118 深淵狂騒曲 05


 ダンジョンを進むよどこまでも。


「お、宝箱ゲット」


 その場で開けずにそのままアイテムボックスに放り込む。

 アキバドルアーガと同じなら霧に見てもらいながら開けた方が中身を操作できるからな。

 この間の戦いで手に入れた宝箱でもその後に霧に見てもらってクラン員の戦闘力強化に役立ったからな。

 そして……。


「織羽さん、どれだけアイテムボックスに入るのですか?」


 ルーに指摘されてしまう。

 最初に心配していたことをサラッと忘れて入れまくっていたから俺のアイテムボックスの容量異常にはすぐに気付かれてしまった。

 捨てるのももったいないし、仕方ないよな。


「乙女の秘密に踏み込むではないよ」

「手を出せる可能性すらない女性に気を使う必要ってあるんでしょうか?」

「さてさて……紳士は己の誇りのために紳士たらんとするんじゃないのか?」

「烈士のようなものですか? わかるような、わからないような話ですね」

「まっ、雇われの身だからって全てをさらけ出す必要もないだろ?」

「それはそうですが」

「なら、無粋なことはやめようぜ。それより、そろそろ休憩でもするか」


 そろそろ一日が経った。

 スクロールアクションゲームのように前に進むだけの時間だったが、戦闘そのものは歯ごたえがあって面白い。

 鋼鉄巨人も徐々にバリエーションを増やしてきていた。

 とはいえ一日だ。

 疲れたし、腹も減った。

 それにこのダンジョンの法則もわかって来た。


「あの線を超えない限り次の敵は来ないだろうし、食事時といこう」


 このダンジョンはまっすぐな道が続いているが、エリアが設定されている。そのエリア内に出現する敵の数は決まっているようで、それ以上は現れない。

 このエリアから出るだろう鋼鉄巨人はすべて倒した。

 どれぐらいの時間でその法則にリセットがかかるのかわからないが、食事をするぐらいの時間はあると思っておこう。

 強制的に次へ次へと行かされるベルトスクロールではなかっただけよかったということだな。


「わかりました」


 納得したルーが自分のアイテムボックスからキャンプセットを出してくる。折り畳みイスとガスコンロ、それからヤカン。戦闘糧食の入った袋。


「食事はこちらで用意していますので」

「いや、いらね」

「え?」

「そっちはそっちで勝手にしてくれ。あ、でもこのイスは借りようか」


 二つ出してくれているから遠慮なく使わせてもらう。

 そして出すのはほっかほっかの弁当屋の弁当を五つほど。それからペットボトルのお茶。


「あれだけ物を入れていて、食事も用意しているのですか?」

「そりゃね」


 補給を期待していいのかどうかもわからんし、自分好みのものを食べる余裕がある時はそうしたいよな。

 というわけで出来立てのように温かい弁当をいただく。

 今回出したのは牛焼肉スペシャル、のりスペシャル、唐揚げスペシャル、チキン南蛮スペシャルと期間限定のスタミナスペシャル。

 たくさん食べられなかった昔は俺的定番四種で悩み、さらに魅力的な期間限定メニューがあったらそこでも悩みだったんだが、いまなら全部食べられる。

 欲望から解放された肉体。

 素敵。

 というわけでいただきます。


「……美味しそうですね」

「だろう。いいだろう」

「はは……」


 味気ない見た目の戦闘糧食を見下ろして意気消沈するルー。


「あの……よかったら少し分けっことかしませんか?」

「ノー」

「そんなこと言わず」

「ノー」

「ちょっとだけ」

「ノー」

「…………太りますよ」

「可愛い女の子に一人でダンジョン行って来いとか言われている内は太らないだろうなぁ」

「一人で行けとは言っていないですけどね。このダンジョンの攻略を依頼しただけのはずですよね?」

「後は女たらしに貞操を狙われたりするし。国家レベルの陰謀で」

「ぐっ」

「ああ、俺ってば悲劇のヒロイン。白馬の王子はいないのか」


 あ、白馬の王子だとそいつの国に連れて行かれるのか。

 だめやん。


「男は嫌なのでしょう?」

「まぁね」

「なら女性を紹介しましょうか?」

「あのさ、君は娼婦のために国を捨てるのかい?」

「うっ……」

「諦めが悪い」


 前も言ったがその手の職業の人たちは尊い仕事をしていると思っている。性欲という厄介なものと向き合ってくれる立派な仕事だ。

 だが、それと国を売るというのは別の話だ。


「ちょっと寝る。起こすなよ」

「はい」


 むっつりしているルーを無視して俺は目を閉じた。

 体の中の魔力を循環させる。

 魔力と共にカロリーも運んでいく。

 一緒に、あの赤いドリンクの薬効も。

 疲労した細胞に活力が注ぎ込まれ、それに紛れて別の因子も入り込む。

【瞑想】によって魔力に浸され続けた細胞はわずかずつながら変化を受け入れ、大きな栄養補給庫を獲得している。

 その中に別の因子が混ざっていく。魔力と栄養と謎の因子。それら三つが混合し、別の存在への昇華を挑戦する。

 それが全ての細胞で行われる。

 足の先から頭のてっぺん。

 髪の毛から脳細胞に至るまで、全て。

 全て……。



†††††



「なんなんだよ、まったく……」


 イスに座ったまま寝息を零し始めた織羽を見て、魯春は母国語でそうぼやいた。

 日本から来る異世界帰還者を篭絡せよというのが魯春に下された命令だった。

 なんとも面白くない命令だが、自分の顔が他人より優れているのは承知しているし、そういうことを命令されたのも別に初めてではない。

 異世界ではこの顔を利用して何人もの異世界転移者を裏切らせたり、内紛を起こさせたりした。

 だが、そもそも男に興味のない女に通用するはずもない。

 なにより織羽は魯春の真意を見抜いたうえで、替えの利かないダンジョンに入るタイミングでそれを告白した。

 完全に弄ばれている。

 それが腹立たしい。

 だが、彼女の実力が本物であることもまた事実。


「本物の化け物だよな」


 鋼鉄のヒドラのようなものが放つ光条は、ダンジョンモンスターたちにあっさりと穴を開けて倒していく。

 テレビで放送された秋葉原の戦いの様子を魯春も少しは見ている。鋼鉄のヒドラの姿もその時に見ている。

 日本の自衛隊はすでに異世界の技術の兵器転用に成功しているのだと思っていたが、まさかそれが違って、個人によるものだなんてわかるはずもない。

 彼女は普通の異世界帰還者とは違うのではないだろうか?

 魔導技師のように様々な武器を作り、

 近接職のように武器を操り、

 魔法職のように魔法を操り、

 そして普通ではない容量のアイテムボックスを持つ。

 魯俊の知る異世界帰還者なら、それら一分野だけでも英雄級間違いなしだ。

 だけど、その全てを持つ者なんて存在するものなのか?

 どうやれば、あの世界でそれが実現できた?


「この女は危険だ」


 味方にすればこれ以上なく頼もしいが、敵にすれば同じだけ恐ろしい存在だ。

 いや、味方であったとしても……か。

 魯春は命令を下されている。


『封月織羽を篭絡せよ。できない場合はダンジョン攻略を待って…………』


 そんなこと、本当にできるのか?


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