」
違う、そう思った。
私は知っていた。彼は私の事なんか全然愛してなんかいなかった。
せいぜい私は寂しさを埋めるための都合のいい女の子だった。
いつも自分の事しか考えられない彼に別れを告げようと最後に呼び出した場所、それがここだった。
あの夜、彼は別れ話を切り出した私の前で泣き出した。
どうして僕を見てくれないんだ、どうして僕を全然愛してくれないんだ、そうやって私を責めた。
その時私は彼をあまりにも惨めで寂しい人だと思った。
そうしてなんだか可哀想になって、冗談だよ、そう言って彼を許してしまった。
思えば付き合う前の彼はとても優しく魅力的で、いつも私の事を思ってくれていた。
もしかしたらいつかまたあの時の彼が戻ってきてくれると、私はそう思ったのかもしれない。
その帰り道だ、私が交通事故にあったのは。
「違うよ、君は私の事なんて全然好きじゃないんだよ。私が死ぬまで私からの連絡、まともに返した事ないくせに。」
「もう全部私のせいにして生きるのはやめてよ!そうやって人のせいにして、自分は何も悪くない、精一杯生きてるみたいな顔、一番ムカつくんだよ。」
私だって寂しかったんだ、だけど君じゃないか、全く相手にしなかったのは。
叫ぶ私の声は彼に届かず、彼の顔には少しだけここに来た時よりもすっきりとしたような表情が浮かび、感傷に浸っているようだった。
あぁ、私はこの人の中で一生利用され続けるんだ、彼にとって一番都合の良い人生への言い訳が見つかったんだと、そう思った。
暫く空を見上げ、深くため息を着いた後、おもむろに立ち上がった彼は、がんばるからね、小さく何か確信するように呟いて風も落ち着いた静かな夜の通りをしっかりとした足取りで帰っていった。
空にはまだあの日と同じ、満天の星空が彼を照らしていた。
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