161 見~た~な~
††スペクター視点††
水竜王の寝殿を進む。
モンスターは強いが、レベル100オーバーが揃っているパーティを阻めるほどではない。
私が寄生した者にはかなり強力な継続回復能力が付与される。
休みなくダンジョンの奥へと進むことができる。
なにより、このダンジョンのあちこちには封月織羽の死の軍団が配置されて定期的にモンスターを排除しているため、戦闘そのものがそう多くないことも進む速度を速めていた。
「それにしても……」
亮平の口で呟く。
召喚系のクラスというのはとても使いにくいものだ。
ましてやこのように、本人が離れた場所に長く配置しておくなんてことはできない。
これだけの数を従えているというだけでも非常識なのに、その上でこまごまとした役割分担を与えている。
モンスターを排除するだけでなく、侵入した者を敵か味方か区別までしている。
それだけでなく、排除した際にドロップする青水晶を集めて迷宮の外に運んでいる個体までいるのだ。
そんなことを可能にした召喚士をいままで私は知らない。
やはり、封月織羽は非常識。
そして、かなり特殊な存在なのだろう。
彼女が公表している私たちとは違う種類の異世界から戻って来たという言葉は、やはり真実なのかもしれない。
「疑う理由もないか」
ここまで世界がぐちゃぐちゃとなってしまったのだ。
常識なんてものを真面目に信じるのはおろかというものだろう。
ゲームとしか思えない異世界を無数に用意し、人々にクラスとスキルを与える存在は確実にいるのだ。
ならば、そことは関係のない異世界が存在したとしても、不思議でもなんでもない。
だがだとしたら……?
「いや……そこまで考えたとしても……か」
頭に浮かんだ疑問を振り払い、奥へ奥へと進んでいく。
二時間ほど進んだだろうか、戦闘は本当に数えるしかなく、行く先を遮るものはほとんどなかった。
そしてついにそれを見た。
「なっ、なんだこれは」
最初のロビーのような空間よりもはるかに広大な空間。
その中央に浮かぶ巨大な水球。
その中に、おそらくこのダンジョンのボスであろう竜がいた。
蛇のように長い体躯の中国的な竜だ。
間違いなく、これが水竜王だ。
その竜が憎しみの表情で私たちを睨んでいる。
その原因はおそらく、水球の表面に施されているもののためだろう。
ガラスのような硬質の器に水球は収められている。
水竜王はときどき体当たりをして、この器を壊そうとしている。
だが、ビクともしない。音さえもしない。体当たりの震動が器の外に漏れることがないのだ。
ボスを殺せばダンジョンが終わる。
だからボスを殺さず、かといってダンジョン・フローの危機を排除するために死の軍団を配置してモンスターを駆除していく。
このダンジョンはかなりの難度のものだろう。
そこから得られる青水晶もかなりの量ということになる。
それらを継続的に手に入れることができるのであれば、それは確かにクランにとって魅力的な青水晶鉱山のできあがりということになるのだが……。
「しかしあまりにも危険だ?」
それを言ったのは私ではない。
「っ!」
驚いて振り返ると、そこに封月織羽が立っていた。
「スペクター?」
その問いかけは確認のつもりだったのだろう。
だが、反応してしまった。
「ずいぶんと早い対応だな。感心する。竹葉さんはかなり危ない状況にいたってことになるのかな?」
しかも、正確に私の母国語を使って来られては誤魔化すことはできないと判断した。
「あなたは日本語しか使えないと思っていましたよ」
「そいつは古い情報だ」
そう言って笑う。
非常識の塊。
まさしく化け物だ。
「それでどうします? 殺しますか?」
「そいつらをどうにかしたところでお前は死なない。そうだろう?」
「…………」
「そうでないと、そんな能力を身に付ける意味もないからな」
「わかりますか?」
「わからないね。だけど、想像はできる。お前たちはそんな風に、自分の性格に基づいたスキルやクラスを手に入れるみたいだからな。いまは、そのメカニズムを調べている最中だ」
「なに?」
「俺がいま、なにを企てているか知りたいか?」
楽しそうに封月織羽は尋ねてくる。
「俺の弱みを知りたくてここにやって来たんだろう? こいつはそれになるかもしれないぞ?」
「教えるという時点で、弱みだとは思っていないでしょう?」
「まぁね」
「では、どういう意図ですか?」
「誰かに話したい」
「は?」
「ほら、よくあるだろう? 悪のボスがヒーローの前で自分の目的を延々と喋るってやつ」
「ええ」
「いま、俺ってその悪のボスの気分なわけ。ちょっとわかるね。自分のやっていることを誰かに、それを全く知らない誰かに語りたいんだよ。周りには自分のイエスマンしかいない。だから反対意見を聞いてみたい。反対意見の中に自分が見落とした欠陥があるかもしれない。なにしろヒーローと悪のボスは、登場時点でなにかに対して正反対の主張をする存在なわけだから。まっ、残念ながらあんたは俺と反対の意見を持っているかどうかわからないわけだが」
「いいでしょう。あなたが見せてくれるというなら、私も断る理由がない」
「そりゃけっこう。では、こっちだ。ああ、ぞろぞろは鬱陶しいから一人にしてくれ」
「では、彼で」
これは罠かもしれない。
だが、見つかった時点で現時点ではどうにもできない。従うしかない。
最悪、私にはこの場から逃げる手段がある。
なにも問題はない。
私は亮平の体を動かして封月織羽の後に続いて、水球の下を抜けていく。
水竜王が何度も体当たりをし、睨みつけてくる中を歩くのはかなり精神力を疲弊させた。
これだけの強大な存在を封じておくとは……ますます、目の前の存在の化け物ぶりが理解できなくなる。
どこまでできる?
できないことはないのか?
「ところであんたは自分の能力のことをどう思う?」
「どういうことでしょう?」
「どうしてこんなことができるって疑問に思わないか? あっちで使えるのはともかく、どうしてこっちに戻って来ても同じことができるのか?」
「それは……」
「クランの連中にも同じ質問をしてきた。まっ、全員、答えは『使えるんだから受け入れるだけ』っていうことになる。まっ、どうあれその結論に落ち着かないと異世界帰還者でございなんてできないわな」
「そうですね」
「だが、俺としては『なんで使えるのか?』『そもそもクラスとスキルってなんぞ?』って疑問を無視できないわけだ。で、『このダンジョンってなんなんだ?』っていうのもセットになって来る。なにしろ、異世界帰還者とダンジョンはどう考えてもセットの存在だからな。異世界帰還者がいるからダンジョンに対処できる。このタイミングが揃っていないと、ダンジョン・フローに対処できずにもっと以前に世界は大混乱になっていたと思わないか?」
「…………」
彼女の主張はその通りだ。
私が最古の異世界帰還者だとは思っていないが、まだ他の異世界帰還者の存在を知らなかった頃はダンジョンはほとんど見なかった。
ダンジョンの出現率は年々上がっているように感じられた。
あるいは、それはそのまま異世界帰還者の増加率と比例していたのかもしれない。
「ですが、それを統計することは不可能ではないですか?」
「まっ、普通はな」
「普通は?」
もしかして、それを知ることができるのか?
やはり化け物だ。
そう思いながら、彼女の背を追いかける。
どこかで殺せるタイミングはないものかと思うのだが、いまのところそれは見つかっていない。
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