第42話 レモネード、ハムレット、良い知らせと悪い知らせ

 少年の屋台に彼女がやってきた。

 シルクハットに燕尾服、ドクロの杖に白黒眼鏡。

 土曜日男爵夫人だ。


「さて、さて、さて」


 夫人は少年を前にして言った。


「君はレモネードを売っているわけだ。小遣いのためかな? 親への点数稼ぎ? それとも世のため人のため? ま、いずれにせよ君のレモネードはよく捌けている」


「ま、まあ、ね」


 少年はおっかなびっくり答えた。

 夫人はこのあたりでは死神というあだ名で知られている。

 それだけでなく、本物の魔法使いで恐ろしいひとだとも言われているのだ。

 こんな女性を前に怯えないほうが無理というものだろう。


「さて、良い知らせと悪い知らせとがある。聞くか、聞かないか、それが問題だよ」


 夫人は言った。

 けげんな顔で少年が彼女を見る。無言だ。

 しばらく、なんの言葉もかわされなかった。


「さて、さて、さて」


 沈黙を破ったのは夫人だった。

 それもそうだろう、少年にとって無闇に彼女を刺激するのは良くないと思われたからだ。


「良い知らせからかな? 悪い知らせからかな? どちらから聞くか、聞かないか、それが問題だよ」


 ハムレットのセリフをもじって夫人が言う。

 勇気を振り絞って、少年は「良い知らせから」と言いかけてやめた。

 相手は魔法使いである。

 何が起こるか、いや何を起こすかわかったものではない。

 むしろ悪い知らせを先に知っておけば覚悟が決まるだろう。


「じゃあ……悪い、知らせから……」


「悪い知らせからか! ふーむ、ふむ! では教えてあげよう。今夜、隣の家に騒ぎが起こる。具体的に何かまでは未確定だけどね。火事かもしれないし、怪我人かもしれないし、殺人事件だとか強盗だとかかもしれない。ま、ろくでもないことは確かだな」


 少年は言葉を返せなかった。

 魔法使いの夫人の発言には、どこか疑うことを許さない不気味さがあった。

 に、と歯を見せて微笑むと夫人は続けて、


「次は良い知らせだ。その騒ぎに君たち家族は巻き込まれない。ただし、朝まで家にこもっていること、それが条件だ。庭にも出るなよ? その途端、あっという間にとんでもないことになるからね」


 と言って、紙幣二枚を取り出し少年に押し付けて去っていった。


◆ ◆ ◆


 少年は帰ると、すぐに両親に今日の出来事を伝えた。

 彼らは話し合った。夫人を信じていいかどうかから始まり、結論として家から出てはいけないという忠告を受けいれる。

 胡乱な相手だとはいえ、夫人に関する噂はみな彼女の霊能力を立証しているように思われたからだ。

 さて、深夜三時になって激しい発砲音が聞こえだした。

 少年と両親は二階に上がり、電気をつけずに外で何が起こっているのか知ろうとする。

 だが暗くて何も見えない。

 恐怖ばかりが増していくも、両親と抱き合っていくらか平静をなくさずに済んだ。

 やがて発砲音が聞こえなくなり、朝日が昇りだした。

 しかし、朝八時になるまで安心はできない。

 一家はリビングのテレビをつけると、ニュースで彼らの家を挟んでA家とB家が激しい銃撃を行ったと知った。

 A、B両家とも族滅したために原因はわからない。思い当たる節もない。

 夫人の言葉は正しかったと証明されるとともに、不可解な事件に恐怖を覚えるのだった。

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