追放された聖女様は、とりあえず昼寝することにした
優木凛々
追放された聖女様は、とりあえず昼寝することにした
「はああ。一体どうしたら良いのかしら……」
リトニア聖王国にある中央教会の居住区の一室で、1人の女性が溜息をついていた。
女性の名前は、アメリア・リドム。17歳。
リドム伯爵家の長女にして、リトニア聖王国第15代目聖女だ。
昨日、彼女は突然思い出してしまった。
前世が、昼寝好きな日本人だったということ。
この世界が、ラノベ「追放された聖女様は隣国で幸せになる」の世界であるということ。
そして、自分が、偽聖女呼ばわりされて婚約破棄された上、隣国に追放される聖女である、と、いうことを。
彼女は、必死で前世の記憶を思い出し、ノートに書きつけた。
・欲深な両親と性悪妹から、いじめられて育つ
・13歳で、聖女認定、第1王子サイファの婚約者になる
・15歳で、聖女修行と王妃教育のため家を出され、修行と教育に明け暮れる
・18歳の “ 聖女成人の儀式 “ で、サイファ王子に偽聖女呼ばわりされて婚約破棄され、隣国に追放、妹がその座に座る
・アメリアが隣国に出たため、結界維持できなくなり、国が崩壊
・隣国で、イケメン王子と恋仲になって、隣国を守る聖女として重宝され、幸せになる
今世の記憶と、書いたノートを照らし合わせながら、アメリアは考えた。
(今のところはシナリオ通り進んでいる感じね。今、私は17歳だから、次のイベントは18歳の誕生日にある聖女成人の儀式……。
…………って、ん?)
ピシリと固まる、アメリア。
そして、ガタンと椅子から立ち上がると、頭を抱えて叫んだ。
「どうしよう! 誕生日まであと3カ月だわ!!」
ま、まずい!
私、追放されちゃうじゃん!
フラグ回避しないと!
部屋の中を右往左往しながら、頭を掻きむしるアメリア。
しかし、しばらくして、彼女はふと、とあることに気が付いた。
「……あれ? これって、別にこのままでも良いよね? というか、むしろ追放された方が良いんじゃない?」
よく考えれば、今の生活は不満だらけだ。
朝から晩まで、祈りに、奉仕活動、王妃教育。
大好きな昼寝をする時間もないし、許されない。
王子の態度も冷たいし、周囲からの評価も低い。
でも、追放されれば、修行生活から逃れられるし、サイファ王子と結婚しなくても良い。アホな家族にざまあも出来る。
しかも、隣国では、優秀なイケメン王子とイチャイチャ幸せ生活。禁止されてる肉や魚も食べ放題。昼寝だって出来る。
なんだ、良いことづくめじゃないか。
「そうだよね、そもそも、私、別に悪役令嬢じゃないんだから、フラグ回避とかいらないよね」
ホッとしたアメリアは、ベッドにバタンと倒れ込んだ。
今の生活にはウンザリだけど、あと3カ月と思えば、まあ、耐えられる。
このまま過ごして、国外追放されよう。
「国外追放生活、楽しみだな~♪」
方針が決まり、鼻歌交じりに足をバタバタと動かすアメリア。
―――しかし、しばらくして、彼女はむくりと起き上がった。
「…………本当に、いいのかな、これで」
彼女の今世の記憶の中には、たくさんの笑顔があった。
少ないけど、自分を大切にしてくれる友人達。
こっそり親切にしてくれた神官達。
涙ながらにお礼を言ってくれた若い母親と、自分が命を救った赤ちゃん。
無言で食べ物を分けてくれる店のおじちゃんやおばちゃん。
この人達を見捨てて国を出て、本当に良いんだろうか。
この人達が魔物に追い立てられるのを知りながら、私は隣国で幸せになれるんだろうか。
―――どう考えても無理だ。
1つ気になると、次々に気になるもの。
彼女は、自分の家族と婚約者の末路を思い出した。
父母は、罪を問われて獄中でナレ死。
妹とサイファ王子も、逃亡途中に魔物の襲撃を受けてナレ死。
確かに、家族はやり過ぎたし、婚約者も嫌いだ。
「ざまぁ」はしたいけど、相手が死ぬほどの「ざまぁ」は望んでない。
むしろ、死んでしまうことを知っていて放置したら、自分は罪悪感に苛まれるんじゃないだろうか。
(それに、よく考えてみれば、隣国だって怪しいよね…………)
仕事のできるイケメン王子が、なぜ自分のような地味な女と結婚するのを決めたのか。
本を読んでる時は気が付かなかったけど、今なら分かる。
自分が「聖女」だからだ。
自分が「村娘」だったら、絶対に結婚していない。
王子は希少価値である聖女が手に入るという打算があって、情熱的に言い寄って来たのだ。
そして、「愛してる」という言葉で、聖女を国に縛り付けた。
そこに真実の愛などあるはずがない。
聖女の護衛にイケメンな独身騎士が配置されたのもおかしな話だ。
あれは、きっと王子が駄目だったら、その男がハニートラップを仕掛けにくる寸法だったのだろう。
「うう……。なんてことなの」
アメリアは、ベッドに突っ伏して呻いた。
ほんの10分前までは、追放されて隣国に行けば、人生バラ色だと思っていた。
しかし、色々なことに気が付いてしまった今、隣国に行くことが良いとは思えなくなってしまった。
かといって、自国に残るという選択肢はない。
「これは、真面目に対策を練らないと……」
彼女は、前世と今世の知識や経験を総動員して、夜遅くまで今後の対策を考えた。
*
―――それから、3カ月後。
澄み切った青空の元、中央教会の大広場で、” 聖女成人の儀式 “ が行われようとしていた。
広場には、国の重鎮や他国の来賓が椅子を並べて座り、そこから少し離れた所から市民達が儀式を見守っている。
聖女成人の儀式は屋内で行われるものなのだが、聖女アメリアのたっての希望と、権威を強めたい教会の思惑が重なり、今回は屋外で一般公開されることになったのだ。
本来、聖女成人の儀式はとてもめでたいもの。
しかし、詰めかけた一般庶民達の顔は浮かなかった。
「アメリア聖女様、大丈夫かしら。疲れてないかしら」
「最近元気がなかったけど、何かあったのかね」
ひそひそ話す市民達。
―――その時。
音楽が鳴り響いて、アメリアが建物から出て来た。
白い衣装のせいか、今日はいつにもまして青白く見える。
そして、民衆の声援に応え、アメリアが手を振ろうとした、その時。
突然、この国の第1王子であり、アメリアの婚約者でもあるサイファ王子が立ち上がって叫んだ。
「アメリア! 貴様、本物の聖女である妹の功績を我が物と吹聴し、聖女を名乗ったな! この偽聖女め!」
静まり返る大広場。
アメリアが、顔を上げてビー玉のような目で王子を見つめた。
「貴様は、妹が本物の聖女にも関わらず、自分が聖女と言い募り、聖女を語った不届きものだ! 妹のローザがどれだけ傷ついたか分かるか!」
いつの間にか王子の横に立っていたローザは意地悪そうに笑うと、涙声でアメリアに言った。
「お姉さま。どうか非を認めて下さい」
何も言わずに2人を見つめるアメリア。
「何とか言ったらどうだ! この偽聖女め!」
黙っているアメリアに業を煮やして、壇上に上がるサイファ王子。
そして、ビシッと彼女を指指すと、高らかに宣言した。
「偽聖女を名乗ったアメリア! 貴様を婚約破棄した上で、聖女の称号をはく奪し、追放する!」
(よっしゃ! 婚約破棄と追放、頂きました!)
心の中でガッツポーズを決めるアメリア。
そして、両手で顔を覆うと、しゃくりあげながら大声で言った。
「……私は、今までずっと頑張ってきました。しかし、私の努力が至らず、こうなってしまって、本当に申し訳なく思っております。聖女の称号はお返しして、私はここから去ります。今までありがとうございました」
顔を押さえて建物の中に駆け込むアメリア。
―――そして、次の瞬間。
観衆から凄まじいブーイングが上がった。
「こんな仕打ち、ひど過ぎるだろ! あれだけ頑張ってるアメリア聖女を偽物呼ばわりした挙句追い出すなんて、どうかしてるぞ!」
「あんな性格の悪そうな女が聖女様のハズがないじゃない!」
「教会では、アメリア聖女に給与を渡さないばかりか、野菜スープと黒パンしか食べさせてなかったそうじゃないか!」
「奴隷のように働かせた挙句、婚約破棄して称号を奪うなんて、王家と教会は馬鹿なのか!」
怒り狂う民衆達。
サイファ王子は真っ赤になって怒鳴った。
「貴様ら! 不敬だぞ! おい、騎士団長! 民衆を黙らせろ!」
しかし、騎士団長は冷たい目で王子を見た。
「申し訳ありません。私も彼等と同じ意見です」
「なっ!」
「アメリア様は、何度も我々の魔物討伐に同行してくださり、身を挺して我らを守り、癒して下さいました。しかし、アメリア様の服装は毎回同じ。聞けば服や靴を買うお金どころか、自由になるお金すらなく、最低限の防具も与えられていない状態でした」
隣にいた、魔法師団長も冷めた目で王子を見た。
「王子がローザ様に買い与えていた宝石の1つ分でもアメリア様に与えれば、服も靴も買えたのに、あなたはプレゼント1つしなかった。理解に苦しみます」
「だ、黙れ黙れ!」
騎士団長と魔法師団長に突き放され、助けを呼ぼうとした王子が横を見ると、司祭や司祭長が貴族達に詰め寄られていた。
「アメリア聖女様は、医者も匙を投げた我が娘の命を救ってくださった。にもかかわらず、あの仕打ち。お前達教会は何をしているんだ!」
「お前達は、本物の聖女であるアメリア様を守りもせず待遇の改善もせず、奴隷のようにこき使い、追い出すことを容認した。その罪は重い!」
一向に収まらない騒動。
建物の中で、素早く着替えたアメリアは、用意してあった馬に乗ると、ニヤリとほくそ笑んだ。
「むふふ。思った以上に上手くいった。みんな、ありがとう!」
アメリアは、気が付いたのだ。
自分への評価が低いのは、『誰も自分のことをちゃんと知らない』からだ、と。
本の中では、アメリアは表情に乏しい地味な女性だった。
何も言わずに黙々と働き、修行に耐え、余計なことをしゃべらない。
つまり、自分が何をしているか、どんな境遇か、誰にも言っていなかったのだ。
完全なアピール不足、コミュニケーション不足だ。
もしかすると、本の中のアメリアは極度のコミュ障か人間不信だったのかもしれない。
このことに気が付いてから、アメリアは人と積極的にコミュニケーションを取るようにした。
そして、「教会には言わないで下さい」と、念を押しつつ、自分の本当の境遇をちょいちょい話すようになった。
「ここ3年、野菜スープと黒パン以外食べさせてもらっていないのです」
「夜明け前にたたき起こされて、真冬に水浴びさせられて風邪を引きました」
「給料も小遣いも、プレゼントすらもらったことがありません」
「教会からは、体調が悪くなると舌打ちされ、どんなに働いても更に働けと叱咤されます」
その結果、民衆と騎士団、魔法士団、それに治療を施した貴族達は完全に味方につき、今日の騒動に至った、と、いう訳である。
本では、その愚かさのせいで聖女にあっさり切り捨てられた民衆や騎士達だったが、ちゃんとコミュニケーションを取って境遇を理解してもらえさえすれば、捨てたものではなかったのだ。
騒動のドサクサに紛れて、王都を出るアメリア。
魔物除けの結界を張りながら馬を走らせ、ひたすら北に向かう。
そして、走ること数時間。
アメリアは、森の奥にある不可視の結界で隠した小さな家に辿り着いた。
(ふう。やっと着いた)
馬を馬小屋に止め、カギを開けて中に入る。
荷物をテーブルの上に置くと、ソファに疲れた体を横たえた。
(はあ。疲れた)
この家は、アメリアが実家にあった骨とう品を売り払ったお金で、3ヶ月かけて準備した隠れ家だ。
彼女は、ここで王都の様子を見守ることにしていた。
本の中では、アメリアが結界維持を止めることにより、魔物が急増。
サイファ王子と教会が暴走して、多くの騎士や魔法士、民衆が犠牲になる。
しかし、今回の騒動で、王子と教会の勢力は大分削がれたため、ストーリーは大きく変わるはずだ。
(私的には、信じてくれた騎士や民衆、貴族に被害が出ないようにしつつ、諸悪の根源の教会を更に弱体化させる方向に立ちまわりたいところだよね)
ちゃんと考えておかないと、と、思いつつ、アメリアは大きな欠伸をした。
ここ数日寝る間も惜しんで準備してきたせいか、眠くて仕方ない。
(まだまだ時間もあるし、とりあえず昼寝しようかな)
今までは、例え病気であろうと昼間から寝るなど許されなかったが、ここでは自由だ。
彼女は、再び大きな欠伸をすると、幸せな気分でゆっくりと目をつぶった。
追放された聖女様は、とりあえず昼寝することにした 優木凛々 @Yuki_Rinlin
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