第10話 気づいて

「キーネさん……っ!?」

「待てレイジ!」


 思わず廃工場内部に入っていってしまったレイジ。急いでロック達も追うと、当然ナイドとラディにも気づかれる。2人は攻撃の手を止めた。


「追ってきたのか……? ここで2人ともやられるのは最悪だ。ラディ?」

「あー、もう……わかったよ」


 ナイドが【MIDNIGHTER】をカプセルに戻すとまたしてもラディの後ろに飛び乗った。加速は凄まじく、今度こそ仕留めようと行動するイーサンとタスクが走り出した時には既に遅かった。ボロボロの壁を突き破って去っていく。


「逃がしたか……おい、キーネを下ろすぞ!」

「疾風迅雷。あれにはやっぱり追いつけそうにないね」


 壁に固定されているキーネへと走るのはイーサンとタスク、ロックとナイアの4人。レイジとモントは現実を受け入れられない、苦渋に満ちた表情のまま立ち止まる。ラヴちゃんはというとマイを抱き寄せ、凄惨な現場を見せないようにしていた。しかしほんの一瞬、マイの目にも映ってしまったのは事実。


「あ……あ、う。あぁ」

「お嬢様。わたくしがそばに居ます」


 ラヴちゃんもキーネを直視せずただマイを抱きしめるのみ。

 腹部に刺さっていた鉄パイプはイーサンの【INSIDE】によって破壊され、下で構えていたロック、ナイア、タスクが受け止めた。少女の体のままという事もあり軽く、そして冷たくもなっていた。


「……ダメだね。もう、死んでる」


 タスクが一言だけ零した。キーネの瞼は閉じられている。苦痛を感じずに一瞬で死に至ったのか、安らかな表情のまま固まっていた。あっさりと命を落とした事に、ナイアは現実味を感じられず呆然とする。


「どうして、兄さんは……」

「レイジを助けたことが、気に食わなかったっていうのか」


 捻り出したロックの声は小さい。ナイドに突きつけたい質問が、また1つ増えてしまった。

 するとレイジが力なく歩き出す。床に寝かされたキーネの死体が目に入ると、歯を食いしばりながら駆け寄った。


「お、俺……俺なりにできること、見つけたつもりやったんやけど……なんで。なんでや。こうも上手くいかへん……って」


 キーネの口から流れる血が埃まみれの床を這う。近づいたレイジは膝から崩れ落ち、震える指で彼女の頬に触れた。


「……死んでへんかったら、分かり合えてたんか……? 戦えない俺が、俺だから、そうやってできると、思っとったのに……」


 静かに涙が零れる。ロック達は何も言えなかった。レイジは戦えないなりに役に立とうと頑張っていた事を、知っていたから。迂闊な慰めは逆にレイジを傷つけると考え。優しさから何も言わなかった。


『今度会う時は敵同士だよ』


 先程の、キーネからの忠告をモントは思い出す。今後もキーネと衝突する事を覚悟していたというのに。今、敵でも味方でもなくなったキーネがすぐそこで横たわっている。キーネが詐欺グループとして動いていた真の理由も聞けないまま、幕を閉じてしまった。



 *



 世界政府本部にある宿舎へ戻ってきた一同は、あまり会話を交わさず部屋へと向かう。移動に移動を重ねていたため既に夜となったいた。キーネの遺体の処理は警察に任せていた。引き続き行うべき『MINE』の捜査に集中しなければならない。

 それぞれが宿舎の玄関で靴を脱ぐ。そして当たり前のようにタスクも同行してきていた。


「よろしくね?」

「部屋で煙草はご遠慮願います」

「わかってるよ」


 やんわりとラヴちゃんに注意された。喫煙しようとしていた事は簡単に見透かされている。


「あ……俺、外の風浴びてくるわ」


 すると突然、レイジがそれだけを言い残し外に出ていった。


「そうか……ちゃんと飯は食べろよ?」


 ロックが優しい忠告を告げた。あんな事があった直後。1人きりで感傷に浸る時間も必要だと他の者は考え、引き止めはしなかった。そのまま部屋へ歩き始めた一同だったが。モントは立ち止まり振り返った。


「あの、僕。レイジさんのところに行ってきます」


 1人で決断し歩き出して行った。レイジに同行しても良いのか相談もせず自己完結。レイジの事を思っての行動、だがタスクは落胆した様子で。


「えっ……ウチと一緒に来ないの?」

「今日は諦めよ?」


 固まったままナイアに連れて行かれてしまう。レイジの気持ちも、モントの気持ちも理解できた彼らは止めない。



 *



 寒空に緩やかな風が吹く。駐車場に停まっていた【RAGE OF ANGER】の運転席にレイジは座り、夜空をただ眺める。控えめな照明がレイジの顔を照らした。


「……モント?」


 視界の下部に小さな黒い人影が入った。眉が垂れ下がり、レイジを心配しているようなモント。無言でレイジと見つめ合い、数秒が経つとレイジの方から助手席のドアを開ける。


「寒いやろ?」

「……はい」


 助手席に乗り込んだモントは、レイジと同じように夜空に目を向ける。同じ目線に立とうとしていた。今度は見つめ合わず、お互い夜空を見ながら話し合いが始まる。


「ここで挫けちゃあかんって、分かってはおるんやけども……やっぱ、辛い」


 現実から目を背けたくなる、逃げたくなる。仲間の前であまり弱音を吐かなかったレイジが、モントと2人きりのこの状況で本音を零した。


「ロックと笑い合いたいって、俺言ってたやろ? ロックが変わっても、俺は変わらないって…………これじゃあかんわ。俺も、変わってまう……!」


 涙目で震えた声。それでもモントはレイジの方に顔を向けずに口を開いた。


「……僕、いつも笑ってて優しいレイジさんに救われました。僕には家族も、友達も、勇気も何もなくて。でも、レイジさん達と一緒に居て、だんだん自信も持ててきて……僕は以前、いつか死ねるなら死にたいと思ってたんですよ?」

「俺は、嫌やなモントが死ぬのは」

「ありがとう、ございます……レイジさん達のおかげで僕は、これからも生きていたいって思えたんです。だって……皆さんと一緒に過ごす時間は楽しくて、幸せでしたから」


 ここでレイジはモントの横顔を見た。純粋で健気な子供の顔。何度も怪我を負い、右腕と左眼も失ったというのに、幸せだったと。人並みの幸せを貰う事もできず、ほんの少しの幸せを必死に食べているような。


(あんな、あんな血なまぐさい戦いばっかりで……それが『幸せ』な訳がないやろ。できるなら、俺がもっと、モントに本当の幸せを与えてやりたい)


 するとモントもレイジの方を向き、再び見つめ合う。今までレイジは異性に向けて幾度となく見境の無いアプローチを重ね、実る事はなかったが。レイジの胸の奥に、今まで感じたことのない想いが溢れ出す。


(なんや……? 少しだけ心臓の鼓動が早くなって、身体が熱くなっとる。こんな感じ、俺の人生で初めてなんやけど)


 レイジの右眼から涙が零れそうになり、それを拭ったのはモントだった。左腕を伸ばし、小さな人差し指で涙を受け止める。


「僕、皆さんと一緒にこれからも過ごしていたいんです。楽しいことも、悲しいこともぜんぶ一緒に。だからレイジさんには、その……僕や皆さんを励ましていって欲しいんです。勝手ですけど……レイジさんが悔しい思いをした時は、僕が励まします。お返しです」


 屈託のない、優しく明るい笑顔がレイジの目に焼き付けられた。身体が欠損した上、キーネが殺された事でモント側が挫けてもおかしくないはずだったが、これまでのレイジ達との協力や行動が、モントを支えている。


「モント……あ、ありがとうな」


 情けない、砕けた笑顔がモントの目に映る。心を許した証とも言えるその顔。モントは左手だけでレイジの両手を握りしめた。


「こちらこそです。僕も……僕の伝えたいことが言えて、すっきりしましたし」


 ますますレイジの鼓動が激しくなる。それでも尚、レイジは自身の感情に気づけていなかったが。


「皆さんのところには、戻りますか?」

「いや……しばらく一緒に居てくれへんか? 俺の駄弁りにも付き合ってくれや」

「わかりました。レイジさんの気が済むまで、ここに居ますよ」

「……モントはどこかに遊びに行ったりとかはあんまりできてへんよな。俺はロック達と一緒に山とか海とか色々行っとったし、モントもこれからは着いてくるか?」

「いいんですか……あの。良ければめいっぱい、楽しそうなところに」



 *



「喫煙所ないじゃん……なら外で吸うしかない」


 煙草を吸いたくなったタスクは早歩きで外に出た。本来ならばさっさと火をつけ、さっさと吸い始めるのだったが。そばにあった【RAGE OF ANGER】は照明で車内の様子が見えるようになっていた。


「ん〜……?」


 レイジとモントが、互いに寄り添うように眠っていた。何か寝言を言っているようだが外のタスクには聞こえない。気持ちよさそうに眠る彼らを起こす気などは到底起きなかった。


「え、ちょっと嫉妬しちゃうなぁ」


 その光景を見ながらの喫煙。気になるお味は。


「いつもより、美味しいかも?」

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