第3話 愛の囁き

 ナイドは左手の人差し指を動かしロックとナイアを煽る。右手の方には【JUMP COMMUNICATION】が握られている。ロックは背後に心配の声をかけた。


「ラヴちゃんをそっちに任せて、本当にいいのか?」

「多分ウチら2人だけじゃムリだね。だから早めにナイド倒してさ、助けに来てよ」

「お、お願いします」


 モントとタスクが走り出した音がロックの耳に入る。生存が最重要事項。今すぐにでもナイドを倒そうとロックもバイクを走らせた。追うようにナイアも車輪の投擲と同時に足を動かす。


「言ったよね兄さん、今日が全て終わる日だって!」

「言ったね。僕が勝つんだよ」

「私達が勝つ! 勝って、すぐにラヴちゃんも問い詰める!!」


 動揺していた心を振り切り、投げられた2つの車輪がナイドを襲う。回転数は大したものではなかったが、続いて繰り出されるロックの援護が主な役割。

 1つはブッチャーナイフによって弾かれ、もう1つは【MIDNIGHTER】の両腕で防がれた。今のナイドを守る者はいない。ロックは全速力でナイドへと突っ込んでいく。


「くっ……!」


 咄嗟に【MIDNIGHTER】を盾にしたナイドだったが共に吹き飛ばされた。工場の敷地内、雑草が生えた地面に転がり込む。傷を与えたのは確実で、モントとタスクを安心させるためにロックは早期決着を約束する。


「2人とも……少しだけ待っててくれ!」


 ナイドを追うロックとナイア。室内から彼らの姿が消え、音の数が小さくなる。その分、モントとタスクは自らの心音を感じ取りやすくなった。

 タスクが長い右脚でのハイキックをラヴちゃんへと叩きもうとするが、やはり寸前で避けられてしまう。ラヴちゃんはその手に持つ模擬刀で殴打しようと振りかざした。


「ここは僕が……【LIAR】!」


 間に割って入ったモントが守る。骨の両手で刀身を受け止め互いの力が衝突した。タスクはすかさずラヴちゃんの足を狙うローキック。しかしこれも読まれていた。ラヴちゃんは【LIAR】に思い切りの良い蹴りを入れることで、反動を使って飛び退いた。先程から【SAMURAI】以外の力を使用しないラヴちゃんに対し、タスクは悪態をつく。


「模擬刀だけで戦うって、舐めすぎでしょ」

「時間はありますから。手の内はできるだけ見せずに仕留めるのが理想の動きですよ」


 余裕を見せるラヴちゃんだが、このままで2人に有効打を与えられないことも理解した様子。


「そうですね……言っておきましょうか。ここで捜査をしていた警察の人間およびイーサン様とダムラント様は、今頃亡くなっているか最低でも重症でしょうね」

「どんな能力使ったのか知りたいけど、質問と捉えられる発言したら模擬刀が真剣になるから迂闊に喋れない。まぁ、電話が関係してるのは明らかだけど」

「よく理解しているようで」


 揺さぶりをかけたラヴちゃんだったがタスクは軽く受け流していた。【SAMURAI】だけでは限界があると見切りをつけ、マフラーからライオンのマスコットキーホルダーを取り出す。


「昨日タスクさんが言ってた……!」

「【LIONS】!」


 キーホルダーの黄緑色ボールチェーンが瞬間的に巨大化・変形し、鋭利な鉤爪となりラヴちゃんの左手に装着された。


「教えてあげましょう。“電話越しに特定のワードを発言すると、発言した人物のところにそのワードを聞いた対象を瞬間移動させる、もしくはワードを聞いた対象のところまで発言した人物が瞬間移動できる”能力……それが私の人形ドールなのですよ」


 人形ドールの名前も、姿も出さなかった。嘘の匂いが漂いタスクとモントは真に受けず黙って臨戦態勢をとっている。質問もできないこの状況、ロックとナイアの増援を待ち、真意を聞き出す前にラヴちゃんを仕留めるほかないと判断した。



 *



「──それがラヴちゃんの持つ人形ドール……【LOVE CALL】の力なんだ」


 ナイドが嘲笑う。言葉をパスワードとして設定しワープポイントのように使えるその力。【MIDNIGHTER】と共に逃げながらラヴちゃんと同様の説明をした彼は、何故か余裕を持っていた。ロックには【GLORY MODE】および【OVERLOADING MODE】という切り札があり、ナイアの援護も相まって勝利は厳しいものだったが。


「兄さんの言ってることに嘘はない……」

「ラディとの通話をここに居た警官全員に聞かせたんだ。ラディの元に移動させ、不意打ちで仕留める……はずだったんだけど、『水色』のあの警官が抗ってきたらしいからね」

「だから、イーサン局長達にはドイルさんを利用したのか?」

「予備のプランだね。ドイルは『MINE』とは無関係の人間だけど、こうやってラヴちゃんが利用できたりするんだ。移動先の座標は大雑把に設定してあるらしいし、高速道路に放り出されただろうね」


 真実を話すことで動揺を誘おうとしていたのは明らかだった。ロック達はそれには乗らず、平常心をなんとか保とうとしていたものの。かつてこの廃工場で起きた悲劇の詳細が、ナイドの口から。


「ところで、どうしてここで死んだイアの体が無くなっていたのか。知りたくない?」

「いきなり……なんのつもりだ!?」

「【LOVE CALL】で移動させられるのは生命体だけだ。既に事切れていたイアを移動はさせられない。だから」


 嫌な予感だけでなく、ロックの背筋には寒気も走る。本能的にナイドの話をこれ以上聞くのは危険だと判断したが遅かった。




 ──約1ヶ月前。廃工場内部には夕暮れの太陽が差し込み、事件を警察に伝えようとロックが歩き出す。


「わかんないな……お前がいなくっちゃ、俺が『優しい』かどうか。【LIAR】で、調べてくれたら……嘘かどうか分かるはずなのに」


 小さな微笑みを浮かべながらロックが去っていく。残されたイアの遺体と気絶したナイド。そのまま数分が経つと1人分の足音がこつこつと響き、憂いの表情のラヴちゃんが入ってきた。


「やけに遅いと思いましたが。なるほど。これはわたくしが“処理”しなければならないみたいですね」


 死体の処理は非常に手間がかかる。詐欺グループ『MINE』のメンバーが殺人を繰り返していればいずれ証拠が残ってしまいそうなものだったが、ラヴちゃんの“処理”はひと味違った。ポケットから取り出したのは瓶に入った子供用の液体風邪薬。これも人形ドール。一気に飲み干した。

 固まったイアの前でしゃがんだかと思うと、口を大きく開けた。


「では。いただきます」


 イアの細い首目掛けてラヴちゃんはかぶりついた。綺麗な歯が柔らかい皮膚を破り、裂き、血と肉を喰らう。邪魔な衣服は取り払いながら、異常なスピードで胃袋に人肉を放り込んでいく。


「あぁ、あなたの記憶が流れ込んできます……とても、とても素敵な彼との思い出。愛に溢れ、かつ罪悪感を持ちながらの生活。美味しい……」


 謎の力によってラヴちゃんはイアの記憶を得た。感動しながら咀嚼していたその時には、イアは頭部だけが残されていた。


「決めました。ロック……あなたも喰らう。わたくしの中で彼女との愛を育めば、良いのです。なぜならわたくしの中の彼女が、あなたともう1度手を繋ごうと求めているから……取り込んだ感情に、わたくしは逆らえないのです」

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