138 異世界帰還者の胎動 04 『王国』攻略部隊小隊長視点
その日、私は東京郊外に出現したダンジョンに入っていた。
『王国』独自のダンジョン調査法で難易度が選定され、一部隊での攻略が可能と判断されて私たちが派遣された。
とはいえ、攻略が長期化しそうだったり不可能だと判断した場合は応援を呼ぶこともできる。
そして応援を呼んだからといって小隊長の失点になることはないと明言されているのが私の気を楽にしてくれる。
むしろ、応援を呼ぶタイミングを逸して全滅する方が最悪だと、マスターの封月織羽は言ってくれた。
若いのにたいしたものだと感心させられる。
そして、そういう大人びた判断を下せることが、異世界を切り抜けて来た証拠だと私は思っている。
彼女はかなり規格外の異世界帰還者だが、場所は違っても同じ苦労をしているのだと感じさせてくれる。
自分たちの長を尊敬できるというのはとてもいい状況なのだと、つくづく思う。
そういう意味で、かつての私たちの『王』は最悪だった。
最悪すぎて、奴のことはこちらに戻って来て誰も口にしていないだろう。幹部級だけでなく、マスターと親しい間柄にある瑞原霧にしたって、奴のことを彼女に話していないのではないだろうか。
それぐらいにあれは最悪だった。
……嫌なことを思い出した。
気持ちを切り替えよう。
ダンジョンの攻略を始めて一週間。
最深部に到達し、そろそろボス部屋を見つけられるだろうと思っていた矢先のことだった。
そいつがいた。
「おっ、来た来た」
いかにもボスがいると言わんばかりに仰々しい大扉の前にその男はいた。
二十代前半。大学生だろうか。
嫌な笑みを浮かべる男だった。
こういう時に感じる嫌な予感というのは従った方がいい。
ダンジョンの中だというのに街中にいるかのようなラフな格好の青年と距離を保ち、私は静かに部下に戦闘準備を命じた。
「あなたは誰?」
「誰? ここにいるんだから異世界帰還者にきまっているだろう?」
「どこかのクランに所属しているの?」
「クラン? いいや、個人だ」
便宜的な話し合いで決まったことだが、クラン同士でのダンジョンの競合は止めようということになっている。
だがそれもクランに所属しない個人には適用されない。
だから、彼がここにいることを責めることはできない。
だが、不穏だ。
難易度はそう高くないと判断されてはいるが、それでも小隊を組んだ私たちがここに辿り着くのに一週間かかった。
それを一人で?
一体、いつから潜っている?
いや、そこまで汚れているように見えないから、短期間のはずだ。
だとすれば、いつのまにか私たちはこの男に抜かされていたということになるのか?
「隊長?」
「高レベルと考えるべきよ。それに……」
「はい。殺気がありますね」
「潜伏してる者は?」
「いません」
「となると……」
「お姉さんたち、なに内緒話してんの?」
「あなたがなにか企んでいそうだから」
「ははっ」
私の答えに青年は軽薄に笑う。
その笑みに宿る眼光が狂暴だ。
「まぁ、その通りなんだけどね」
「……それで、なんの用かしら?」
「いや、あんたたちにちょっとした挑戦状になってもらおうと思ってね」
「挑戦状?」
「ほら、あんたらのマスター。むかつくじゃん?」
「さあ? そこは意見の相違があるようね」
「そうなんだ? お姉さんは若い女の手下っていうシチュが嬉しいタイプ?」
「有能な人間が上司だっていうのは幸せなことよ。坊やにはまだわからないことかもしれないけど」
「ははっ! ならさあ、オレの下に付くのも幸せってことじゃん?」
「それはどうかしら?」
「なんで?」
「だってまだ、あなたが有能だってわからないし」
「むかつく。でもまぁいいや。それなら……」
「っ!」
「オレが有能だってわかればいいんだろ?」
最後の言葉はすぐ側で聞こえた。
瞬く間の接近だった。
それでも、持っていた盾を声の下方向に向けることができた。
私は重装戦士だ。スピードに自信はないが、敵を引き付けることと防御することにかけては自信がある。
いまも、青年がいる方向に盾を向けることに成功した。
攻撃を受け止めることは……できるはずだ。
「ううっ!」
引きちぎれるような激しい痛みに、悲鳴が零れるのをこらえる。
その感想は間違っていなかった。
次に目にした光景は、あの青年が私の盾を持っている光景だった。
盾を持つ私の腕がそこにぶら下がっている光景だ。
「ぐっ! うっ……」
「ははははっ! 痛いのに悲鳴をこらえるなんて、立派だね」
「あなた……なんのつもり?」
「なんのつもりもなにも、だからあんたらは挑戦状代わりだって」
「つまり、うちのマスターに喧嘩を売りたい。そういうことなのね?」
「冷静だねぇ。痛くないの?」
「ぶん殴ってやりたいわ」
「ははっ、そりゃ無理だ。レベル差ありまくりなんだよ。ざーこ」
「レベル差?」
「そんなひっくいレベルで異世界帰還者だなんてドヤる時代。もう終わるぜ。なんせ、俺のレベルは400オーバーだからなぁ」
「よっ……400!」
佐神亮平でもいまのレベルは250台だ。
それに織羽がC国で戦った異世界帰還者たちもレベル200台だったと聞いている。
それなのにこの青年はレベル400オーバー?
はったり?
しかし、先ほどの速さは本物だ。
「だけど感謝はしてるぜ。あんたら先行組がどやって情報を世間に流してくれたおかげで、俺みたいな後発組は最適になって還ってこれるんだからな」
「どういう……こと?」
失血と痛みで気絶しそうだ。
だけど、彼が調子に乗って話をしているこの時間はとても貴重だ。
焦らず、時間を稼がなくては。
「あん? 察しが悪いね、お姉さん。もしかしてゲームとかしないタイプ? 攻略法だよ攻略法。あんたらが異世界の情報を流してくれたから、オレたちはそれに備えて攻略法を持って行くことができたってことさ」
言いたいことはわかっている。
だが、知らない振りをすれば彼はいくらでも饒舌になってくれそうだ。
ああ……婚活パーティでこういう男に会ったことがある。テキトーに相槌を打っているだけで上機嫌で自分勝手な話をするタイプ。
この青年は見た目は清潔そうだが、案外そういうタイプなのか。
それとも、異世界でそういうことをしてしまったせいで人恋しくなってしまっているのか。
「なら、あなたはどうやってレベル400にまで……なったの?」
「はぁん? そんなことまで聞いちまう? いい加減イラついちまうんだけど」
「誰のせいで、血が足りないと思っているの?」
「ああっ! ははっ、なるほどね。ならしかたないか。わかるよな? 経験値は有限だ。あっちの世界じゃ、おれたちのレベルを上げるには同じ異世界転移者を倒さないといけない。なら?」
ああ、やっぱりか。
「……あなた以外の異世界転移者を全員倒したというの?」
「大正解? オレより強い奴がいなければ、つまりはオレが世界の支配者だ。あんたらのマスターと同じことをしたってことだよ!!」
「は?」
それは、私の声ではないし、他の小隊員の声でもなかった。
「いやいや、待て待て……もしかして、俺って世間でそんな風に思われてるのか?」
ああ。
救援が間に合った。
緊急用のポータルストーンに付属した呼び出しスイッチはちゃんと機能したのだ。
安心したせいか、足から力が抜ける。
だけど倒れなかった。
マスターが、封月織羽が私を支えてくれている。
「ざあけんな。誰がそんな小さいことをするか!」
私のことは見ていないけれど、ちゃんと私のことを支えてくれている。
やはりこの子は人の上に立つ資格がある。
そう、実感できた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。