第5話 デストラクション・コミュニケーション

「それで、どうしてあたしも一緒なんだ?」


 スタートラインの上で、紺色のジャンパーのポケットに手を突っ込みながらロォドは問う。ラディは観客席まで走り、ロックとロォドの2人を半ば無理やり引っ張って連れてこさせた。ナイア、モント、レイジの3人は観客席で見守っている。


「だってボク、何回も優勝したすっごい人なんだよ? これくらいハンデ付けなきゃ、相手にならないでしょ〜。あ、負けそうになったら他の3人も妨害しに来ちゃっていいからね!」


 頭の後ろで手を組み、あからさまな舐め腐った挑発。舌も出し、怒りによる焦りを誘導している。

 するとロォドがカプセルを取り出し、自らの人形ドールを出現させた。


「【OVERLOADING】で突き放す。ロック、手加減はなしでいこう」


 ロォドは眉間にしわを寄せ、目も細めており苛立ちを隠せていない。彼女自身もラディの挑発には乗らないつもりではあったものの、生意気な態度を許せない性格だった。


 現れた人形ドールは白バイ。通常ならば専門の訓練を受けた者のみが搭乗を許される代物だが、人形ドールが与えられた当時のロォドの年齢は12歳。とても扱えるものではなかった。

 しかしロォド自身の努力、与えられた白バイへの想い、悪を許さない正義感から、一流の白バイ隊員となり今に至る。


(完全に苛立ってるなロォドさん……)


 様子を鑑みたロックもカプセルを取り出し、【ROCKING’OUT】の名を呟き出現させた。すぐさま跨るとスタートラインを越えないよう調整し、ラディの準備を待っていた。


「それじゃ始めよっか。先に1周した方が勝ちで……行こうね、【DESTRUCTION】!」


 出現した人形ドールはスーパースポーツバイク。排気量は1000cc、『リッターss』と呼ばれるタイプで、黄色いボディが陽の光に反射し輝いていた。【ROCKING’OUT】よりもやや小さいがそれ程でもなくラディが跨ると、ロックが乗る姿とはかなり印象が違う。可愛げな雰囲気だ。


「いいだろう」


 ロォドも白バイを少し前進させスタートラインに合わせた。3人はヘルメットを手に取ると、無駄な動きをせず素早く被る。

 中央にラディ、右にロック、左にロォド。挟み撃ちの視線を身に受けたラディは、アクセルを握りしめる寸前に口を開いた。


「ボクに勝てたら……ナイドの居場所、教えてあげるよ」

「なんだと!?」

「やはりかっ!」


 ロックは驚きのあまりスタートダッシュに失敗。初速が凄まじい【DESTRUCTION】をロォドの【OVERLOADING】が追い、かなり差が開いてから【ROCKING’OUT】は加速した。



「あれ、なんか言ったのかな? 聞こえなかったんだけど」


 離れていく3人と機体を見つめながら、観客席でナイアは心配の一言をこぼした。明らかに動揺したロックの表情に不安を抱いている。


「俺も聞こえんかったなぁ」

「僕もです」


 女子2人に挟まれるレイジは、ニヤニヤと笑みを浮かべながら便乗。心配の意思は存在していたものの小さかった。

 リラックスしていた3人だったが、5つ後ろの席に彼らを狙う人影が独り立っている。先程の警備員だ。気配を消しながら移動してきた所であり、得物である2つの旗を同時に掲げた。


(今ならやれるはずだった……だが)


 警備員は自らの能力によって、これからの行動を数秒の内に考え練った。警備員の能力は“肉眼で見た相手の思考を見通す”能力。そう、警備員の正体はジャム。


(こいつら、オレの能力と正体を知っててこうなのか? ロォドとかいう白バイ女に見抜かれてたみたいだが……)


 ラディに注意を惹かせ、その内にジャムが3人を始末する策。しかしナイア達の思考は予想外のものであった。既に彼女達は警備員がジャムだと理解しており、警戒の意思を持っている。

 気づかれないよう足音を立てずに近づいていたが、変わらない態度と思考にジャム自身も警戒せざるを得なかった。


「やるしかないか……」


 とても小さい声で呟いたジャム。到底3人には聞こえないボリュームで。両手に持つ旗は人形ドールであり、実際は巨大なブッチャーナイフ。もちろん切れ味抜群。長方形をしておりカバーを被せれば旗に偽装する事は容易だった。


(死ね……っ!)


 心の中で殺意の篭った発言をしたジャムは、ブッチャーナイフを水平に交差させる形で切断を試みた。このままの勢いが続けば3人の上半身と下半身は別れを告げる事になるが、彼らは揃って飛び上がる。


「危ないっ!」

「来ると思ってたで!」


 同時のジャンプで斬撃を回避し、レイジは空中でモントの身体を持ち上げ上空に投げ飛ばした。いくら彼女の体重が軽めだとは言っても、人1人を投げるのにも限界がある。所詮1メートル程度ではあったが、ジャムへの反撃の一手としては間違っていなかった。


「【FINAL MOMENT】!」


 スケートボードの【FINAL MOMENT】を出現させ、昨日と同じく蹴り飛ばす事で中距離攻撃を仕掛けていた。【LIAR】に変形させなかった理由としては、

“ブッチャーナイフは威力もサイズも、そして重量も大きいため、小さいスケートボードの方が防御しにくく有効”

 と考えたためである。


「そう来ると読んでいた!」


 しかしこの行動も能力によって読んでいたジャムは冷静に右のブッチャーナイフを振りかざし、スケートボードを弾き飛ばすと旗のカバーも外れ散った。


「出てきて、【WANNA BE REAL】!」


 今度はナイアの攻撃。着地と共に自転車を出現させ飛び乗ると、ぐるっと半回転し後輪をジャムへと差し向けた。前輪に重心を傾けバランスを保っている。


「お前もなぁ!」


 左のブッチャーナイフでジャムは応戦した。刃の部分ではなく、範囲の広い刃体の中心部で受け止めた。無事に防御を終えたジャムは追撃から逃れるため後ろに飛び退き、またしても5段上の席に戻りナイア達を見下ろした。


「ロォドさんの話を聞くに、その場のアドリブだったら咄嗟に対応できないと思ってたけど……」

「アドリブだろうがなんだろうが、オレの前ではどんな策も無駄だ!」


 ジャムが人形ドールを手にしてから20年。反射神経は極限まで鍛えられていた。

 更に帽子やマスク、警備員の服装を脱ぎ捨てると、赤く長い十字模様がある白い服が顕となる。肩から腕にかけては黒の生地で、下半身はシンプルな黒いズボン。


「それにモント。お前はオレの策と、実力も理解しているだろう? まさか本気で勝てると思ってるんじゃないだろうな。オレのこの【JUMP COMMUNICATION】で真っ二つにしてやるよ」


 笑いを交えた挑発を行ったジャム。【JUMP COMMUNICATION】の“肉眼で見た相手の思考を見通す”能力は、『思考』は見通せても『感情』までは読み取れない。


「僕1人じゃそんな気も起こさなかったでしょうけど……今の自分には、お2人がそばに居ますから」

「愚策だな。たった1日でそこまで信用するとはねぇ……モント、そこがお前の悪い所だ」


 弾き飛ばされたスケートボードを操作し右手でキャッチすると、凛々しい表情で決意を表したモントだったが、ジャムは呆れにも似た顔と声で返す。続いて左のブッチャーナイフのカバーも外し、銀色に光る刃を見せつけていく。

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