112 ここは天国か? 01 ※籠池剛視点


 僕の名前は五井家崇……じゃない。

 籠池剛だ。

 いまだにちょくちょく間違えそうになる。口には出ないようになったからいいけど、まだまだ名前が身に染みていないから気を付けないと。

 封月織羽に助けられて新しい身分をもらって、それで普通の日本人の生活を続けられると思っていた。

 半年がんばった。

 だけどアルバイト以上の仕事を見つけることはできなかった。

 どうして……と色々考えたが、結論は簡単なことだった。


「どうしてこの会社を選んだのですか?」


 面接官にこの質問をされるたびにどもってしまう。

 ハウツー本に書いてあるような定型の返事をすることはできる。

 だけど、それ以上が一つも出て来ない。

 中途採用。嘘の経歴は高卒扱いになっているが事実は中卒。だけど本当のところはそんなものではなく、その質問にちゃんと答えられなかったからではないかと思っている。

 僕にはやりたいことがない。

 やりたいことがないくせに能力もそんなにない。

 ないない尽くしだと気付いて絶望したそのとき、秋葉原が燃えた。

 モンスターが街にあふれた。

 異世界帰還者の間では前から心配されていたダンジョンの崩壊だ。

 街にモンスターが放たれた。人が死んでいく。

 そして封月織羽が朝のワイドショーに映っていた。

 ドラゴンの頭が指先一つで破裂する。そんなことは彼女にしかできないだろうが、それでもその映像は、世界が変化に気付かされた瞬間を的確に切り抜いているように見えた。

 血によって気付かされるというのは悲劇だが、そんなものだろうという気もする。

 小学生の頃、近所にいた元気なおじさんが血を吐いて倒れた。その日からあっというまに弱々しくなって死んでしまった。癌だったそうだ。

 気を付けていなければ変化には気付けない。そして気付く時には痛みを伴う。

 そういうものなのだと思う。

 被害に対して思うどこか突き放した感性は、異世界で磨いた後天的なものだ。

 だけど同時に、モンスターに立ち向かう異世界帰還者たちの姿を見て、ああ、僕はやっぱりここに戻るしかないのかもしれない。

 そう思ってしまった。

 これもまた現実逃避の思い込みかもしれない。

 だけど、どうせこのままだとフリーター人生なのだ。試してみる価値はあると『王国』のサイトにある求人情報を確認して連絡した。

 備考欄に『封月織羽とLの件で知り合い』と書いてみた。ずるい手かもしれないが、コネは使ってなんぼだと海外生活で学んだ。

 人の繋がりはなによりも有効な武器だ。

 数日後、織羽自身から連絡が来て、就職が決まった。

 もちろん、めちゃくちゃ笑われたけど。


 そして今日、『王国』のオフィスに呼ばれて北海道に行けと言われた。

 フェブリヤーナという人物の案内と荷物持ちとして、だ。


「俺の担当をヤーナに任せることになったからよろしくな」


 織羽はいつものように気軽に言う。

 任されたフェブリヤーナは織羽の隣で黙々とゲームをしている。スウィッチだ。僕も持っている。

 小学生ぐらいの金髪白人だ。まさしく人形みたいな美少女。秋葉原の戦い以後、急に織羽の側に現れたという話だ。

 噂だと真正の異世界の住人だってことだけれど。

 ちゃんと見たのは今日が初めてだ。


「ヤーナはこっちの常識が欠けてるから、そのサポートがメインだ。ダンジョンでの荷物持ちもいつも通りな」

「あ、ああ」

「じゃ、日程はこれね。よろしく!」


 すごい美少女だ。

 いや、僕はロリコンじゃない。

 ロリコンじゃないぞ。

 だけど……すごい美少女なんだ。


「おい、聞いてるか?」

「へ? え? え? なに?」

「これが日程。向こうで予約してるホテルとかはこれな」

「う、うん」

「出発は明日。ホテルに迎えに来てくれよ」

「わかったよ」

「頼むぜ、ほんとに」

「も、もちろんだよ」

「……手、出そうとしたらきっと死ぬからな」

「そんなことしないし!」

「…………」


 疑わしそうな目をしながら織羽は部屋を出ていった。

 フェブリヤーナも出ていった。

 その間、彼女は一度としてスウィッチから目を離さなかった。

 でも、ちらっと見えた。あの村だ。

 僕もやってる。


 ……よし。


 次の日。

 タクシーでホテルに迎えに来た。


「むっ、よろしく頼む」

「は、はい」


 階下に降りて来たフェブリヤーナは相変わらずスウィッチから目を離さない。

 僕は彼女をタクシーに案内し、空港へ行き、飛行機で北海道へと向かった。

 飛行機では隣に座ることができた。


「あ、あの……」

「うん?」

「僕もあの村やってるんです。これ」


 と、僕は自分のスウィッチを出して、フェブリヤーナに見せた。


「ほう」

「けっこう頑張っている方だと思うんだけど」

「むむ!」


 興味薄そうに僕のスウィッチに目を向けたフェブリヤーナは何かに気付いてぐっと顔を寄せた。

 ち、近い!


「……なんじゃこれは?」

「え?」

「なんでそなたの村はこんなにキラキラしておるのじゃ?」

「あ、それは……ちょっと遊園地っぽくしたくて」

「遊園地! ほう、そんなものが……」

「うん。あっ、ちょっと倉庫も見る? いる家具があるならあげられるけど」

「なに⁉ どうやってだ?」

「ローカル通信でお互いの村を行き来できるんだけど」

「ほう! そんなことが。どうやるんじゃ?」

「ええとね。まずは自分のキャラを飛行場にね」

「ふむふむ」


 ぐっと近づいて来て僕の操作を見ている。

 彼女が触れる。

 なんか、良い匂いがする。

 やばい。

 ここは天国か!?


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