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 闘技場の使用許可は簡単に下りたようだ。

「ようだ」というのは実際にどんな交渉をしたのかは知らないからだ。

 ともあれ入ってみると闘技場周りはすっきりとしていてサンドバックやトレーニング機材が置かれていた。

 試合があるときはそれらを退けて椅子を並べるという仕様のようだ。船という狭い空間をうまく使うための工夫……なのだろうか? わからん。

 そしてそのトレーニングルームと化した空間には俺以外にもそれなりに人がいる。

 だから、使用許可は簡単に下りたのだろうと予測した。

 トレーニングウェアを着た俺の登場に少しだけ視線が集まったが、それだけだった。

 空いた場所で準備運動をして体を温める。

 今回はアーロンの部下を二人練習相手として連れて来た。


「ふうむ」


 昨日の【瞑想】で感じ取った強者の姿はない。選手だったのか、俺のようにトレーニングで場所を借りただけなのか。もしも選手だったなら試合を見てみたかったと思いつつ、アーロンの部下たちと共にリングに上がる。

 イタリア系白人がレベル86の疾風忍者でアフリカ系黒人がレベル95の灼熱槍士だった。

 どちらもアーロンに雇われてから素手戦闘の訓練も受けているというので、二人順番に相手をすることにする。

 俺?

 仙法の師匠イクンはこっちでいう拳法の達人でもあったし、剣聖で戦闘全般の師匠であるアンヴァルウは体が動くなら武器に困らないという考えなので素手戦闘なんて当たり前だったから打撃も関節技ももちろんできる。

 というわけでキック関節技あり目潰し金的禁止でスパーリングを開始。

 うん、物足りない。

 それぞれをマットに沈めた後で、二人同時に相手をすることにする。


「「訳:もう勘弁してください!!」」

「ふはは、日本語で言えたらやめてやろう」


 それぞれの母国語で喚く泣き言にそう答えながら三十分間リングを支配した。


「訳:ぐへぇ……」

「訳:生きてる? 嘘だろ。生きてるのか?」

「大丈夫、脳か心臓が動いている内は死なせないから」


 何となく空気で言葉を読み取り、床に座り込んだ二人の前にスポーツドリンクを置いてやる。

 たとえ死んだとしても俺の軍団に強制再就職させるだけだけどな。


「今度はお前らの得意分野で相手するか?」

「訳:むりむりむりむり!!」

「訳:ほんま勘弁してください。あなたが最強です!!」


 やはり、なんとなく相手の言っていることがわかる。これが肉体言語というものだろうか?

 ふむ。それはともかく、いまだに不完全燃焼だ。

 誰か相手してくれそうなのはいないかなと思ってきょろきょろと周囲を見ると全員がすごい勢いで目を反らした。


「可憐な乙女のスパー相手を嫌がるなんて……」

「訳:可憐な乙女なんてどこにいる!?」

「訳:あの伝説は本当だったんだ。東の地にはライオン狩りをする女戦士の部族があるって……」

「なんか失礼なこと言ってるな」


 役に立たない男二人をぎろりと睨む。

 このままだといつものように練習用ゴーレムを召喚することになる。

 あんまり人目のあるところでそれはしたくないなと思っていると新たな人物がトレーニングルームに入って来た。


「おっ」


 俺は思わず声を上げた。

 昨日感じた魔力と同質だ。

 そして、意外な人物でもあった。


「おや、君は」

「どうもこんにちは、ホーリー」

「こんにちは。織羽」


 入って来たのはホーリーだったのだ。ここ以外の場所ではそんな魔力は感じなかったからあるいは何かのスキルを使用した状態なのかもしれない。

 そして背後にいるのはブーメラン。ふうむ、こいつも出会った時とはなんか違う。スキルを使われているのかな?

【鑑定】を使ったらすぐばれそうな雰囲気だな。


「トレーニングかな?」

「そっ。不完全燃焼でね。ホーリーが相手してくれてもいいよ」

「ははっ。魅力的な提案だがお断りするよ。僕は守られる側の人間でね」

「そりゃ残念。なら、見学はオーケー?」

「ここは僕の私的な場所ではないよ。もちろんオーケーさ」


 アメリカンな爽やかさを発揮してホーリーは俺の前を通り過ぎると準備運動の末にリングに上がった。

 ブーメランとのスパーリングが始まる。

 ボクシングスタイルのようだ。

 拳だけの応酬だがやはり見るべきものがある。技術的に相当なものだ。五ラウンド打ち合ってホーリーとブーメランがリングを下りた。

 俺はホーリーを拍手で迎えた。


「たいしたもんだ」

「ありがとう。女の子に褒められるとうれしいよ」


 うん。どれだけいい顔をしてもやらしてはやらんけどな。


「ボクシングは昔から?」

「そう。父親から護身術だってジムに通わされていた。大学時代はオリンピック候補選手だったこともあるよ」

「なるほど、キャリアが違うって奴か」


 しかし、爽やかイケメンでボクシングもできるって。なんかアメリカドラマの青春物イケメン枠に出てきそうなスペックだよな。


「これで家が金持ちだったら完全に海外ドラマのイケメン枠だ」

「うん? 父は上院議員だよ」

「出た!」

「出た? なにが?」

「いや、エリートの家系だなって」

「君だってそうじゃないか」

「むっ」


 そういえばそうなるのか?

 とはいえ、魂と肉体の生い立ちが別々だからな。

 なんとも実感のない話だ。


「ところで、ホーリーは何の目的でこの船にいるんだ?」

「ふふふ、それを簡単に明かすわけにはいかないよ。君だってそうだろ?」

「? いや、俺は起業するから金がいるってだけだし。一昨日オークションに出した異世界宝石が高値で売れたら問題なし」


 最初に会った時にも似たようなことを言わなかったか?

 信じられてなかったのかもしれないな。


「そ、そうか……異世界宝石? もしかしてあの大きな奴かい?」

「そうそう」

「あんな物を持っているのかい。信じられないね」

「信じなくていいから、お金あるならあれを高値で買っておくれ」

「ははは……残念ながら今回は手が出ないよ。だが、ああいうのが欲しがりそうな人物に情報は流そう」

「そりゃたすかる。すぐに売るつもりだから」

「きっと目の色変えて飛んでくるさ」


 アーロンの口からも出たが異世界帰還者社会なんてものがあるのだとしたらホーリーはまさしく上位の存在だろう。そんな人物が人を紹介するというのだからタダというわけにはいかない。

 というか高位の地位にいる人間との借りなんて怖くてそのままにできない。貸しはあっても借りは作るなが基本だ。


「こうなったらホーリーの望みの手助けをしないといけなくなるかな?」

「……むしろ、君がそうなりたくてさっきの話を出してきたんじゃないのかい?」

「その可能性を否定できないな」

「君ってなんなんだい?」

「ふむ。それについて俺も色々考えているんだが……」


 強すぎる暇人。

 これに勝る言葉が出て来ないので自分からは言わない。

 俺だってもっとカッコイイ修辞が欲しい。

 なにより自分で「強すぎる」なんて言うのは自意識過剰だよな。恥ずかし!


「君のお爺さんに邪魔しないでくれとお願いしてくれるだけでもいいのだけど?」

「そんな簡単なのはお断りだ」

「簡単……」


 なんだか妙に遠い目をするホーリーに俺は首を傾げた。




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