132 女傑のお茶会 02


 もったいぶってあっちの異世界の言語を使うニースを軽く睨む。

 だが、彼女に俺の威圧など通じるはずもない。

 というかいまだにニースに勝てる気がしない。

 師匠という存在はたとえ実力が上回ったからといってそう簡単に立ち向かう気にはなれない。

 まず弟子入りの時にそういう精神状態にしてしまうのだという。

 一種の洗脳だな。

 では、俺とニース、他の師匠たちとの間で感じるのもそういう錯覚なのだろうか?

 最初にコテンパンにされているから敵わないと刷り込まれている?

 ただそれだけのこと。

 本当にそうか?


「まずは言語のこと。最初に聞いておくのだけど、あなたはどうしてあちらの言語が当たり前に使えているのかしら? 言語に関しては教育していないわよね?」

「うん? そりゃ……異世界召喚の特典?」


 あ、いかんこれ。

 完全に思考停止だ。

 ニースの目も冷たい。


「まてまて……答えを先に言うなよ」

「そう。ちゃんと考えなさい」


 召喚特典だったとしてもそれを為すにはそれを為すに足る理屈が存在しているわけだ。

 ニースはそれを聞いている。


「……イングの脳にすでに入っていた?」

「正解。しかしだとすると、あなたの記憶はどうやってイングの肉体に入っていたのかしら? そもそも、記憶とはどこに収まっているものなのかしら?」

「そりゃ……脳なんだろうが…………」


 しかしそのままの答えだと、魂だけであちらの世界にやって来た俺の記憶をどうやって持ち込んだのかってことになる。


「つまり……なんらかの方法で俺の記憶は……って、ああ……人造精霊の理屈か?」


 人造精霊を外部記憶装置として使う方法がある。

 それと同じ理屈を採用して、魂に記憶を定着させているのか。


「その通り。よくできました」

「俺本来の記憶はその理屈で魂の方に保存されていく。で、イングの肉体にいるときはそこにある記憶から言語を使うことができた。あいつには人生がないから余計な混乱も起きないってことか」


 織羽の肉体に入った時にはたしかに記憶の混濁が起こったからな。


「……で、使っている内に借り物のスキルが本物のスキルとなって俺の魂に刷り込まれたってことだな」

「では、次の問題。私はどのようにしてこの世界の言葉を習得したか?」

「さっきの話が基礎編ってことだよな? だとすると……」


 座学は嫌いだが考えるのが嫌いなわけではない。

 ニースは俺の思考をうまく誘導してくれる。


「言語そのものの抽出さえ可能なら安全性の確保のために人造精霊に外部記憶として焼き付けて使用することが可能ってことだ」


 で、問題はどうやって言語を抽出するか。

 他人の記憶から引き抜く?

 相当うまくやらないと問題が起きそうだよな。

 エロ爺のボケを治したとき同じぐらいに繊細な作業だ。

 それぐらいはニースなら簡単にやってしまいそうだが、より完璧に行おうとすれば生きた人間の記憶だと雑音が多すぎるか?

 では、他にどこに存在する。

 完璧な言語見本。

 ニースの担当は白魔法。


「ああ、そうか」


 わかった。


「世界記憶だ。そこから言語を抽出っていうかコピーして人造精霊に移したな」


 世界そのものが持つ記憶媒体。地球だとアカシックレコードと呼ばれているものとおそらくは同じものだろう。

 世界が編纂した大百科事典だ。

 白魔法はそれにアクセスし様々な事象を発現させることを主体としている。

 たしかにそこになら言語だってある。

 見つけ出すことができるならどこの世界の言葉だって自由自在だ。

 戦闘に関係ないことだったから想像の埒外だったな。

 いや、考えなさすぎか?

 やれやれ、これだからフェブリヤーナに兵士病とか言われても否定できないんだよな。


「おめでとう。正解よ」

「やったぜ」


 とはいえ、白魔法の目指す先が世界記憶とのアクセスなのだとして、そこは簡単なことではない。

 できるのはニースだからこそ、だな。

 いや、俺だってもうできるけどな!


「理屈さえわかればあなたにも簡単でしょう? 今後は活用するように」

「了解であります」


 びしっと敬礼してからのどを潤す。

 ホイップたっぷりでダダ甘かったはずなのに今はちょうどいい。

 頭を使ったからだな。


「で、まさかこれで話は終わり、じゃないよな?」


 美味そうにマンゴーなんとかを飲んでいるニースを見る。

 この話をするためだけにこっちの言語を使ったわけじゃないだろう。


「そうね。あなたに聞きたいのだけど、どうしてあの場の戦いでは最後まで相手の得意分野で戦わなかったの?」

「ん? そりゃ、やるだけ無駄なことが見えていたからな」

「無駄?」


 なんであの場にいなかったのに俺の戦いを知っているのか。

 って、これもまた世界記憶か。

 どんなものだって今を過ぎればすべて過去。過去に起こったことは全て世界記憶にあるのだとすればニースがそれを見ることができないはずもない?

 やっばいな。

 考えといてなんだが、それが可能ならほぼリアルタイムで世界中のことを知ることができることになる。

 さすがに俺もそこまではできない。

 師匠連中はみんな揃って化け物だが、ニースが一番だよな、やっぱり。


「無駄だろ? 無茶をするにはいま見えていないものの先にいいことがあると信じるからだ」


 だが、あそこで金さんとのげんこつ勝負にこだわったところで、その先には自分が思ういいこと……成長はない。

 自分の手を見る。


「わかってはいたがこの体はイングとはまるで違う。イングは無茶をすれば見える道があったが、この体にはない」

「つまり、諦めた?」

「人聞きが悪いな。あそこで無茶をする意味がないってだけだ。無茶をするための素地がまだ足りない」


 下準備は進めている。

 だがまだ足りない。

 まだまだ、その道は長い。


「前にアンヴァルウに馬で例えられた。その前から漠然と進めていたことを本気でやることを決めたんだ」

「つまり、その平凡な人間の肉体を神の肉体にまで昇華させると?」

「ああ」

「それができるというのなら、あなたは本当の意味で私たちを超えることになるでしょうね」

「そりゃ、やりがいがある」


 俺が笑うと、ニースも微笑んだ。


「……あなたは、あの肉体を使いこなさなかった」

「うん?」

「私たちの世界の困難を前に、私たちは絶対無敵の肉体を創造した。それでも、最終的な目的のためにどうして欠かせない要素である神殺しの能力までは作り出せなかった。あれははるかな上位の……神をも創造したような超高位存在が作り出した神々に危機意識を忘れさせないための機能。私たちに作れるはずもなく、それを持つであろう魂を探すしかなかった」


 ニースが俺をじっと見る。


「だけど、あなたの誇るべきところはそこではない。あなたはイングという肉体に頼らず、神殺しという生まれ持った権能を結果的に使っただけでしかない。あなたのすごいところは、こちらが用意した解決の道筋を無視し、独自の解決方法を編み出し、そしてそれを成し遂げたことよ。あなたはあなたの力で、私たちの世界の危機を乗り越えた」

「え? ああ……そりゃあ……ありがとう?」


 いきなりの褒め殺しに俺は戸惑う。

 どうしたニース。マンゴーなんとかが甘すぎたのか?


「その体をより高めたいというなら、それに協力しましょう。今度は師匠と弟子ではなく、対等な協力者として」

「お。おう……」


 予想外の態度に驚くばかりだ。

 ていうか、調子が出ない。

 くそう、とことんこちらの得意なコミュニケーション状況を外してくるなぁ。

 でもまぁ、悪い展開じゃないんだよな?


「織羽」


 なんて思っていると、霧が口を開いた。


「あなたは場当たり的な未来しか見ていないけれど、ニースさんはちゃんとした未来を見ている。その差はちゃんと理解しておいた方がいいわよ」


 そう言った。

 あっちの言葉で。



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