第5話 その力は王が持つべきもの

「【KINGDOM・ROOK MODE】!」


 ダムラントは咄嗟に人形ドールの名を叫ぶと、彼の右腕に植物で出来た大きな盾が出現した。切り株を模した盾表面には枝が格子状に張り巡らされており見るからに頑丈な見た目。小さな人影は両腕を伸ばしたものの盾によって冷蔵庫の奥へ突き飛ばされる。照明に照らされ姿が明らかになるも、その正体は乳幼児。本来ならば立つことすら困難な体だというのに俊敏な動きをしている。


「若返りの力を自分に使ったんスね……キーネ」

「えぇっ!? キーネさん!?」


 当然レイジは驚き、乳幼児は彼に答え合わせをするようにどんどん“成長”────いや元通りの姿になっていった。裸のまま少女となり続いて成人女性に変わっていき、みるみるウチにレイジの知るキーネの姿となった。頭髪は所々に白髪が混じり、老人の体はシミとシワだらけで先程までとはまるで違う。


「レイジくん……君は殺さない」

「ほ、本当にキーネさんが……!」

「天井に張り付いてる死体、これも貴女が殺した人のものっスよね」


 真実を目の当たりにしたレイジを置いていくダムラント。未だ冷蔵庫内部の温度は低いというのに、キーネは寒がる仕草などは何一つとして見せていない。


「本職の予想だと、産まれたばかりの乳幼児まで若返えらせて小さくした人間をポットの中にある熱湯に突っ込み、溶かした後に急激に冷やす事で天井に張り付け、自らの体も若返らせその中に忍び込んだ……ってところっスかね。以前にも同じような手口を使ってきた奴がいたんでわかったんスよ」

「ダムラントくんの言う通り。でも誤算がひとつだけあるのかもしれないね」

「なに?」


 ダムラントとキーネは睨み合う。するとキーネの発言が当たってしまう。レジ付近を探していたはずのイーサンの悲鳴が聞こえてきたからだ。


「ぐぁぁぁぁぁ!?」

「局長!?」

「行かないと、死ぬことになるよ」


 キーネ本人がここに居るというのに、イーサンが攻撃を受けているこの状況。ロック達が見張っているとはいえナイドやラディの増援も考えられるため、ダムラントは足を動かした。


「ほらレイジも行くっスよ!」

「おわっ!」


 再びレイジの腕を掴んだダムラントは冷蔵庫から飛び出していった。レイジの眼はキーネを見つめていたが、彼女は追ってこない。ただ傍観しているだけ。そのままレジ付近にまで近づくと、変わり果てたイーサンの姿が2人の目に入った。


「イーサン、局長……?」

「……なんなんやこれ?」


 床に仰向けで倒れ込んでいたイーサン。彼は異様に幼くなってしまっていた。小学校高学年の頃の姿となり、自らの手指を見つめると小さくなった体に驚愕している様子。


「な、なんだこれは〜!?」


 声変わりもしていない高い声。素早く立ち上がり小さい体を必死に動かしながら困惑。彼もまたキーネの力に襲われていたようだった。命までは奪われていない事にダムラントは安堵すると、周りを警戒し盾を持つ右手を力を入れた。


「それで、どこで攻撃を受けたんスか」

「詳しくはわからない……いつの間にか体が小さくなっていて、急いで飛び退いたんだ。だが」

「わからないって事は視界には入っていないという事……つまり足元の可能性が高いっスよね」


 そう言って視線を落とした瞬間。イーサンの背後にあった、スイーツが並べてある棚の下からは、平たくなった人の形をした何かが飛び出した。気づいたダムラントは咄嗟にイーサンの小さな胴体を掴んで走る。


「局長!」

「うへぁ!?」


 飛び出してきた平たいものはキーネの顔をしていた。そして先程の死体と同じく肌が爛れている。平らな手がイーサンの靴を掠める。続いて全身が這い出てくるも、キーネ本人などではなく人形ドールだという事に2人はすぐさま理解し盾を持ったダムラントが前に出る。レイジだけが取り残され人形ドールの真後ろに立っていたが襲われてはいない。


「まさか【NAKED】なんか……?」

「それがキーネの人形ドールの名前っスか」


 手で触れる事で能力が使用できる、と確信したダムラント。イーサンも応戦しようと考えてはいたものの、まずは相手の出方を伺うため盾の陰に隠れている。するとレイジの視界右からキーネが歩いてきていた。青みがかったジャンパー、紺色のジーンズを着用している。レイジとイーサン達の間には【NAKED】がおり分断されてしまっている状況。


「レイジくん……悪いことは言わないよ。私達と一緒に、来て欲しい」

「キーネさん、なんでや……ナイドがナイアに言ってたのと同じような事を俺に!」


 兄であるナイドが妹を勧誘。それとはまた違う関係性だというのに、キーネは無表情のままレイジを連れ去ろうと近づく。そしてジャンパーのポケットからスマートフォンを取り出すと、耳に当て電話をかけた。


「ナイド、ラディ。お願い」


 そうキーネが口にした途端、冷蔵庫の方からエンジン音が聞こえたかと思うと“関係者以外立ち入り禁止”の扉は正面突破で破壊され見慣れた黄色いスーパースポーツバイクが。運転しているのはやはりラディで、その後ろにはブッチャーナイフを持つナイドも乗っていた。


「イっくよ〜!」


 突然の出現にレイジは反応できず、ラディが【DESTRUCTION】の車体から放った雷撃をまともに受けてしまった。大きなショックでレイジは気を失い倒れる。一瞬の出来事にイーサンとダムラントはただ見ている事しかできなかった。


「そうか詐欺グループ『MINE』……お前たちの隠れ家はこのコンビニだったのか?」

「あぁボクよりもちっちゃくなってるじゃんイーサン!」

「冷蔵庫の隅にあるんだよ、地下室への扉がね。まあ今バレたからここは捨てるしかないか。さて【MIDNIGHTER】も出そう。まだ修理は完了していないから、この有様だけど」


 ナイドが【MIDNIGHTER】を出現させるが、ナイアが予想していた通り頭部の損傷は治っていない。しかし動く事自体はできるようで、長い腕を使い倒れたレイジの首根っこを掴む。


「死なせたくないだろう。だからさっさと斬られてくれないかな」


 人質として扱われるレイジの意識はない。【NAKED】と並び立ったナイドはイーサンとダムラントに向けナイフを光らせた。ここまでは完全にキーネの思惑通り。ロック達は駐車場に居るためすぐには来れず、人質があれば保安局の2人は手を出せないという判断。だがキーネはどこまでも甘かった。善意でロック達の傷を治した事は真実。回り回って、それは自分へと失敗という結果で帰ってくる。


「【KINGDOM】には、まだ他の形態がある。3人にもこの状況は筒抜けだよ」

「なっ────」


 キーネが慄いた瞬間。コンビニの自動ドアは風を纏った車輪によって破られ、勢い良く【MIDNIGHTER】の腕に激突した。


「【KINGDOM・KING MODE】の能力だ」

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