130 ナンバー2


「今度こそ、君がトップになるんだと思っていたよ」


 亮平にそう言ったのは杜川さん。

 彼は五十代の会社経営者で、クラン『王国』で重要なポストをお願いしている。

 異世界にいたときからの付き合いであちらでも後方支援を担当してくれており、彼がいたおかげで亮平のいた勢力は後顧の憂いなく戦うことができたと言っても過言ではない。


「いやぁ、まぁ……適材適所ということじゃないでしょうか」


 杜川さんの言葉に亮平は苦笑するしかない。


「まぁたしかに、実力にしても人脈にしても、彼女の方が上なのはたしかだけどね」

「はっきり言いますね」

「そりゃあね」


 いま、二人は『王国』にあるオフィスの杜川さんの執務室でお茶を飲んでいる。

 報告を聞きながらのちょっとした休憩時間のようなものだ。


「秋葉原で示した実力も圧巻だが、私としてはあの封月昭三氏の愛孫というだけで成功を確信したよ。この日本で彼の資本力を背景にできるということほど頼りになることはない」

「彼女のお爺さん。……噂には聞いていましたがそれほどですか?」

「それほどだよ。だが、我らが女王様はそれを頼りにする気はなさそうだがね」

「いきなり一千億の仕事を成功させましたしね」

「そうだね」


 秋葉原での戦い以後、世界はダンジョン・フローによって混乱している。

 日本のように落ち着いてきているところもあれば、そうではない場所もある。

 いや、むしろそちらの方が多い。

 そんな中で、我らが『王国』のトップ封月織羽はC国からの依頼を受けて被害が深刻化していた深淵と呼ばれるダンジョンを攻略した。

 しかもその成功報酬として一千億円を要求していたのだ。

 いまだ相場など存在しない業界とはいえ、個人に支払う成功報酬としては法外な額だったに違いない。

 C国は今後、他国の異世界帰還者に協力を要請する場合にはこの前例に苦しめられることになるかもしれないし、それはまた他の国も同様だろう。

 余計なことをしてくれたと思っている者も多いかもしれない行いだが、個人的には痛快な出来事だと亮平は思っている。


「とはいえ、私たちの心情としてはあの偽王の支配からようやく逃れた君の辣腕を見てみたかったんだけどね」

「あはは……僕はしょせん、剣を振るだけしか能がありませんからね」

「それはあちらの世界で獲得したものだけの話だ。君がこちらの世界で努力した能力とは関係がないだろう?」

「…………」

「君ならできると思うけどね」


 杜川の期待はありがたい。

 実際、亮平は異世界を知るまでは有名私立大に通いながら起業を目指していた。

 自分に自信があったし、自分の能力を試したいという思いがあった。

 学生起業家という肩書に憧れもした。

 そういう自分の全てを壊したのが異世界転移だった。


「杜川さんがそう言ってくれるのは嬉しいですけど、いまの自分も嫌いじゃないですよ」


 剣聖、佐神亮平。

 剣を手にすれば最強の異世界帰還者。

 秋葉原以前から攻略請負人としての勇名は世界にも届いていた。

 学生起業家なんて肩書以上のものをすでに手に入れている。


「そうかい? それならいいんだけどね」

「そんなこと聞いて、もしかして僕に叛意がないか試してません?」

「ははは! 怖いことを言うじゃないか」

「織羽ちゃんは基本、君臨すれども統治せずの性格だけど、やりたいことには情熱を注ぐ。いろいろと面白い計画を立てていますからね」

「そうだね」

「杜川さん的にはそっちが面白いんじゃないですか? だから僕に叛意なんてあったら困る」

「……やはり君は怖いね」

「僕だって同じですよ。織羽ちゃんがどんなことをするのか見ていたい」

「では、お互いに我が儘な女王様のために頑張るとしようじゃないか。ナンバー2として」

「ええ。ナンバー2は僕ですけど」

「ふふ、君は実働部隊のナンバー2だ。私は内務のナンバー2だよ」

「いえいえ、組織的にナンバー2が二人もいるのは危険ですよ。だから僕です」

「ふふふ、君も強情だね」

「いえいえ、勘違いを放置しておくのはよくないですからね」

「ふふふふふ……」

「ふふふふふ……」


 そんなやり取りを聞くともなしに聞いてしまった事務方の職員たちは揃ってため息を吐いた。


「ま~たやってる」

「あの人たちってこっちでも同じことするのね」

「え? そうなんですか?」

「そうそう」

「あっちにいた時もあんな感じでいがみ合ってたのよ」

「仲がいいのか悪いのか」

「お互いに認め合ってるけど、でも自分の方が上だ、みたいな感情があるみたいよね」

「なにそれ萌える。ベテランと若手の幹部同士の劣情。萌える」

「萌えないわよ」


 クラン結成以前を知る人たちのやり取りに新しく参加した者たちは戸惑いながらもそういうものかと受け入れていく。

『王国』の組織はそれなりにうまく動いているようだった。


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