第43話 ライター、チョモランマ、ダモクレスの剣

 チョモランマに登ろうとするには入念な準備が必要だ。

 同様に、何かしらの書きものをするにも準備がいる。

 そういうわけで私はライターだ。

 まだまだ駆け出し……いや、これから名を馳せるのは確かなのである。

 確かなのであるが、どうにも困っている。

 というのも、いかなる会社、組合、団体にも入っておらず、書いた原稿を送る場所もない。

 つまりは自称ライターの無職である。

 否! 私はライターだ! それは疑いがない! 決して無職ではないのだ!!


 ともかく、原稿を書かねばならない。

 なぜなら私はライターだからだ。

 サメが泳ぎをやめれば死ぬように、ライターも書くことをやめれば死んでしまう。

 知らんけど。


 先に私はチョモランマに登るには入念な準備がいると言った。いや書いた。

 そこで汗牛充棟の素晴らしき豪邸、『知のチョモランマ御殿』を築き上げた。

 蔵書は以下のとおり。

『神々の指紋』、『台湾誌』、『武功夜話』、『買ってはいけない』、エトセトラ、エトセトラ……。

 どうだ、素晴らしいだろう。

 自分でリストアップしているうちに感涙してしまったぞ。

 この偉大なる御殿で私は天下を揺るがす大著を書き上げるのだ!!


 それでは、エッセイを書くとしよう。


 題は『ダモクレスの剣』。

 選出理由はなんか響きがかっこいいから。


◆ ◆ ◆


 ダモクレスの剣という言葉がある。

 かっこいい響きだ。

 ダモクレスはきっと大英雄だったのだろう。

 かっこいい名前を持つ者はみな大英雄である。

 間違いない、間違いがあるなら反論してほしい。

 いますぐ、この場で。

 できないだろう! できないだろう!

 できないのは私が正しく、お前たちがモンキーだからだ!

 イエエエエエエエエエエエエエエエエエエエイ!!


◆ ◆ ◆

  

 うむうむ、いいぞ、いいぞ。

 推敲を進められる段階に来たかもしれない。

 しかし知恵を使うと頭が痒くなってくる。

 出来上がりつつある原稿を前に、頭を掻くとカチッと音がした。

 しまった!

 夢中になって自分が点火器ライターであることを忘れていた!

 時既に遅し、私の頭から出た小さな火は、原稿を焼き始める。

 慌てて消そうとするも、悪いことは重なるもので、飲みの瓶が倒れ、一気に延焼した。

 こうして、私の『知のチョモランマ御殿』は消滅してしまったのだ。


 あとダモクレスの剣の意味を後で知った。

 豊かさのすぐ隣に危険があるということだそうだ。

 まさに私の状況を指していたのである。

 もっと早く教えてほしかった。

 

 

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