177 Bの世界線 02


 佐神亮平との出会いは京都騒動のときだった。

 その時にはすでに自身のクラン『剣王』を作っていた彼は溢れ出したモンスターどもを京都の中に封じ込めることに成功していた。

 俺がダンジョンを攻略するだけで済んだのは、間違いなく亮平のクランがいたおかげだ。

 その後、俺が独立するときに亮平とそのクランをスカウトしたのだが、その時にはすでに日本政府に囲い込まれていたので、それは叶わなかった。

 で、現在は大使という地位をもらって、俺との交渉役を担っている。


「おつかれ~」

「国王だというのに、相変わらず軽いですね」

「公式の場でもないのに偉ぶったところでな。で、今回はなに?」

「外務省を通してアメリカからそちらに提案がありまして」

「へぇ?」

「異世界帰還者による国境を越えた同盟組織を作ろうという提案ですよ」

「は、は~ん」

「そんな顔しないでくださいよ。僕だって胡散臭いことはわかっていますから」


 亮平も砕けた顔で笑っている。


「表向きはダンジョン・フローなどから世界的治安を守るための国際的治安組織。裏側はアメリカ主導の異世界帰還者組織を作り、ヨーロッパ・アラブ連合に対抗しようという思惑ね」

「まさしくその通りでしょうね」


 フェブリヤーナの指摘に亮平が頷く。


「とはいえ、織羽さんにも悪い提案ではないでしょう?」

「俺にアベンジャー〇やジャスティスリー〇をしろって?」


 嫌いじゃないけどな。


「とはいえそんなの、待ってるのはシビルウォーだ。己を貫くか、市民に傅くかを選択させられる。俺が傅くと思うか?」

「思いませんね」

「国家が主導するってことは、傅くことを強制してるってことだ。その時点ですでにありえないだろ」

「ですが、このままだとあなたはヨーロッパ・アラブ連合から一方的に悪と断じられることになる。この話に乗れば、あなたはアメリカ主導の正義になることができる。正義の反対側に必要なのはもう一つの正義ですよ。拮抗する正義があれば、世界は静かになる。悪いことではないですよ?」

「お互いを悪だと罵りながらか? 世界は冷戦を繰り返す」

「どこぞの宗教の絵にあるような、肉食獣とさえ一緒に暮らせる楽園を目指しますか?」


 ああ、あの家に直接勧誘に来る類のか?


「それこそバカバカしい」

「価値観と事情がそこら中に溢れかえったこの世界で、唯一絶対の正義なんてあるはずがないんですよ」

「だからこその力ある正義……か? なんか、ぱっとしない結論だなぁ」


 本当にテンションが上がらないので、背もたれにぐで~と体を預ける。


「冴えたアイディアなんてそうそうありませんよ」

「いいや、あるぜ」

「なんです?」

「いまから行って、イングをぶっ倒してくる」

「それは……」

「一番の問題をなくしてしまうのも良策じゃないか?」

「愚策ですよ。あなたが勝つとしても、負けるとしても、どちらであってもね」

「そうか?」

「イングがいなくなればヨーロッパ・アラブの治安は再び悪化する。あなたがいなくなれば日本の治安と政情が悪化する。ついでにヨーロッパ・アラブが覇権国家を作ろうと動くことになるかもしれない」

「俺が覇権国家を作るかもしれないぞ?」

「あなたはそんなことしない」

「なぜ?」

「めんどうくさいからですよ。国家宣言したのだって、国に良い様に利用されたくないからでしょう?」

「むう」

「とにかく、あなたから動くのが一番の愚策です。戦争するにしても、最悪でも正当防衛にしておいてくださいよ。それから、アベンジャー〇は決して悪くない手だと思います。もう少しまじめに考えておいてくださいよ」


 そう言って亮平は帰っていった。


「なんなんだかなぁ」


 フェブリヤーナも去り、一人になった部屋でぐでぐでと考える。

 イングとの戦いが一番の山場になるだろうなと思っていたら戦えない状況が目の前にあった。


「師匠どもをぎゃふんと言わせてやるだけのつもりだったんだがな……ん?」


 う~んと伸びをしていて、おやっとなった。

 思いっきり広げた両手の指になにやら違和感が。

 我ながらきれいな指である。

 ビューティースライム浴で磨き上げた体は映像加工でもしたのかというぐらいに艶々のぴかぴかである。

 ついでにいまは神気も宿っているのでちょっとありえないぐらいに美しい。

 公衆の面前で「カモ~ン」とでもいえばそこら中の男がこぞってルパンダイブしてくることだろう。男だけじゃないかもしれない。

 もちろんそれは指も同様。

 装飾品があまり好きじゃないのでなにも嵌めていないのだが、それなのになにか違和感が。


「足りない?」


 そうだ。

 なにかが足りない気がする。

 なにが足りない?

 指はちゃんと五本ある。

 爪が割れてるわけでもない。


「うーん?」

「どうした?」


 食事を持って来たフェブリヤーナが聞いてくる。


「俺、なんか足りなくなってないか?」

「人間性でも忘れて来たか?」

「失礼な、俺ほどの聖人君子はそういないぞ」


 なにしろ勇者経験者だからな。


「笑える冗談はよしてくれ」

「ひでぇ」

「魔王側からすればお前は種族を一つ滅ぼした虐殺者だ」

「だよねぇ」

「とはいえ、戦争での功績は個人に、罪は国家にが基本だ。お前のことをとやかく言う気はない」

「そりゃどうも」

「……それで、戦争をする気なのか?」

「あん? ああ……イングのことか」


 やべ、いま完全に忘れてた。


「……どっちでもいいや」

「なに?」

「どうせ向こうが仕掛けてくるだろうし、政治で追い出しかけてくるようならマジで出ていってもいいや。月で魔族でも復活させるか?」

「なるほど」

「どうした?」

「お前の考えを聞けたからそれでいい。確かに、国家を名乗るならそろそろ国民を募るべきだろうな。この船は広すぎる」

「ぼっちで悪かったな」

「まったくだ。世界を救った勇者がまさか他人とのかかわり方を知らないとは思わなかったぞ。いや……人付き合いに嫌気がさして田舎に引き込む元英雄か。物語ではありそうだな」


 フェブリヤーナに嫌味を言われたが、この宇宙戦艦ノイギーアに乗っている生きている人間は俺と彼女の二人だけだ。

 国家を名乗っているが、二人だけ。

 いや、フェブリヤーナは魂から俺が再生したのだし、その魂は俺に支配されている。

 自由意志の存在しない国民なんて国民ではないだろう。


 なら、やはりここにいるのは俺一人だ。


 亮平にも指摘されているが、ぼっち国家のぼっち王ってやばすぎるな。

 まぁもうネットでもネタにされているが。

 エゴサなんてするもんじゃないよなぁ。


「あら……」


 フェブリヤーナのスマホが鳴り、彼女が通話する。

 通話の相手は亮平だ。

 会話の中身も聞こえているが、礼儀として知らない振りをする。


「織羽」

「うん」

「ヨーロッパ・アラブ連合が、我が王国に宣戦を布告したそうよ」

「おやおや」


 通話を切らないままフェブリヤーナが告げる。

 相手はやる気になったらしい。


「どうするの?」

「売られた喧嘩は買う。そちらに行くから待っていろと伝えといてくれ」


 さあ、この船の出番だ。




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