114 深淵狂騒曲 01
そんなわけでやって来たよ、C国だ。
観光とかする気はなかったので防衛省に直接現地に運んでもらった。
船で行きたかったんだけど残念ながら直線だとC国領土に接していなかったので空輸から着陸なしのスカイダイビングである。
めんどうなのでパラシュート無し。
ドンと着地。
今回は一人旅なので気楽なものである。
そう、霧はお留守番だ。
俺が頼んだわけではなく、彼女がそうすることを選んだ。
向こうで何か楽しいことが起こるらしい。
さてさて、なにが起こるんだろうね。
「しかし、でかい穴だな」
空から見下ろしていてもすぐに分かるぐらいにでかい穴だ。
そして、なぜか底を見ることができない。
奇妙なほどの黒が穴全体を覆っている。
他国の国境線を微妙に越えているため、そちら側には濃密な人の気配がある。場合によってはこのダンジョンを攻略して、それを理由に深淵周辺の土地は「今日からうちのもんだ」って言いたいのかもしれない。
この三国がドンパチしだしたら海向こうの日本としては迷惑だろうなと思いつつ進んでいく。
避難がすんでいるためだろう。辺りに人の気配はない。
異国の情緒と無人の街並みを楽しみながら穴の縁を歩いていると一台の車が近づいてきた。C国軍のマークがある。
停まった車から降りて来た軍人がC国語で何か言っている。
残念!
俺は英語だって怪しいんだぞ。
C国語なんて使えるわけもない。
しかたないので小首を傾げて無視をする。武装はしているが銃口を向けて来たりをする様子はなかった。お役人が通訳を都合しようとしたのだが、それをこっちのお役人、劉令が断ったという経緯もある。
なら、その内、あっちから日本語が使える人員がやってくるだろう。
それまではこの黒色無双をぶちまけたかのような不自然な穴を観察するとしよう。
「やぁすみません! お待たせしました!」
新たな車がやって来たかと思うと、なんだか爽やかな声が場に響いた。
「封月織羽さんですね! 通訳として同行します。魯春といいます。気軽にルーと呼んでください!」
うわぁ、と思った。
太陽も恥ずかしがりそうな爽やかな笑みに、後ろ暗さなんてこれっぽっちもないような張りのある声。
そしてイケメン。
無駄にイケメン。
こんなところにいないでテレビにいなさいというようなイケメン。
なんだこれ?
狙われてるか?
これ、俺の貞操が狙われてるのか?
まいったね。
俺が現役JKなばっかりにこれかよ。
まったくまいったね。
って、なるかーい。
いや、真面目に考えて、普通の引き抜き工作が通用しなさそうだから男で釣ってやろうってなってないか?
どうなんだ?
思い過ごしか? 思い上がりか?
そんなことを意識する自分が恥ずかしくなりそうだ。
とりあえず落ち着け、俺。
…………。
……まっ、考え過ぎってことにしとこうか。
落ちることはないんだし。
「ああ、よろしく」
「はい! よろしくお願いします!」
チェンジっていうのも面倒だし、付いて来られるかどうかもわからないんだし。
「それでは、現在の状況を説明させていただきます」
俺が再び穴に視線を落とすと、その隣でルーが説明を開始する。
「去年のクリスマスより発生したこの異常現象ですが……」
かつて、この穴の中央部分にダンジョンの入り口があった。
高難易度過ぎたためにダンジョンとして人気がなかったため、異変当日にもこの近隣に異世界帰還者はいなかった。
そして国内が首都近郊でのモンスター騒動やもう一つの方に現れた巨大火山に目が向いている間に、この地は黒に呑まれていくこととなった。
ダンジョン入り口から発生していると思われる謎の黒は周辺の地面を削り、近づくものを飲みこみ、時間をかけて静かにその勢力圏を伸ばしている。
「ご覧ください」
ルーがそこにあった石を投げ入れる。
黒がわずかに揺らぎ、ボフリと音を立てて細かい粒子を散らす。
沈んでいく石の様子はまるで見えない。
「目視ではなにも確認できません。遠隔操作可能な機器を突入させてみましたが、映像は全て黒。そしてすぐに機能停止となってしまいます。召喚兵などの魔法操作による駒を突入させても同様でした」
「つまり、現状でわかっていることは何もない?」
「はい」
「なら、異変以後にダンジョンに入れた者もいないわけだ」
「何人か、強行突入を試みた者がいるということでしたが、彼らからの連絡はありません」
「【鑑定】での結果は?」
「不明です」
「全員?」
「全員です」
「ふうん」
なら、俺の【鑑定】に出ている結果はやっぱり俺だけってことか。
『混沌精霊』
####世界を呑み込んだ変種の精霊。全てを喰らう。
なんていう結果がでているわけだが。
まぁ怖い。
ただ、全てを喰らう……ね?
「しばらく地味な調査するから呼ぶまで離れててもいいよ」
「いえ、近くにいさせていただきます」
「ああそうかい」
まっ、どっちでもいいよ。
なにしろ一日十億円だ。
ああ、でもそうだった。
「そういえば、そっちの英雄部隊さんとやらはどうなんだ?」
巨大火山……西遊記になぞらえて火焔山と名付けられたダンジョンに挑戦中の異世界帰還者アベンジャーズたちのことだ。
今回の俺の契約、報酬関係はおおむね俺の希望が通ったんだが、拘束料一日十億円のところだけただしが付いてしまった。
火焔山に挑戦中の英雄部隊がそちらの攻略を完了し、深淵にやってくるまでの間というものだ。
つまり、連中がすぐにやって来た場合、俺の旨味がおおいに減ることになる。
もちろん、俺が攻略できなかった場合も、成功報酬一千億円はもらえない。
連中がやって来るぎりぎりのところを見計らって攻略を開始しなければ。
「ご心配なく! 我が国の英雄たちは必ずや火焔山を攻略してみせます!」
「ああそう」
そういうことが聞きたかったわけじゃないんだけどな。
まっ「気にせずさっさと攻略しろ」っていうのが裏の言葉だろう。
だから、真面目にだらだらと調査するとしようかね。
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