172 交渉とは決裂するためにある


 転移でぽん。

 これだと自分がどこにいるんだかわからないな。

 なんとなく空からは離れたような気がする。

 重力を強く感じるからもしかしたら地中にいるのかも。

 俺たちは寒い場所に来た。


「なんだよここ?」

「貯蔵庫兼生成場だ」

「はん?」


 青い空間で俺たちは浮いている。

 その下にあるのは白い物質に満ちた巨大なガラス状の球体とそれに繋がった有機物の混ざったなにかの装置だ。

 俺はガラス球を見た。


「なぁ、もしかしてあれの中身って?」

「想像の通りだ」

「うぇ、マジか」


 ゴブの白濁液。


「え? あれ貯めるためのシステムなわけ? じゃあ」

「そうだ」

「お前ってそういう趣味があるんだ……」

「どうしてそうなる」

「さすが神様。規模が違う」

「お前……ふざけるのもいい加減にしろよ」

「はいはい。それで?」


 神の怒りで周囲の空気が軋んでおる。


「まったく……ゴブリンの最大の特徴はなんだと思う?」

「ここまで来たら答えは決まってる。繁殖力だ」

「そうだ。連中は相手が卵子を持っていればどんな生物だろうとゴブリンを生ませることができる。この生物学的な異常性は、実は神でさえも再現が不可能だ」

「は?」

「神が決めた生命の増殖方法に横槍を入れる。これをバグというのだったかな?」

「どこぞの神が日本のエロ妄想に触発されてそうしたんだと思ってた」

「は?」

「……いや、いいや。それで……ここのモンスター工場は、もしかして全部ゴブリンの……ていうかハイゴブリンの精子を原料にしてるってことか?」

「そうだ」


 下働きさせられながら、ハイブリットTENG●で原料まで搾り取られる生活か。

 ……嫌そうではなかったな。


「で、あれが人工の……いやさ神工の子宮か」

「そうだ。ハイゴブリンの精子には手を入れてあり、卵子への強制着床以外はこちらで制御し、卵子側の遺伝子情報を優先して増殖させるようにしてある」

「つまり、好きなモンスターを作りたい放題ってことか」

「遺伝子情報さえあればな」

「そんなもの、神なら取得したい放題だろう?」

「神はそこまで自由ではないよ。……だからこそ、より上位の存在がいるのではないかと考える者も出て来る」

「それで?」


 世界を作れて生命を作れない?

 俺からすると矛盾しているように感じるが、神的にはそうじゃないのか?


「……さて、お前の件だが」

「おい、ここでその話に繋げるのかよ」


 やめろよ嫌な予感しかしないじゃないか。


「ふふ、なんだ? わかるのか?」

「わからないとでも思うか?」

「そういやがることでもない。私のあの時の体だってここで作ったのだから」

「あんなモンスターボディを自分のにするのは嫌だぞ」

「もちろんそこはちゃんと人間体にしてやるさ。だが、ちょっと肌の色が紫だったり緑だったりしてもいいだろう? あ、角もあるかもしれない。目も……別なところに出てきたりするかもしれない。だが、不便は一つもないからいいだろう」

「よくねぇよ」


 見た目も嫌だが大元が嫌だわ。


「そんなことを言いだしたら、お前が前に使っていたあの肉体もここで作ったんだぞ?」

「ぎゃあああああああ!」


 それだけは聞きたくなかった。


「ゴブリンの可能性を信じるんだ」

「うるさいわ」


 くそ、俺が嫌がっているから楽しんでるな。


「ああもう……やめやめ」


 ぶんぶん手を振って嫌な空気を振り払う。


「やっぱりだが、お前の提案って新しい体を用意するってことだよな? んじゃ、無しだ。その提案は絶対に受けない」

「ほう? なぜだ?」

「……俺はもう二回も自分の体を捨てた」


 最初の自分、そしてイング。


「イングはともかくとして、最初の自分を捨てた後をもう見ちまってる。あんな思いは簡単にはしたくないね。百回ぶっ殺されるよりも嫌な経験だ」


 二度とじゃないところがキモな。

 ぶっちゃけると、たぶん俺はもう肉体が滅んだからって普通の人みたいになるとは思えない。

 そこはもう【昇神】の世界を見ちまっている者の宿命みたいなものだ。

【昇仙】してるだけでも寿命は延びてるしな。


 それになんだかんだでこの封月織羽の肉体には執着ができた。

 この体だからこそ、こちらに戻って来てからの人生があったと思っている。

 そんな体を戦いに不利だからって理由で捨てるのなら、それは俺にもう一度イングの肉体を与えようとしている師匠連中となにが違う? ってことになる。


「どうせあいつらに勝つのなら、あいつらの方法論を全否定した上でなければ意味がない。そうじゃないか?」

「ほう。考えてはいるんだな」

「おおう。考えないと思われてたのかよ」

「考えている人間が、力を与えられたからと言って異世界に召喚されて勇者なんかやるかね? 私から見れば規格外の力を手に入れて調子に乗っているようにしか見えないよ」

「言ってくれるなぁ」


 ただの一般人がいきなり何の身寄りもない異世界に呼ばれて他にどうしろっていうのか?

 城を抜け出してスローライフを楽しむような世界情勢でもなかったしな。


「それに、逃げ出したとしてあの師匠たちが逃がしてくれると思うか?」

「……ふん! 操り人形め!」


 負け惜しみやないかい。


「まっ、分岐はあったかもしれないけどな」


 十分な力を手に入れたところで世界の在り方を疑って隠されていたさらなる真実を見つけ出すって展開……たしかにそういったものもあるだろう。

 でもむーりー。

 俺ってミステリー小説で犯人当てられたことないし。


「だけどはそうはならなかったんだからしかたないだろ? そもそも、お前に罪がないわけでもないし」

「言ってくれるな」

「やーいやーい敗北勢力」

「ぐぐっ!」


 ラインの表情が歪む。

 空気も軋む。

 あっ、今度は本気で怒ったかもしれん。


「ふ、ふふふ……ならば、見せてもらおうか。あいつらと戦う前に……お前がどれほどのことができるのか」

「あ、そうなる?」

「ここで私に勝てないのならば。今度は私の先兵として奴を狩るがいい」

「属性の強制変更はズルくない?」

「ズルくはない!」


 そう言った瞬間、空間が割れた。

 生命増産工場は砕け散るガラスの中に消え去り、次に現れたのは見渡す限りの原生林。

 そこに並ぶゴブリンの巣山。

 遠くに見える海では水龍が吠え、空では飛竜が集結し、大地からは巨人が土を割って現れる。

 破裂した巣山からゴブリンの大群が現れる。


「さあ、お前の大好きな試練の時間だ。その軽口に相応しい実力を見せよ」


 空中にとどまったラインはなんとも嗜虐的な笑みで俺を見下ろした。




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