第14話 音、領主、ケチャップ

「防備を固めろ! 火縄銃は出せるか?」


「いえ、まだ三十挺がやっとです! 船さえ着けば……」

 

「仕方あるまい、弩を出せ! 無いよりはマシだ!」


「はっ!」


 領主アレハンドロ閣下と部下の会話を聞きながら、私は急ぐ。

 鐘楼に登り、綱を引く。

 重く高く、鐘が響く。

 ついに連中が来たのだ。


 このパンテラの島はそもそもが二王国の係争地だった。

 閣下がどちらにも属さぬ独立領主として双方に認められたのはわずか三日前のことにすぎない。

 これ自体は吉報である。

 しかし凶報もあった。

 二日前のことである。

 北部の住民が反乱を起こした。


 反乱は二王国のいずれかの謀略に思われる。

 しかし、時期を間違えて蜂起したのだとも考えられる。

 パンテラ島の北部は山が険しく、情報が行き届きにくいからだ。


 ともあれ、アレハンドロ閣下は急いで武器をかき集めにかかった。

 もともと、戦の多い島であるがゆえに、武器の注文も取り決めが一ヶ月前に定まっていたので、船を待てば乗り過ごせるだろうと思われた。

 しかし一日前に、さらなる凶報が届いた。

 第三国、シャルル=シャール朝が侵攻してくるとの報告があった。

 

 軍事大国であるシャルル=シャール朝が来襲すれば、あっという間にパンテラ島は陥落するだろう。

 それゆえに、閣下は致し方なく降伏文書を書いた。

 記されたのは、かの国への畏敬を極めた文章である。


 しかし、既に敵の先遣隊が到着していた。

 特殊な兵団で、「カイヘイタイ」と名付けられた連中は、すぐさま首都の周囲を蹂躙し、包囲の陣を作り上げてしまったのである。

 我々には連中に対する防備も知識もなかった。

 ゆえに、魔法使いの軍兵で構成されているとの噂が流れ、脱走兵が続出する。

 止める方法は皆無だった。


 そして、現在。

 塔守の私は鐘を鳴らす。

 シャルル=シャール朝の本隊、およそ二百の船団が現れたがゆえに。

 カイヘイタイに送った降伏文書は、破り捨てられたという。

 魚醤ケチャップの壺のほうが価値がある、という挑発付きだったそうだ。

 かの国は、新しい兵器、軍団編成、戦術戦略を試すべく、パンテラ島を狙ったようである。

 このまま、蹂躙されるのは間違いない。

 だが、最善の手である降伏が許されない以上、抵抗し、奇跡が起きる瞬間を待つしかないのだ。


 報告によると、カイヘイタイは弩でも倒せるらしい。

 しかし、本隊となるとどうか。

 シャルル=シャール朝には攻城戦のノウハウがある。

 聞くところによると、ザンゴウという新戦術を使って某国の不壊の要塞を七十も落としたそうだ。

 弩も大した武器にはなるまい。

 我が方の兵士も戦慣れしているとはいえ、昨日の脱走者や士気、兵器の質といった要素から見て物の数にもならないだろう。


 絶望的である。

 しかし、奇跡を望んではならないとは決まっていない。

 祈りの気持ちも込め、私は鐘を鳴らす。

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