131 女傑のお茶会 01
逃げたい。
なんか高そうな服飾店にニースを放り込んでしばらく。俺は近くのコーヒーショップでホイップクリーム増し増しなドリンクを飲みながら思っていた。
甘味で癒されたかったがただただ甘いだけである。
おせんべい食べたい。
悩みの種はわかっている。
ニースだ。
異世界タブレット越しにだべっているぐらいなら大丈夫だったが、久しぶりに面と会うとニースの圧がきつい。
つらい。
帰りたい。
なんていうかあれだな。
俺のコミュニケーション方法って基本、マウント取ってからの圧力外交なんだよな。
師匠たちにはとことんマウントを取られてたからな。
基本ぼっこぼこにされるだけだ。
ダメだな。
まず俺の人間性がダメだな。
マウント取れないニースを相手にいかに対応すべきか。
しかしそうなると、そんな対応の仕方しかしてこなかったニースたちの人間性もダメということになる。
……いや、あいつらはダメだろ。
「うーん、厳しい」
「なにを悩んでいる」
正面で変わらずスウィッチに明け暮れているフェブリヤーナが声をかけてくる。
ちなみにニースの相手をしてくれているのは霧だ。
「俺のコミュ障っぷりに落ち込んでるんだよ」
「コミュ障? 誰が?」
「俺が?」
「……ああまぁ、普通のコミュニケーションはできなそうだな」
「納得された。泣きたい」
「泣いてみろ。笑ってやる」
「ああ、癒しが欲しい」
大いに嘆く。
C国で疲れて来たばっかりだっていうのに癒しがない。
「あっちじゃないんだから休みなしっていうのはやめにして欲しいもんだ」
「こっちの世界だって十分に非常事態だろう。それにしては……」
と、フェブリヤーナの目が店内を巡る。
「平和そうだな」
「世界の敵っていうわかりやすい存在がいないからな。魔王様みたいな?」
「ふん。情報の共有はあちらよりも断トツに優れているというのに、そこに現実味がないのが問題だろう。そうだな。私のしているこのゲームのように世界のニュースを見ているからだろうな」
「自分にわかりやすい影響が出ない限り、どんなことだって他人事じゃないか?」
「……たしかに、そういうものかもしれないな」
「それに、分業がしっかりしてるしな。徴兵して槍一本持たせて突っ込んで来いって時代でもない。兵力が足りないからって一般市民を動員するなんてこともない。市民は変わらず経済を動かすことが結局は国のためになるってことだな」
ああ、こんなことを話していても癒されない。
「お前……」
「うん?」
「そうだろうとは思っていたが、お前、兵士病にかかっているんじゃないか?」
「いまだに戦場の癖が抜けてないってか?」
「その刺激から逃げられていないんだ」
「……否定できないなぁ」
戻ってきたときにはゆっくりまったりしようと思っていたのに、気が付けば荒事のにおいを嗅ぎつけている。
どうにも救いがたい。
救いがたいのはフェブリヤーナにそう指摘されても危機感を覚えていないことなのかもしれない。
兵士病。
戦いをやめられない精神的病ということだな。
とはいえ世から荒事が消えたわけではなく、現在も俺は荒事を仕事としている。
『王国』というクランはまさしくそういうものだ。
「とりあえずでかい音を空襲だとか思わないようにしないとな」
「……まっ、どうせお前は戦場には困らない運命だろうし、一生兵士なんだろうから心配することでもないな」
「不吉なことを言うなよ」
「喜ぶと思ったんだがな」
「そこで素直に喜ぶと俺が変態みたいじゃないか」
「十分変態だろう」
「意見の相違だな」
そんなやり取りをしていると二人が戻って来た。
「お待たせ」
「悪いね、霧。どうだった」
「美人はなにを着ても似合うから苦労がないわね」
そう言う霧は機嫌がよさそうだ。
それだけニースの衣装選びが楽しかったということなのだろう。
「で、ご本人の感想は?」
「久しぶりに神官衣以外を着たけれど楽しいわね」
そう言って微笑むと、こちらを見ていた連中から感嘆のため息が零れた。
パンツ姿のさっぱりした格好だ。
ファッション音痴の俺からしたら生地が高そうぐらいしかわからない。
後は、うん……足が長いし、性格的に姉御だからスカートよりはこっちの方が似合うんじゃないかな?
「疲れたから一息吐きたいわ。織羽、アイスコーヒーで」
「へいへい」
ニースの相手をしてくれたから喜んでパシらせていただきますとも。
「ニースはどうする?」
「そうね。ノンティーマンゴーパッションティーフラペチーノで」
「俺たちよりこの店を使いこなすのやめてくれ」
「あなたの修業が足りないのよ」
「もうしわけありませんで」
ノンティーを足しただけで使いこなした風を感じてしまう俺がいまだに田舎者なだけかもしれないが。
ともあれレジ前の列に並びに行く。
「あの……写真いいですか?」
「うん? ああ、いいよ」
前にいた二人組の女性に頼まれて仲良く自撮りに参加。
こういうのはすでに何度か経験がある。
鬱陶しいが、俺の尊敬するハリウッドスターはキアヌ・リーヴスなのでノーとは言わない。
ドラゴンを指先一つでダウンさをしているだけあって、いまのところ無茶な要求をされたこともないってのもあるがね。
流れで後ろにいたカップルからのお願いにも応じている内に順番が来て、頼まれていたドリンクと塩気を求めてスコーンも注文する。
戻ってきたときには霧はすっかり自閉モードで読書に入っていた。
そのオンマイウェイっぷりはすごいな。
いや、暇があればスマホを見る現代っ子とそこはたいして違わない……のか?
「ほい、お待たせ」
「民草に愛嬌を振りまく余裕はあるのね」
と、ニースが向こうの言葉で言った。
なるほど、さっきからずっとフェブリヤーナとあっちの言語で話していたから霧は我関せずの態度を取っているのか。
「そりゃ、それぐらいの余裕はあるわな。向こうほどハードスケジュールでもなければ俺一人に頼っているわけでもないからな」
俺は日本語で答えた。
霧を無視する態度は許さんよ?
「そして優しくもなったようね。いいことだわ」
ニースは微笑みながら、それでもあちらの言語のままで話す。
「これから話すことは他の人に盗み聞きされたら困るかもしれないこと。だから彼女にはちゃんと了承を取っているわ」
ちらりと霧を見る。
彼女は俺を見て、すぐに読書に戻った。
あかん、もう周りのことなんかどうでもよくなってる。
このオンオフの切り替えはすごいよな。霧って。
さしずめ、ニースの相手をしていたときが委員長モードで、いまが自閉モードってところなんだろう。
まぁいいか。
「それで、なにを教えてくれるんだ?」
俺もあっちの言語を話すことにした。
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