第10話 優しい馬鹿

 白いチューリップから放たれた種子の弾丸を跳躍して避けたナイドは、ダムラントへとブッチャーナイフを振り下ろす。お互い膠着状態で、戦況に進展はなかったがこれはダムラントの戦略。


「ダムラント……君からは殺意ではなく、敵意を多く感じる気がする」

「例え悪人が相手でも、殺しちゃ罪悪感はあるっスからね。でも局長はその罪悪感に耐える事ができている……それが、本職が副局長の座に着いている理由っスよ」


 彼らの背後ではナイドの人形ドールである【MIDNIGHTER】がロック、ナイア両名と戦闘を行っていた。この状況が続けば1人で戦っているナイドに疲労が溜まり、隙もいずれ生まれる。正面から突撃するイーサンとは違い、ダムラントの策は粘り強く対応し続けるもの。


「そうか、罪悪感……ロック! 君はどうなんだい!? ジャムを殺して、引きずっているんじゃないのかい!」


 ロック達にも聞こえる大声でナイドは激昂した。同時に【MIDNIGHTER】の動きも俊敏となり、長い両腕でロックを捕らえようとしたが。左右から飛んできた自転車の車輪によって弾かれた。距離を置いて援護をするナイアの存在は大きく、今もロックは無傷だった。


「ロック、大丈夫!?」

「助かった。いくら鎧を借りてるとはいえ……関節技でも入れられたら危ないからな」


 ロックは【MIDNIGHTER】と睨み合う状況となり、視界の奥で動くナイドに対し反論を繰り出す。


「ナイド! 俺はお前の言う通り、ジャムの事を引きずってる」

「どうだい、僕達と同じ人殺しになった気分は!」

「っ……ジャムにも言ったけどな、俺はお前らと同じなんかじゃない!」


 ナイドに直接の攻撃はできないため、ロックは持っている槍を【MIDNIGHTER】に突き出した。相手が人ではない事もあり、思い切った刺突は【MIDNIGHTER】の胴体に突き刺さる。


「何が違うって言うんだい!? 綺麗なお金も汚いお金も価値は一緒……人殺しもそうだろう!」

「ちょっとうるさいっスねぇ?」


 今のナイドの心の目にはロックのみが映っている様子だった。気に食わなかったダムラントは黙るよう威圧し、ナイフによる斬撃を回避しつつ種子の弾丸を放つ。肩や腹に着弾はしたものの、少し食い込み鈍い痛みがあっただけ。構わずナイドは暴れている。


「お前にも教えてやる! 俺は人殺しを引きずり続けながら、それでも正しいと思える方に走るんだ! お前らみたいに過ちを自分から繰り返したりはしない……この罪悪感を誰かが持っていかなきゃいけないっていうんなら……俺が喜んで引き受けてやる!」

「そうかいやっぱり君は……優しすぎる、馬鹿なんだ」

「俺は馬鹿な俺なりに……もう二度と、お前らみたいな汚い人間のための犠牲なんか増やすもんか!」


 ナイド操る【MIDNIGHTER】は、胴体に槍が突き刺さりながらも口から弾丸を発射する。ロックにとっては嫌な思い出が詰まっているその弾丸は、ロックの顔面に向かって飛んでいく。


(イア……これが俺の“優しさ”だ。俺はお前を奪ってしまった“優しさ”を捨てきれなかったけど、お前が俺を好きになってくれたのも“優しさ”のおかげなんだ。捨てることなんてできない。最期まで俺は……背負い続けるよ)


 ロックの脳裏にはイアの笑顔が過ぎる。次の瞬間、ロックは槍を引き抜くと思い切り投げた。今まで【MIDNIGHTER】の凶弾に対しては回避もしくは防御に徹していたが、今回は違う。ジャムとの戦闘で“優しさ”と共に更なる自信を手に入れたロックの意思は、既にナイドの執着を超えていた。

 槍は真正面から弾丸を木っ端微塵にし、【MIDNIGHTER】の銃口である小さな口に突き刺さった。しかしこれだけでは終わらない。ロックの背後からは風と共に車輪が現れ、彼の頭上を通り越すと槍の柄に衝突。更に力が込められ、ついに頭部を貫通した。


「ありがとう……ナイア」

「……こちらこそ、だよ」


 ロックは振り向かず。ナイアは彼の背中を見てお礼を返した。ナイアが本音を見抜いたからこそ、ロックはこうして吹っ切れる事ができた。2人が笑みを浮かべたと同時に、【MIDNIGHTER】の身体は動きを止める。人形ドールへの操作が効かなくなった事に動揺したナイドは苛立ちを隠せずに。


「くっ……なら1人だけでも持っていく!」

「舐められたもんスねぇ〜……まさか本職が、局長よりも生易しいとか思ってるんスか?」


 ダムラントへとナイフが振りかざされるが、何故か彼は避けようともしていない。それどころか口角を上げ、勝利を確信した表情。するとナイフの先端がダムラントの黒い帽子に触れた瞬間、ナイドの身体も動きを止まった。


「種子の弾丸。お前みたいなクソ野郎のクソ弾とは違うんだ。局長の真似事っぽいっスけど内側から…………破壊こわされとけよ」


 後半の声はどす黒かった。種子の弾丸が撃ち込まれた肘や腹、肩からは次々と雑草や色鮮やかな草花が生まれていく。


「ぐっあ……うわぁぁぁぁぁ!?」

「植物はコンクリートの元で育ち、コンクリートを突き破る事もある。他人から奪い取られる気持ちを少し……味わった方が良いだろ、おい」


 体の自由が効かず、慌てふためくナイドの腹部にダムラントの蹴りが入れられた。長い右足の威力によってナイドは吹っ飛び転がり込む。低い声に威圧されたナイドは、力ずくで立ち上がると【MIDNIGHTER】をカプセルに戻した。


「くそっ……」

「へぇ、まだ動けるんスねぇ。でも色々と吐いてもらわないと」


 鈍くじわじわと遅いかかる痛みに耐え、ナイドはサーキット内部へと向かった。先程破られた自動ドアのガラスを踏みつけ、弱々しくも足掻き入っていく。


「……あ…………っちはどうだい! こ………だ!」


すると、ナイドが何者かに話しかけるような声を発していた。ロックにはどこか聞き覚えがあるものだったが、上手いように思い出せていない。


「まさか誰かもう1人居るのかもしれないっスね。2人とも、早くあいつを捕まえるっスよ」

「あ……はい! 今度こそ兄さんを!」


 立ち止まっていたロックとナイアに対し、ダムラントは走りながら注意した。とは言ってもナイドは満身創痍。余裕を持ちながらダムラントが先陣を切って追う。サーキット内部へとロック達3人も入ると辺りを見回した、が。


「どこに……行った?」


 ナイドは多少の出血もしていた。血の跡を追う事は最適解のはずが、何故か途中で途切れている。室内に入り左方向の通路に血痕は続いていた。しかし不自然な事に、唐突に跡はなくなりナイドの姿も見当たらない。自動販売機の静かな稼働音だけが3人を迎え入れていた。


「まさか、『MINE』のリーダーの能力……?」


 ロックは捻り出すような声を出した。“人や物を自由に他の場所へと移動させる事ができる”と推測されている、リーダーの能力。だがナイドが逃走を始め、何かしらの発言をしてようやく、瞬間移動が適用された。何かしらの条件が課せられている事は明らかだった。


「兄さん……また、私の前からいなくなるの?」


 歯を食いしばったナイアは、しゃがむとナイドが残していった血を指で撫でる。

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