162 見~せ~る~ぞ~
楽しい楽しいハイキング。
とはいかない。
なにしろ後ろに付いて来るのは亮平ではなくて、それに寄生したスペクターだ。
そもそも、亮平と二人でハイキングしても楽しくないけどな。
ふむ……そういえば俺は当たり前に百合百合して楽しんでいるが、本当のところはどうなんだろうな?
俺の本来の性別は男だから女性とどうこうしたいという衝動はある。ごくノーマルな男としては当たり前なんだけれど、だからといって女の身であれこれしているときはあれがあれしてああなっているわけで。
ふむ……。案外いけるのか?
「……なにか?」
「いや」
とりあえず、亮平だとその気にはなりそうにないことは確かだ。
「ところでどこまで進む気ですか?」
スペクターの声がわずかに震えてる気がする。
へいへい、びびってる~?
「もう少しさ」
怖がるのも仕方ない。
この辺りはさっきまでのダンジョンとは様相が違う。
むりやり押し広げた歪な通路。
空間的にまったく安定していないからそれを体のどこかが感じて本能的な危機感となって警鐘を鳴らしているんだろう。
言葉通り、そこにはすぐに到着した。
行き止まりだ。
「なんですか? これは?」
スペクターの声は明らかに震えていた。
「次元調査機? 解析機? まっ、そんな感じの物だな」
「調査? 解析?」
これが? と思っているのだろう。
俺の前にあるのは冒涜的存在とでもいうのだろうか?
だからスペクターは怖がっているのかもしれない。水竜王にもビビッてたから長くてうねうねしたものが嫌いなのかもしれない。
俺的にはサソリとタコとイカをかけ合わせたような存在だ。
アンモナイトとはちょっと違う。
とはいえこいつの形はそれほど重要ではない。概念上の器を用意してそこに大量の人工精霊をぶち込んでいるというだけのことだ。
C国でキャッキャウフフしたおかげで人工精霊には困らなくなったからな。
むしろ使い道を探さないと溜まる一方だ。
「このダンジョンはどこかの世界から俺たちの世界に派遣されてきている召喚魔法みたいなものでな。これはその、大元を探り出そうっていう試みだ」
「そんなことが……どうしてできるのですか?」
「うん?」
「開発系のスキルですか? こんなにも様々なスキルを、どうしてあなたは?」
「お前たちのスキルだけが異世界の全てじゃないってことだろ?」
「うっ……」
「俺は、貧乏性っていうのかな。予備の資源はたくさん持っておきたい方でね」
唐突な話題の変更と思ったのか亮平の顔を変に歪める。
「ある日突然に供給が止まるような資源だけじゃ安心できないんだよ。ちなみに、供給元のダンジョンがいきなりなくなったら困るってことな。で、おそらくだが、そんなことになったら異世界帰還者たちは力を失うことになる」
「っ!」
亮平の顔が驚愕にひきつる。
「その後の混乱を考えるとやってられないよな。だが実を言うと、俺はそんなことになってもまるで困らない。自分で力の源を供給する術を持っているからな」
魔力は地球だけでなく宇宙にも満ちている。魔力がなくならないのであれば俺の力は失われない。
だが、他の異世界帰還者たちはそうではない。
発動させるための魔力の集積なんかを全てスキルに頼っているため遠く宇宙に漂う魔力の流れを自分に引き寄せる術を持たない。
【瞑想】を身に付けられた連中だけは、ぎりでなんとかなるかも? ぐらいだな。
そいつらにしたってスキルそのものがどういう理屈で作動したり、自身に作用しているかを理解しきれているわけではないから難しいだろう。
電子レンジのボタンを押すことはできても、電子レンジを作ることはできない、みたいな感じだな。
「考えるだけ無駄な存在に押し付けられたクラスとスキル、その考えるだけ無駄な存在がある日これらを消してしまったら、あんたはどうする?」
「ぐっ……」
俺の問いにスペクターは呻いた。
考えたことがないわけではないだろう。
そして、考えるだけ無駄と思考停止してきただろう問題を押し付ける。
まぁ、答えなんて出るわけがないとわかってる。
多くの異世界を用意したり、そこに人々を呼び寄せてクラスとスキルを授けたり、そんなことができるのは人間よりも上の超存在。
神と呼ばれるような存在だ。
見たことも会ったこともない神をどうにかしろなんて言われたって、どうにもできるはずがないのだ。
それがわかっているからスペクターも次の言葉に迷っている。
「あなたなら、どうにかできるというのか?」
「できる、かもな」
「なに?」
「零から作れと言われれば面倒だが、それはすでにして存在するシステムだ。見つけ出し、コピーする。それだけならそう難しいことでもない。いまはコピー元を探している段階だな」
実際にはいくつかの要素はすでに見つけている。
要となるエネルギー供給源……青水晶の発生方法を見つけるために、俺の次元調査機はごりごりとダンジョンの空間を削っている。
「この計画の最終目標はな。異世界体験なんてしなくても、誰でもスキルとクラスを手に入れることができるようにすることだ」
「なっ!?」
「こんなことが当たり前になった世界なら、スキルとクラスは全ての人に解放されるべきだ。誰もが無意味に蹂躙されることがないように。銃を全ての人の手に」
いつだったか同じようなことを言ったな。
ああそうだ、剛のときだな。
Lの作ったごっつい兵器のときだ。
ゼロにできないなら百に増やす。
あのときから俺の考えはずれていないってことだな。
「さあ、俺の考え、あんたはどう受け止める?」
いずれはクラン員全員に聞いてみるつもりだ。幹部連中に意見を聞き、クランで意思を統一し、可能なら世界に問いかける。
その前の段階としてまずはこいつに聞いてみる。
秘密の漏洩?
させるわけがない。
これは一つの、時間稼ぎでもあるからな。
「……どうやらあなたは狂っているようだ」
「ほう? どういう意味だ?」
「こんなものを世界にばら撒く? 銃よりも性質が悪い」
「そうか? 銃は殺すしかできないが、スキルなら人を救うこともできるかもだろ?」
回復系のスキルなら医療で、工作系のスキルなら建築で、と活躍できる分野は現在人間がやってることのほぼ全てに通じることはすでに実証されている。
「現代知識を駆使してスキルを有効活用する研究も進められてるんだろ? それなら、いまあるものも無駄にはならない。いいこと尽くめじゃないか?」
「……なるほど、あなたの考えはよくわかった」
「そうかい?」
「あなたはこの世界を壊す悪だ」
「なるほど。そうきたか」
「こんな呪われた力を当たり前にするなんて……あなたは倒されなければならない」
まさかまさか、雇われ暗殺者に正義の味方みたいなことを言われるとは思わなかった。
能力に反して、意外と善人だったのかもしれないな。
いや、世の中の大半の人間は自分の世界における最高の善人だってな。
自分の能力が実は嫌いなのかもな、スペクターは。
「で、どうするんだ?」
「あなたを倒す」
亮平が剣を抜く。
俺がやった魔神王の骨を削った剣だ。
あれに切られるのは嫌だな。痛いから。
「君は本気の剣聖と戦ったことがあるかな?」
「ある……が、今回は戦わない」
「なに?」
「あんたの本体を見つけた」
亮平の表情がひきつる。
今回も白魔法大活躍だ。【鑑定】を本人に使うとばれてしまうから、その周辺に使った。亮平にどうやって寄生したのか、その前は? さらにその前は?
……と、そんな感じに倒れたドミノのピースを一つ一つ戻していくようにして周辺の空間の過去を掘り起こしていき、ついにスペクターの本体に辿り着いた。
魔銃騎士団はすでに派遣済み。
「地球の反対側とかにいられたら手を伸ばすのにまだ時間がかかったが、さすがにそこまでの便利スキルではなかったな」
「貴様は、本物の化け物だ」
「いやいや、俺なんてまだまだだ」
そう答えつつ、俺は魔銃騎士団に指示を出した。
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