56


 千鳳の運転で指定された場所へと向かうと、そこは隣県の港だった。

 すっかり夜も深まり日付も変わった。


「で? なんだよ胡散臭い用って?」

「いや、正義の味方といったはずじゃがの」

「いかにもな怪しい連中つれといてよく言うな」


 爺さんの側にはいつもの鷹島だけでなくほかにも数人いた。

 一人は……。


「ひっ!」


 俺と目が合って怯える丸みのあるおっさん……この間のやくざだ。

 そしてもう一人は怪しげな白人男性だ。

 精悍な立ち姿からは焼け焦げた臭いを感じさせる。ノーネクタイのスーツ姿から物騒な気配しかしない。


「こっちは知っておるな。近所のやくざじゃ」

「ああ」

「せ、先日は……」

「で、こっちは儂のトラブル・コンサルタントじゃ」

「どうもアーロン・ホルスナーです」


 流暢な日本語で握手を求めてくる。


「トラブル・コンサルタント?」

「ミスター・封月は様々な事業に投資しておられます。そのため、予期せぬトラブルに襲われることも多い。我々はそれを事前に回避したり、あるいは解決するサービスを提供しています」

「ボディガード? それよりも派手なこともする?」

「状況によっては」


 と、にっこりと笑うアーロンにはなかなかの迫力がある。


「もしかして民間軍事会社とか?」

「そのようなものです」

「爺さんやるう」

「そうじゃろうそうじゃろう」


 いいなぁ。民間軍事会社。少年心をくすぐるな。物騒だけどな。


「で?」


 やくざと民間軍事会社。活動範囲は違うが荒事好きな連中を揃えてなんの用なのか。


「実はな。こっちの親分さんがな面白い情報を持って来てくれたんじゃ」

「面白い情報?」

「は、はい。実は……」


 と、やくざが話し始める。

 内容はこうだ。

 爺さんの認知症のせいで色々と揺らいでいたが、それ以前には彼らはこの辺りの治安維持に一役買っていたという。

 簡単に言えば海外からの違法薬物や犯罪組織の流入の監視だ。

 実際の戦闘などはほとんど行わず、最後の介入部分は警察組織などに任せていた。

 その動きは爺さんが完治したことで立て直しを図ることとなった。

 やくざも爺さん亡き世を生き残るために息子たちと組んでやくざらしい悪さを働いていたのだが、世情が変われば方針も変わる。再び元の位置に戻るために今回の情報を持ち込んできたらしい。


「で? どんな情報なんだ?」

「へへ、それがですね。五井華崇がこの近辺に潜伏しているようでして」


 やくざの親分なのに、まるで時代劇の下っ端チンピラみたいな話し方になってるな。この間の脅しが相当利いたかな?


「ゴイケタカシ? 誰だよ?」

「ほら、あれですよ。三年ぐらい前、中学生がいじめっ子数人と担任と校長を殺して逃走したって」

「……ああ、そういえばそんなのニュースでやってたな。あれ? 自殺したんじゃなかったか?」

「実は死んでいなかったのです」


 と、アーロンが口を挟んできた。話を止められて親分は恨めしそうに彼を睨んだが、完全に無視されてしまう。

 格が違う。


「彼はリターナーです」

「リターナー?」

「失礼、日本では異世界帰還者と呼んでいるようですね。英語圏ではリターナーと呼んでいます」

「へぇ」


 やっぱり。海外にも異世界帰還者はいるのか。

 とはいえ面倒だから一々言い方を変えないぞ。異世界帰還者は異世界帰還者だ。


「彼はアイテムボックスの収容能力が他よりも優れていたことを同世界のリターナーに目を付けられていたようで、問題を起こしたのを好機と犯罪組織にスカウトされてしまっていたようです」

「なるほど」


 どんな事件だったかな? って親分が言ってたか。いじめられっ子と担任と校長を殺害して逃走。ワイドショーだといじめの仕返しをしたら学校側があっちの味方をしたとか言ってたな。

 なんていうか……因果の流れが手に取るようにわかるな。

 俺みたいにうまく立ち回れなかったんだな。


「で、そいつがどうしたって?」

「オヤブンさんは逃げ出したという情報を拾ってきたようですが、我々は以前から件の組織の動きを追っていました。アイテムボックスを使った密輸を大規模に行っていますので。そしてタカシ少年はその中でもかなりの量を扱い、また他の物では収納できないような大きなものを運んでいた要注意人物でした。中東に戦術核を運んだ疑いもあります」

「そりゃまた派手なことで」

「そんな人物が日本に戻って来たのです。しかも不可解な行動から組織から離脱した疑いもあります。いままで大人しく仕事をしていた彼がどうしていきなり組織から抜けたのか。現在、彼のアイテムボックスには何が入っているのか」

「なにか当てはあるのか?」

「一応は」

「なに?」

「異世界の技術を応用した核を超える兵器です。そういう触れ込みでN国へと交渉を行っていた形跡があるのです」

「兵器となったらデカブツの可能性もあるからタカシが持っているかもって?」

「はい」


 で、これからそいつを探しに行こうってことか。


「場所に当てがあるのか?」

「彼の潜伏先は現在部下が監視中です。ただ、組織の者も接近していますので戦闘が予想されます」

「う~ん」


 正義の味方?

 民間軍事会社とやくざの情報で動く正義の味方かぁ。


「正義とは何か、って感じだな」

「自分にとって都合のいい世界を維持する。正義とはそういうことではないかの?」

「それが真理に聞こえるから正義って胡散臭くなったんだよな」

「では、お嬢様。ご案内いたします。この車は目立ちますので置いていきます。こちらに」

「あの!」


 アーロンの案内でミニバンに乗り込もうとしたところで千鳳が声を上げた。


「自分もついていってはダメでしょうか?」

「千鳳?」


 アーロンが彼女の名前を呼ぶ。


「自分も戦いには自信があります。お嬢の運転手だけじゃありません」


 アーロンに訴えかけるその目からして、彼とはなんらかの関係がありそうだ。


「お嬢様、どうでしょうか?」


 硬い決意を見せる千鳳を一瞥するとアーロンは俺の判断を仰いできた。


「ふむ?」


 鷹島やその息子夫婦、そして孫の千鳳には常人にはない雰囲気があることは気付いていた。

 とはいえ、あえて【鑑定】はしていない。仲間になる予定もなく、敵意も向けてこない相手をあえて【鑑定】で探る必要はないと考えていたからだ。

 仲間の定義は俺の中では戦いを一緒にするということだ。

 ただの運転手ならそれをする必要はなかった。

 だが、戦場を共にするというのなら話は別だ。

 ついでにアーロンも見てやれ。


【鑑定】


個体名:鷹島千鳳

性別:女

種族:翼人

状態:良好


「ほう」


 思わず声が出た。その後に続く能力値の羅列からして俺と同じ系統……というより####支援システムとやらの恩恵を受けていないということになるのか。

 ついでにアーロンも確かめてみる。



ネーム:アーロン・ホルスナー

レベル:150

クラス:軍師将軍



 こっちはちゃんとした(?)異世界帰還者か。


「それで、どうなさいますか?」


 俺が【鑑定】したことに気付いたようだ。


「いいよ。連れていこう」

「ありがとうございます!」


 ばっと頭を下げる千鳳を引き連れて俺たちは車に乗った。

 爺さんと鷹島、親分はここに残った。



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