第8章 尊い、内面

第1話 氷の残滓

「タ、タスクさん!」


 真っ先に声を上げたのはモントだった。歓喜の色も混じっている。だがダムラントは敵が増えた事に苛立ち眉間にシワが寄る。


「まさか君も来るなんて予想外っス。傷は大丈夫なのかい?」

「ウチはモントに1秒でも早く会いたかっただけなんだけど、今こうして戦えるくらいにはおかげさまで」


 余裕の表情で一歩前に出たタスク。この状況での増援は頼もしいものであり、続けてロック達も人形ドールを出現させた。

 ダムラント側には武闘派の女と受付の女、そして警察官の男の合計4人。対しラヴちゃんの味方についたのはロックにナイア、モントに加えタスク。戦いには参加できないレイジを除くと計5人で数は上回った。ゆっくりと立ち上がったラヴちゃんは礼を言う。


「わたくしの味方をしてくれて、これは感謝を送らなければいけませんね」


 しかしラヴちゃんの事を詳しく知らないタスクは頭を傾けた。


「そういえばあんた誰?」

「あそこにおられるお嬢様の付き人でございます。今はお嬢様を救出するための味方同士……名はラヴちゃんとお呼びください」

「なんだか名前に癖はあるけど明鏡止水って感じの雰囲気、ウチは気に入ったかも」

「それはどうも」


 お互い笑顔になった2人は突然に走り出しダムラントと受付の女の方へ。取り残されたロック達も遅れながら足を動かす。


「数は俺達の方が上だけど……モントとレイジはキーネさんの所に急いでくれ」

「え、ええんか?」

「きっとイーサン局長と一緒に話し合えば、良い方向に事が進むと思うんだ」


 根拠の無い願望が篭った発言だったが、モントによって話し合いを考え始めたイーサンの元へレイジと共に向かう事は選択としては間違っていない。ロックは警察官の男に向かって【ROCKING’OUT】を走らせた。


「なら、道を開けないとね!」


 ナイアが【WANNA BE REAL】の車輪を投げた先は武闘派の女。それぞれがそれぞれを相手取った。モントはレイジの腕を引っ張ると急いでいる様子を見せる。


「今のうちに行きましょう」

「お、おう」


 異性の方から手を繋がれ、多大な信頼も向けられた事が今までほとんど無かったレイジ。妙に緊張しながらも足を動かし建物内部へと入っていった。その様子を横目で見ていたダムラントは捕らえていたマイの腕を掴み突き出す。


「助けて、ラヴちゃん……!」

「この子が傷つくのは嫌っスよねぇ」

「その言葉、そのまま返しますよ」

「なに?」


 次の瞬間、ラヴちゃんは助走をつけながら刀剣である【SAMURAI】を投げた。向かって行った先はダムラントの斜め後方に立っていた受付の女で、【KNIGHT MODE】の鎧が無い頭部を狙った投擲。彼女もまた自身の人形ドールを出現させようとしたものの、空中で【SAMURAI】はその緑色の力を使い風を纏った事で急加速し間に合わない程の速度を得た。


「【KNIGHT MODE】!」

「ひゃぁっ!」


 咄嗟にダムラントは花のような杖を槍へと変形させ【SAMURAI】を撃ち落とした。右手を思い切り伸ばした刺突は見事なものだったがその隙を突かれる。ローラースケートのホイールが回る音と共にタスクが懐に潜り込むと、マイを抱きしめながらダムラントの腹部に蹴りを入れた。更に、落ちていた【SAMURAI】も拾うという器用な一面も見せる。


「くっ……!」


 鎧越しのため傷は生まれていないが吹き飛ばされる。タスクは衝撃を利用して跳ね飛ぶとラヴちゃんの隣に着地。【SAMURAI】とマイを返却した。


「あ、ありがと!」

「どういたしまして。昨日は君もウチを助けようとしてたよね? ウチは優しい子は好きだから」


 そう言ってタスクは照れることもなく笑うだけ。ラヴちゃんがマイの手錠を切断し形勢は逆転。人質がいなくなった事でダムラントは苦渋に満ちた表情となる。


「いつまでも、局長と本職の邪魔を……!」

「さて、通してもらいましょうか」

「レイジって子がモントと一緒に行ったけど、やっぱり心配になるしウチも行かないと」


 2人は息の合った歩幅でダムラントへと向かう。即席のコンビでだったが互いの相性は良い。

 そばにあった駐車場ではロックと警察官の男が対峙していた。男は20代前半の風貌で、警官帽を深く被り髪色は見せていない。彼の人形ドールはその警官帽であり、能力は明かさずに警棒をロックへと向けた。


「ロック、君は確か……ロォドさんと親しかったと聞いた」

「そうですけど、まさか貴方も」

「あぁ。ロォドさんはワシにとって頼りになる上司だったさ。でも死んでしまった」

「それは…………俺は、貴方に謝らなくちゃいけません」


 バイクに乗りながらロックは頭を下げた。突然の謝罪に男は若干戸惑う。ロックの脳裏には、自らを庇い血まみれになったロォドの姿が。


「俺のせいでロォドさんは殺されたんです。俺がちゃんとしていればあんな事には……」

「なら大人しくしていて、ワシ達の邪魔はしないで欲しい」

「でも俺は、ロォドさんを斬ったジャムを殺してしまってから……決めたんです。人を殺したこの罪悪感を俺が背負っていくって。ロォドさんが取りたがっていた、旦那さんと息子さんの仇を俺が取って。でも特別スッキリする訳じゃありませんでした」

「それでも?」

「はい。俺は“優しい”からその罪悪感を引き受けます。そして今貴方達がやっている事も俺は……見過ごせません」


 マイを人質に取りラヴちゃんを力ずくで黙らせようとしていた4人。彼らに強い恨みを持つ事自体はしていなかったものの、優しい選択肢をロックは優先する。


「それじゃあワシは、君を否定する」


 男は警官帽を右手で外し、ロォドと同じ水色の髪を顕にした。

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