第2話 リワインド

「翔べ」


 すると警官帽には氷で出来た翼が生えロックへと羽ばたいていく。駐車場は広い。他の車両に衝突しないようロックはスピードを抑えながら走り始めた。能力どころか人形ドールの名前すら明かされていない警官帽からは、ひとまず距離を置く事を考えていた。


「戦うしかないか……なら、引き付けてからあの帽子に一撃入れた後にがら空きの本体を狙う……!」


 人形ドールなしではバイク相手に戦う事は厳しい。男は警棒を腰から下げているがそれだけでは心もとない。ロックはそう考え、警官帽を撃ち落とした隙に倒そうと策を練った。


「いいか? ワシは君を否定すると言った」


 だが警官帽の人形ドールに秘められた特殊能力が発揮される。停めてあったレイジの【RAGE OF ANGER】のフロントガラスに警官帽が張り付いたかと思うと、突然動き出しロックを追い始めた。


「なっ……!?」

「ワシが持つ能力はこうやって“乗り物を操る”ってものなんだ」


 ロック達にとって脅威となり得る力。更に駐車場という絶好の場も相まって、一気に勝機が見えなくなる。男は余裕の表情で歩き、停めてある車両達の品定めを始めた。



 *



 ナイアはエントランスに入りながら、ピンクの髪をした武闘派の女と対峙していた。彼女は白い道着だけを着用し裸足で駆け回っている。【WANNA BE REAL】を腕に装備したナイアは車輪を回転させながら様子見の段階。


「わぁ、自転車を2つに分けて腕につけたりするんだ!」

「舐めてたら、痛い目見ますよ!」

「舐めてないって~! ただ、ワタシとは相性悪くない? キミ、負けるよ?」


 嘲笑い何回も手を叩いていた。するとナイアは久しぶりに怒りの感情を覚えた。


「あ~……最近悲しい事ばっかりだったし。久々に、怒りたい気分ですよ」

「いいよいいよ! かかってきなよ」


 足を止めた武闘派の女は道着の襟を正すと拳を構えた。笑顔のままのファイティングポーズは不気味でもあり、同じく立ち止まったナイアは右の車輪を投げる。回転数は30。まともに受け止めれば骨折は免れない威力を持っていたが、なんらかの対応を見せてくるとナイアは踏んでいた。


「車輪飛ばし!? 良い技!」


 すると女は向かってきた車輪に対し左の腕を突き出し正拳突き。人形ドールも使っていない素手での打撃であるにもかかわらず強力で、タイヤが歪んだかと思うと車輪は先程までとは逆に回転し始めた。


「ピンク色は“時間を操る”傾向にあるはず……まさか」


 危惧した通り、車輪は逆再生のような動きを始めナイア自身に向かっていった。単なる逆再生なら車輪は元の位置に戻るだけだが、正拳突きによる衝撃もあり立派な攻撃と化していた。ナイアは咄嗟に左の車輪で受け止め、弾き落とすと回転は止まり動かなくなる。


「そう。“道着を着てから無機物を殴ったり蹴ったりすると、少しのあいだそれらの時間を巻き戻せる”能力。ワタシの勝ちっぽいよね、これ!」

(本音だ……明かした内容に嘘はないはず)


 車輪を拾い上げたナイアは深呼吸してから再び回転を始めた。能力を明かしてもなお怯えず、真正面から向かってくる姿に女は感心する。拳は強く握られ右足には重心が集中していった。


「投げずに……私が直接行く!」


 走り出したナイアは無謀とも言える挑戦に手を出した。武闘派の女は見るからに接近戦を得意としており、武器は何一つと持っていないがその身が一番の得物である事は確実。しかしこのまま車輪を投げているだけでは一方的にやられるだけ、という判断だった。


「来るんだ……それじゃあ早いとこ終わらせて、ダムにぃの加勢に行こっと」


 彼女は待ち構え視界の中心にナイアを添えた。巻き戻しの能力は手足が対象となっており、体当たりで胸や背中などが当たったりしても対象外。頭突きなどもそうだが、それはあくまで能力が発動しないだけ。車輪に手足を差し向け、ナイア自身に他の部位での打撃を加える手もある。

 2人の距離が近づき先にナイアが左の車輪を突き出した。右の裏拳での対応がなされ、巻き戻されるかと思いきや。彼女の素の力だけで回転が止められた。振動がナイアの身体にも伝わり震える。


「力強すぎ……っ」

「隙あり!」


 あえて能力を使用しなかった事と、圧倒的な筋力を自転車越しに感じた事により生じた隙。それを突かれてしまいナイアの腹部には左拳での強烈なパンチが入れられた。


「がっ……!」


 唾液を吐きながら吹き飛んだナイアは出入口の割れた自動ドアのガラスに転がり込む。破片が所々に食い込み頬からも血を流してしまっていた。


「あっ、やり過ぎちゃった? まあでもここなら救護班にすぐ治してもらえるよ」


 汗ひとつ流していない女に手も足も出ないまま。ナイアは悔しさを覚えたが外には出さず、頭に付着したガラス片を落とすと立ち上がった。


「まだ……終わってないですから」

「やんの? ダムにぃが相手してるあのラヴちゃんって人強そうだから、早く助太刀行きたいんだけど」


 もう一度痛い目を見せるために女は怠そうに歩く。しかしナイアの背後から走ってくる白い少女が一人。


「マ、マイちゃん?」

「出てきて【WORLD】」


 ナイアの右に立ち武闘派の女を見据えたのはマイ。いつになく真剣な表情で、彼女が握っていたカプセルから白鷺が飛び出す。


「キミがここに来たって事はダムにぃがピンチかも……」


 女はナイアの事は眼中に無いといった様子。


「私も手伝うよ、ナイア。【WORLD】で力を貸すから」

「良いの?」

「私は昨日、タスクを助けようとしたけど何もできなかった……イーサンが優しかったおかげで助かってたけど、今度こそ私は誰かを助ける為にこの力を使いたい」


 悩みを見せるマイに、ナイアはロックの面影を見た。優しいからこそ溢れ出る苦しみ。ならばするべき事は一つ。


「分かった。マイちゃんの本音はしっかり伝わったから。一緒に、行こう」

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