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 特に語ることのない六日目が終わり、七日目の夜。

 オークション会場。

 失うもののない俺たちは気楽なものだが隣のテーブルに座ったホーリーの顔色はよろしくない。引きつった笑みで顔見知りに挨拶している。

 俺たちの後で船に乗り込んできた連中だ。


「ほほう、ようもこれだけ金持ち連中を集めたものじゃ」


 ホーリーに挨拶する何人かはエロ爺にも挨拶をしていく。

 金持ち同士で繋がりでもあるのだろう。


「みな、織羽の宝石の話ばかりじゃな。ようも集まったものよ」

「全員、異世界帰還者なのか?」

「そうではない。中にはパトロンやスポンサーのような連中もおる」

「ふうん」

「じゃから、異世界宝石の使い道も魔道具だけじゃない。装飾品として使う者もおろう。異世界宝石は同じ種類のこちらの宝石と比べても光沢や発色の深みが違うからの」

「ああ、もったいないもったいない」


 エロ爺の話を聞いてLが首を振る。

 ここにいる女連中。誰一人装飾品という単語に反応していない。

 いや、霧はどうだ?


「見てはみたいけど、手に入れたいかというと……微妙かな」

「所有者を次々と呪い殺したゴールドダイアモンドの指輪っていうのがあるけど?」


 死霊軍団の強化素材として使ってる奴だ。


「それをどうしろっていうの?」

「うんうん、その顔その顔」


 冷たく睨まれて俺は満足して頷く。

 最近、無駄に険しい顔をして考え込んでいたからな。

 ホーリーなんかのためにそこまで必死に考える必要はないのだ。

 今日の夕食は寿司と天ぷらだ。

 丸い寿司桶に高そうなネタを使った寿司がもったいぶって盛られている。

 うん、足りない。

 おかわりは必至だ。


「さて、始まるようじゃぞい」

「今日の担当は爺さんだからな。しくじるなよ」

「ほほ、儂が手を挙げただけでほとんどが引っ込むわい。本命が控えておるんじゃしの」

「誰かに嫌がらせされたりしてな」

「そんなもん、儂には痛くも痒くもないわい」


 エロ爺がカカと笑うとともに司会が現れてオークションの開始を告げた。

 ……と、盛り上げたいところだが特に何の妨害もなく黄金のランダムボックスは手に入った。

 エロ爺もホーリーも五千万円と相場相当で手に入れることができた。

 そして、今回の目玉商品となっていた俺の異世界宝石は誰も札を下げないものだから値段はどんどん上がっていく。

 Lの予想では七十~八十億円くらいだったのに結果は百二十億円。頭に血が上ると冷静な判断力なんて吹っ飛ぶものなのかね?

 こちらとしてはありがたいがね。

 とはいえラッキーと喜ぶだけというわけにもいかない。

 ホーリーが呼び寄せた金持ちが出してくれた。

 つまりはホーリーに恩ができたということになる。


「う~ん」


 このまま「全部ハズレちゃったね、めんごめんご」とはいかないか?


「霧さんや、あれの解決策はみつかったかい?」

「掌くるっくるね。あなたも」

「ははは」


 霧がジトッと睨むのを俺は笑ってごまかす。


「……方法は、たぶんある。見つけたわ」

「お、さすが霧様」

「でも、危険もある」

「危険?」

「私のことが彼らにばれるわ」

「むっ」


 それは確かに困る。

 霧の今回判明した能力というか活用法は黄金のランダムボックスだけじゃなく、ダンジョンで手に入れた宝箱にも活用できる。

 言ってしまえばチートだ。

 チート錬金術だ。

 そんなことができることを味方とは言えないホーリーに知られるわけにはいかない。


「なにか方法は考えないといけないな」


 とりあえず、爺さんを通してホーリーにはまだランダムボックスを開けないように伝えておく。言うことを聞かずに開けてたら知らねってことで。


「さて……どうするか」


 と、悩んだがすぐにやり方は思いついた。

 エロ爺の部屋に集合してからまだ開けていなかったアキバドルアーガの宝箱で実験して成功したので、改めて作戦を他の連中にも伝えてからホーリーたちを呼ぶ。


「やあ、こんばんは。まだ開けるなということだが?」

「あんたのおかげでこっちも宝箱の理屈を調べる気になってね。それで面白いことがわかったんだ」

「ほう」

「その方法の結果を、儲けさせてもらった恩返しとしてあんたに還元してやる」

「それはありがたいね」

「ただし……この情報はもちろん秘密にしてもらう。できるか?」

「それが本当なら我々異世界帰還者にとっては世紀の大発見のようだが……僕が発見したものでもないし、その恩恵に一度でもあやかれるのならそれに越したことはないか。わかった」

「よし、なら、こっちの言うとおりにしてくれ」


 というわけでホーリーと秘書のペギーを黄金のランダムボックスを置いたテーブルの前に立たせ、ホーリーには箱に手を置かせて、いつでも開けられるようにする。

 で、その周りを他の連中で固める。

 俺の左右にはアーロンの部下を置き、その隣に霧を置く。

 で、部下の背中で俺と霧は手を繋ぐ。

 その時が来たら霧が俺の手を強く握るという算段だ。

 霧はランダムボックスをじっと見なくてはならないので、それを誤魔化すためにも他の連中も視線を動かさないように厳命し、さらにダメ押しでテキトーに魔力を付与した眼鏡を俺がかける。

 合図を出すのも俺なので、これで俺が黄金のランダムボックスの中身を見抜いていると見えるかもしれない。

 ちなみに、霧が見つけた法則は「宝箱を開ける人間によって中身の品ぞろえが変化する」だった。

 アキバドルアーガの宝箱だとここら辺はあまり変化しなかったが、エロ爺が落札した物でさっき確かめた結果、その推論はほぼ確定した。

 まだ開けていないが、ここにいる連中全員に触らせた結果、出てくるものの品揃えが変化したので間違いないだろう。


「じゃ、こっちが合図したら箱を開けてくれ」

「わかった」


 こちらが色々と欺瞞のための策を弄しているのがわかっただろうが、ホーリーはもちろん何も言わずに受け入れ、合図を待った。

 秘書のペギーは懐疑的な視線をこちらに投げかけて来たが、ホーリーに声をかけられてランダムボックスに視線を落とす。

 緊張の時間は十秒ほど。

 霧が俺の手を強く握った。


「いま」

「っ!」


 俺の合図でホーリーが宝箱を開ける。

 黄金のランダムボックスの大きさは三十×二十×二十ぐらいの大きさで、ホーリーが片手で抱えられるぐらいだ。

 その蓋が開けられた途端、それは内部の収納能力を無視して飛び出してきた。

 なんか神聖な感じにゴテゴテと装飾された杖だ。



『聖者の宝杖』

 とある聖者がかつて身にまとっていた衣装の一つ。揃えることによって隠された力が解放される。

 魔力+90



「当たったみたいだな」

「あ、ああ……」


 現実が追い付いていない惚けた顔でホーリーが杖を眺める。

 それがやがて喜色を露にする。


「あ、ありがとう。ありがとう!」

「おっと」


 抱きついてきそうになったので近くにいた剛を押し付けておく。


「ありがとう!」

「ぎゃああああ!」


 哀れ剛はアメリカイケメンの全力の抱擁を受け止めることになった。


「よかったな、剛」

「うるせぇぇぇぇぇぇぇ!」


 イケメンに抱かれてご満悦な剛に俺はほろりと涙が流れた。

 ちなみにエロ爺が落札した黄金のランダムボックスは俺の物になった。

 なにか目当てができた時に開けてみよう。




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