第7章 尊い、外見

第1話 浴場での語らい

「あれ……生き、てる?」


 病室の白いベッドでタスクの意識が戻る。月明かりが窓から差し込まれ、時刻は既に夜間。痛む胸を抑えながら上半身を起こすと、彼女の視界には見慣れた人物が入った。安堵の笑顔を浮かべるモント。


「タスクさん! よかった……」


 モントはすぐさまタスクへと近づいたが、同時に涙も込み上げてきていた。タスクはそんな彼女の頭を優しく撫でながら、病室の隅にあるパイプ椅子に座り居眠りをしている男にも目をやった。タスクの命を救ったイーサンだ。あの時からの記憶は無かったが、抱き寄せられた時の優しい感触をタスクは覚えている。


(もしかして、ウチが目覚めるまでモントと一緒に長い間待っててくれてたのかな。だとしたら今起きてもどうせ、照れ隠しとかしそうだけど)


 モントの声と足音で意識が戻りかけていたようで、少しの呻き声と共にうとうとしている。そこでタスクは声をかける事で眠りから起こそうと考えた。


「起きてよ、おじさん」

「だ、だっ、誰がおじさんだ……うぉっ!?」


 無意識のうちに反論をしようとしたイーサンはバランスを崩しパイプ椅子から転倒しそうにもなっていた。タスクが目覚めたという事実を判断するのには数秒の時間がかかり、ようやく把握すると咳き込んで誤魔化していた。


「いつの間にか寝ていたか……最初はお前を殺す気だったが、まだ聞き出したい事はあるんでな」

「素直じゃないおじさんかぁ」

「だから俺はおじさんじゃあ……って、これ以上反論するのも無駄みたいだな」


 壁にもたれかかったイーサンはやや呆れ気味。諦めると改めてタスクと見つめ合った。


「だがまあ、まだ傷が痛む人間に質問責めをするほど、俺は弱ってる奴に厳しくない。状態が良くなってから話を聞きたいが、できるだけ早く頼むぞ」


 椅子から立ち上がり上から目線。しかし提案は優しいものだった。少なくとも悪い人間なのではないと、タスクとモントは感じ信用もした。イーサンはそのまま帰宅しようと病室の扉を目指す。するとタスクが一瞬の思考の後、言葉で引き止めた。


「ちょっと待って。今話しておきたい事、1つあるんだけど」

「……1つなら聞こう」


 足を止めたイーサンはそのまま振り向き了承。彼の頷きを確認するとタスクの口が動き、とある真実が語られた。その内容を聞いたモントの顔が凍りつく。対照的に、有益な情報を得たイーサンは満足そうに微笑みを浮かべた。



 *



 世界政府本部の宿舎にて、レイジは2人きりの男部屋に少しの不満を持ち嘆いていた。


「壁1枚隔てた向こう側で女子4人が過ごしとるんよな……対してこっちは俺とロックだけとか」

「嫌なのか?」

「嫌ではないんやで? ただ、ここ数日ナイアやモントとも一緒に過ごしてたやろ。落差がちょっとな」

「それは確かにそうだな。俺も……あいつらのそばには居たい気がする。今、ナイアは少し落ち込んでるしな」


 唐突にナイドの姿が消失し、あと1歩のところで取り逃した日の夜だ。あれからロックとナイアは口数が少なくなり、ほとんど会話を交わす事なく宿舎に帰ってきていた。お互い、どんな言葉をかけて良いか分からなかったからだ。


「ナイアは分かるんやけど……さっき帰ってきてたモントも何か抱えてそうやったで。俺が自販機に寄っとった時に見かけたんやけど、俯いてほぼ前見とらんかった。タスクが助かって嬉しいはずなのに、や」

「問題は山積みみたいだな……明日聞いてみるか」


 ロック自身もナイドを捕えられなかった事に負い目を感じている。だが優しさからナイアだけでなくモントの事も気になっていた。そんな彼を見かねたレイジは提案を仕掛けた。


「一緒に大浴場いこか」

「のぞくのか……?」

「そうは言っとらんやろ!」

「昨日言ってただろ」

「とりあえず行くで! 男同士裸の付き合いや!」


 無理やりにロックの腕を引っ張ったレイジは大浴場に向かうため部屋の扉を開ける。すると丁度よく来客2人がやって来ていた。勢いよく開かれた扉に衝突寸前で驚いていたのはイーサン。そしてその後ろに立つダムラントだった。


「あぁっ、2人ともタイミング良いっスね」

「おいダムラント、お前俺を盾にしようとしてただろ」

「ダムラントさん……イーサン局長もどうして」


 イーサン達がここに来る理由はロックには心当たりがなく、思わず声に出して質問した。


「ドイルさんに言われたんだよ。俺達もお前らの部屋に泊まれって」

「マジなんか!?」

「マジ寄りのマジなんスよね」


 そう言ってダムラントは笑っているが目は線で表情を完全には読ませてくれていない。あからさまなイーサンの態度の方が、ロック達には信用できるほど。


「それじゃ、本職達もオフロお供するっスか。行くんスよね? 聞こえてたんで」

「確かに聞こえてたが俺も行くのか……!?」

「まぁええか。行くでロック」

「え……あ、あぁ」


 ロックは拒否はせず、イーサンは拒否しつつもダムラントに引っ張られていた。直前までの自分達を見ているような感覚に陥ったロックとレイジは、苦笑いを浮かべながら大浴場へと向かう。



 *



 宿舎内にある大浴場も立派なものだった。源泉から水を湧出し浴槽に直接供給を行い、循環はせずそのまま排出する掛け流しを採用している。綺麗に磨かれた黒い床に加え、有名画家がこの浴場のためだけに描いた山々の風景画も壁に飾られており豪華なもの。


「他に誰もおらんのか?」


 4人が入った時にはお湯が流れる音だけが心地よく響いており貸切状態となっていた。レイジは早歩きで浴槽へと向かい、透明感のある柔らかな湯に足から浸かっていった。肩まで浸かるとレイジは気持ちよさそうに目を瞑り、溜め息のみを吐くと珍しく何も喋らなくなる。興味の沸いたロックも続いて湯に入ると、やはりレイジと同じ反応を示した。


「これすごいな……今まで入った風呂の中で一番気持ちいい」

「あかんわこれ、人をダメにするお湯やで」


 2人並んで湯に浸かり、気が抜けているところにイーサンはあろうことかシャワーヘッドを向け放水した。


「おいお前ら、シャワーも浴びとけ」

「うおぁっ!?」

「行儀が! 行儀が悪いんやけどぉ!?」


 ぬるま湯に設定されていたシャワーの温度は浴槽のものとは大きく差があり、2人は震えながらシャワーから逃れようと浴槽の端に向かう。深追いはしないイーサンは、自らの背後で複数のシャンプーを見比べているダムラントに目をやった。


「ナイドが突然消えたらしいな」

「そっちはタスクを生かしたって聞いたんスけど……?」

「別に、少し気が変わっただけだ。失望したか?」

「いいや。イーサンがそう選んだのなら、きっと悪い方向には進まないと思ってるよ」


 ロックとレイジに声が聞こえない距離だと判断し、敬語を抜いてダムラントは話した。シャンプーを片手に笑っている彼を見たイーサンは、鼻での笑いを返すとシャワーを頭から浴びた。


「……話し合いで、尚且つ短い期間でも他人の考えを変えられる可能性を俺は見せつけられたんだよ」

「モントか?」

「あぁ。あいつを脅したらな、タスクが庇ってきやがった。俺達も、マイに対して同じように接すれば可能性はあるかもしれない」


 自身の祖母を救うため、恥やプライドを捨てる選択を考えたイーサン。しかしダムラントは答えを返さなかった。シャワーを止めたイーサンは目を開けると、椅子に座っていたダムラントと見つめ合う。


「本気? マイ本人はともかく、真正面からラヴちゃんを説得できるとは思えない」

「“思えない”からこそだ。やってみなきゃまだ分からないだろ。少しでも可能性があるなら俺は、モントを参考材料にする」

「……イーサンは可愛くないから、無理そうだ」

「お前なぁ」

「まぁでも、自分にできる事なら全力で協力はしてみせる」

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