176 Bの世界線 01


 ふうと息を吐き、元の場所であることを確認する。

 クラン『王国』の本部。

 クランマスターである俺の部屋。

 窓から見える瀬戸内海の景色は夜だった。


「ああ……我が家は落ち着くね」


 クラン『王国』本部件国土件移動要塞・宇宙戦艦ノイギーア。

 ここが俺の家だ。

 日本視点から見ると京都騒動から始まる世界的なモンスター騒動。そして中国指導者による北京宣言によって異世界帰還者の存在が白日の下に晒されると、俺はクラン『王国』の設立とともに独立を宣言した。

 クラン『王国』は異世界帰還者の集団であり、そして国家となった。

 王国国である。

 呼び方ダサいな。

 わかってる。

 だからフェブリヤーナから早く正式な国名を決めろとせっつかれている。

 でーも、思いつかない。

 困ったもんだ。

 ともあれ、俺の国は日本とは同盟国となり、防衛戦力を提供する代わりに様々な便宜を引き出す関係となっている。


「むっ、戻っているな」


 なんて考えていたら噂のフェブリヤーナが入ってきた。

 胸部装甲ならぬ胸部ミサイルを備えたすごい奴だ。


「で、どうだったんだ?」

「オッケーオッケー。例の計画は順調に行えるぜ」

「スキルとクラスを誰でも習得できるようにする……か」


 難しい顔でフェブリヤーナは呟く。

 この世話好き元魔王様は心配性でもある。

 おかげでクラン員からは陰で「おかん」とか「ママ」とか呼ばれている。


「いまでもその選択がこの世界にとって正しいのかどうかわからないな」

「そんなもん、俺だってわからないよ」

「お前……」

「一度進んだ道を戻るのは難しいもんさ。それなら、進めるだけ進ませてみるしかないんじゃね?」

「気楽だな」

「考え込んでみても未来は見えないしな」

「そうなっても……か?」

「こうなってもさ」


 意味深な言葉。

 フェブリヤーナは俺の変化に気付いたな。

 いや、こいつの魂は俺の支配下にある。変化に気付いて当然か。


「魔神王の奴をまたぶん殴って来てやったぜ」

「そうか。まだ生きているのか」

「神はしつこいってことさ」


 魔神王によって代理戦争の駒として生み出されたフェブリヤーナにとって、奴は自分の運命を好きに使った憎むべき存在だ。

 そう考えれば、フェブリヤーナとこういう関係を作っている時点で、あいつと仲良くなる道はなかったんだよなとしみじみ思う。


「さて……それで、なにか変化はあったか、宰相殿?」

「そうだな」


 クランのサブマスターにして王国宰相殿は一呼吸おいて報告に入った。

 中国は政府軍と反乱軍閥、異世界帰還者を中心として結成されていた英雄部隊の三つに分かれて内乱状態にあったのだが、三勢力が拮抗状態に入り、また大規模なダンジョンが複数に発生したことで事実上の休戦状態となっている。

 東南アジア諸国やアフリカは国境を越えて戦乱状態。

 オーストラリア、北米、南米もそれぞれ国内の問題に火が付いて内乱すれすれの状態にある。

 その中で、大規模なダンジョン・フローによって危機的状況にあったヨーロッパが落ち着きを見せている。


「救世主様は順調に活躍しているみたいだな」

「ああ、イング・リーンフォースがな」

「はん」


 嫌味たっぷりなフェブリヤーナの言い方に俺は鼻を鳴らした。

 師匠たちがどっかから見つけて来た誰かの魂を使って現れたイングは問題に満ちたヨーロッパとアラブ諸国を舞台に大活躍し、あらゆる問題を瞬く間に解決し、統一国家を作り上げようとしていた。

 こいつの困ったところは、世界を混乱に陥れた諸悪の根源は俺にあると言いふらしているところだ。


「日本政府は?」

「難しい立場のようだな。我々は京都騒動を制し、その後のダンジョン問題の解決に寄与してきたが、救世主に敵視されているという事実を前にすると功績は露と消えるようだ。民意にここまで弱いとは民主主義というのも考え物だな」

「なんにだって良し悪しはあるもんだろ。悪い時に悪いところが目立つのは当たり前だ。そんなときだけ文句を言っても仕方ないさ」

「なにを聖人ぶっている。このままだと世界的に孤立するぞ?」

「それが師匠たちの考えだろうなぁ」


 俺とイングをどうしても戦わせたいらしい。

 それによって俺を神にするのが目的なのかもしれないが……残念、俺はもう完全な【昇神】に成功している。

 師匠の目的が『俺を神にすること』だけなら、これで目的を達成してしまったわけだから何もしてこないかもしれないが、『自分たちに都合のいい神を作ること』だったならまだ何かしてくるかもしれない。

 絶対に後者だろうな。

 まったく、暇を持て余した神々の遊戯なんてろくでもないよな。

 ともあれ、俺も今やその神の一員だ。

 暇を持て余した遊戯に参加するのもやぶさかではない。


「とはいえ日本を追い出されても俺はそんなに困らないな。そのために独立しているわけだし」

「むしろ困るのは日本だ。我々の戦力が抜けてしまってはダンジョン攻略と防衛、そして治安のバランスが崩れるのは必須だ。いまの日本が平穏なのは、間違いなく我々のおかげだからな」

「追い出されることはないだろうが、油断してるとどうなるかもわからんよな」


 何らかの対策はこうじておかないと。

 しかしなにをすべきか。


「ん、待て」


 どうしたもんかと考えているとフェブリヤーナになにか連絡が入ったようだ。イヤホン型の通話機を使いこなす元魔王。

 なんだかおもしろい。


「客が来たぞ」

「客?」


 誰が来たのやらと思ったが、すぐにわかった。


「やあ、お邪魔しますよ陛下」


 そう言って部屋に入ってきたのは日本大使の佐神亮平だった。




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