180 Eの世界線


 イングの肉体をスペンサーはよく使っている方だとは思う。

 師匠連中がスペンサーに期待していたのは、どの肉体にでも適合する魂の柔軟性のみだったはずだ。


 宙に浮いたイングを中心に多層立体魔法陣が展開する。

 それはさながらコンペイトウ、ウニ、イガグリ……そんな感じ。


【雷電怒涛】


 無数にあるトゲの先端から雷光が放たれ、収束し、解き放たれる。

 それは天をも焦がす極太の光条となって俺に放たれる。


【霊域光盾】


 対する俺も多層立体魔法陣を展開する。

 それはさながら彼岸花。

 外側に伸びた葯の先から光の盾が発生し、光条を空へと捻じ曲げる。


「っ!」

「かま~ん」


 必殺の一撃のつもりだったのかイングが忌々し気に顔を歪めている。

 そして俺はにやにやと挑発。


 こうして多層立体魔法陣という仮想空中要塞によるガチンコ砲撃戦が発生する。

 秒間千を超える大量の【魔法の矢】による撃ちあいが発生し、時折、極太レーザーが吐き出され、その軌跡が空へと歪曲される。

 魔素骨格が剥き出しの天使が大量に出現したのでそれに対抗して混沌精霊を呼びだす。


 魔力の圧と連続する衝撃波で空間が不安定になってきたのでノイギーアを後方に下がらせる。

 近代兵器による攻撃がこちらに向かってくることになったが、もはやそんなものなどなんの意味もない。放っておいても勝手に爆発したり蒸発したりする。


 終わりのない要塞対戦に嫌気がさしたのか、イングが多層立体魔法陣から飛び出して殴りかかって来る。

 全身が超高密度の魔力塊となっており、俺の多層立体魔法陣を撃ち貫き肉薄する。


 短距離転移で避けると即座に追いかけて来た。

 ガンガンと打ち合いながら短距離転移を繰り返す。

 空間に衝撃波の花を咲かせながら徐々に上昇する。

 高山病なんて甘い物にかかるはずもなく、やがて大気圏を突破して宇宙に出る。

 丸くて青くて国境のない地球を背に、真空も放射能もガン無視して肉弾戦を続行する。

 お互いの体は超高密度の魔力塊に守られ、攻撃の度に圧縮された多層立体魔法陣が展開され、衝突し、相殺されていく。


 どれだけ魔力を使おうと、尽きることはない。

 宇宙は魔力に満ちている。

 地球の龍脈を通した濃密さはないが、その量は無限だ。

 同時発動状態の【瞑想】によって、消費するよりも多くの魔力が体内に宿っていく。

 それはイングも同様だろう。

 あの肉体、あの脳には俺の経験した修行の日々が残っている。

 スペクターはそれを利用している。

 だから【瞑想】を使うこともできる。


 だが……。


「はっ……はっ……はっ……はっ……」


 自身で展開する魔力塊によって守られ、空気も肺の中で自動生成されているだろうに、スペクターは息苦しそうな顔をしている。


「はっはっはっ、怖いだろう?」


 スペクターの不調の理由を俺は知っている。

 というか、実はラインとの戦いで俺も経験している。


「どうだ? 初めての無重力空間は? ずっと足が届かない感覚は? 果てが見えない感覚は?」


【瞑想】によって魔力を吸い込み続ける限り、感じ続けなければならない。

 海にいて海の底に思いを馳せる時よりもより深い深淵への幻想を。

 空にいて落ちているときの落下感は終わることなく。

 燃え上がる恒星を前にして泥沼に引きずり込まれるような重力の絶望感を。

 全てにおいて地に足を付けていた頃とは違うことを強いられる宇宙という場所への適応を求められる。


「人を超えるということは、この宇宙で遊ぶということだ。永劫に等しい時間と付き合うということだ」


 なにしろ宇宙っていうのは光年なんていうものを距離の基本にしてるような場所だ。

 冗談抜きで広すぎる。

 そりゃ、猫だってあんな顔になる。

 人間の精神のままでこれに付き合うのは、辛いぜ?

 まぁ、いまの俺はラインとの戦いで存分にしごかれたし、神? 神的な強靱性も手に入れているから大丈夫だけど……。


 スペクターはどうかな?


「ぐっ……おのれ……ふぅ……ふぅ……」


 過呼吸一歩手前って感じか?

 とはいえイングの肉体……っていうか脳組織は強靱だからすぐに脳内物質とかで調整をかけてくるだろう。


「まっ、立ち直る前にやらせてもらうけどな」


 ボッコボコだ。


 近接格闘で。

 魔法による連続射撃で。

 念動力による流星群で。

 恒星を吸い込んだ神剣の一撃で。


 ボッコボコにする。

 しかしさすがはイングの肉体。

 ボッコボコになってもイケメンである。

 白目を剥いて口から煙を吐いていてもイケメンだというんだから凄い。

 すごいを通り越して怖い。


「さて、そろそろ降伏した方がいいぞ~?」


 その体は保つかもしれんけど、お前の魂まではどうかは知らんぞ?

 師匠連中がお前の魂の安全なんて考慮してるわけがないしな。


「ぐっ……なぜだ?」


 ボロボロになりながらイングが聞いてくる。

 ていうか、ようやく会話する気になったか?


「どうしてここまで戦い続ける? お前は? もうわかっているんだろう? あの方々は……」


 なんとか【瞑想】を保っているような状態でイングは聞く。

 単なる時間稼ぎ?


 まぁ、いいさ。


「あいつらが何だろうと知ったこっちゃないさ。なにより、あいつらは俺を利用した。そしてさらに利用する気だ」


 それがウィンウィンの内なら文句はない。

 だが、最終的に一方的な勝ち取りを狙っているのだとしたら?

 いままさにそうしようとしているのであれば?


「そりゃ、逆らうだろう? どんなことをしたってあいつらの流れにはしてやらねぇって思うだろう?」


 俺が切り札とした用意しようとしていた神成りの薬には欠陥があった。ラインはそのことに気付いていた。

 俺がその知識をどこから得たか?


 もちろんそれは師匠の一人、錬金魔法のファナーン。

 なら、ファナーンは最初からあのレシピでは完成しないことを知っていた。

 知っていた上で、あの薬を完成させるように促してきた。

 自分たちが敵に回る可能性を示唆して、俺にそれを用意させるように動かした。

 そのきっかけとして利用されたのが、あの大会の時の帰還者、刎橋貴透だ。


 そう、あれは神成りの薬。

 魂が【昇仙】してさらなる高みに到達する【昇神】。その魂を物質世界で受け入れる肉体を作る薬。

 イングの肉体を本当の意味で、現人神として完成させるための薬……それが神成りの薬。

 俺はそれにアレンジを加えて、封月織羽の肉体をそうするように変更した。

 それは成功した。

 だがそれは、ファナーンから得た知識を基にしてはいない。

 基礎となったのは……。


 なったのは……。


 ちっ、またぼやけた。


 まぁ、それはいい。

 よくはないが、いまはいい。


 一つ、覚えているだろうか?

 こちらの世界に戻るとき、俺を召喚した女神は俺を神の列に並べたがっていた。

 その話を断って戻ってみたら、元の俺の肉体はとっくに死んでなくなっていた。

 あのとき、神の列に並べば話は早かったのだろう。


 神殺しをコピーしたイングの肉体にまた別の魂を入れ、新米神となった俺を殺せるか試すつもりだったのだろう。


 では、あの女神イブラエルも企んでいる側だったのか?


 正解だが、それだと三角だ。


「なぁ、そうだろう?」


 俺はイングの肉体に手を伸ばす。

 頭を掴み、イングの肉体に入り込んでいるスペクターの魂を捕獲し、分離させると、両方ともアイテムボックスに放り込んで封印措置をする。


「女神イブラエルも、師匠たちも、全部一つなんじゃないのか?」


 全員が別人のように動いていた。

 しかし、あまりにも意思が統一され過ぎている。

 誰一人として裏切ることなく計画が遂行されることなんてあるのか?


「正解です。勇者よ」


 突如として宇宙に光が誕生し、そこに一人の美女が現れた。


 女神イブラエル。


「あなたを召喚した私も、あなたを教え導いた師匠たちも全ては私」

「やってくれるな」

「私の名は光神イブラエル。あらゆる権能は私の光とその影の中より誕生する」


 イブラエルの放つ強い光。

 強すぎる光が生む影の中に複数の影がある。


 覚えのある影たちだ。

 ニース、ダキア、ハイリーン、ナイアラ、ファナーン、イクン、アンヴァルウ、ドリナディア。

 俺の師匠たち。


「自儘なる若神よ。あなたには道化神の名こそふさわしい。私の影の一つとなり、神の列に並びなさい。そして……」


 にこりとイブラエルが笑う。


「ともに、神の壁を超えましょう」

「嫌だね」


 もちろん、即答だ。





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