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 夏休みが近い。


「夏はなにか予定とかあるの?」


 そう聞いてきたのはクラスの女子だ。最近は霧を仲介してクラスメートとも仲良くなりつつある。

 いまはスカート裾上げ方法を教わっている。

 俺はこういうの、まったくわからない。霧はやらないし。

 普段着は爺さんが用意していたのを適当に着ているだけだからな。

 うん。俺には女子力が足りない。


「いや、特にないけど。まぁ、あちこちうろうろするかも?」

「一緒に海行こうよ。織羽ちゃんがいたら絶対に男に声かけられそう」


 おお、ちゃん付けですか。そんなキャラか、俺?

 まぁいいけど。


「ナンパなんかされて楽しいか?」

「楽しいわよ!」

「俺、変な奴が来たら追い払うぞ?」

「ええ!」

「お前らを守る方が優先だな」


 気分は保護者だな。絶対。


「うっ……なんだか封月さんカッコイイ」

「俺がカッコイイのは当たり前だな」

「でもちょっとバカっぽい」

「うはっ、ひで」


 なんてことをやっているとなにやら不穏な視線が……。


「…………」


 霧だった。なにやら面白くなさげだ。

 嫉妬? 嫉妬か?

 仕方ないので裾上げしたスカートでポーズを決めてみる。霧がびっくり顔。そしてそれ以上に男子どもの視線がすごかった。エロどもめ。


「織羽ちゃん脚線美やばい!」

「ふふふ~ん、どやっ!」

「やっばいエッロい!」

「ふははははははは!」


 な~んて調子に乗っていたら。


「ああいうのは良くないと思うわ」


 帰ってからガチ説教されてしまいました。


「聞いてる? 織羽」

「はい、聞いてます」


 ソファに座った霧の前で正座させられて説教が続く。

 う~ん、でも……霧も目を丸くしてたけどでもエロ視線もあったよな。うんあった。


「……なに?」

「つまり、霧が独占したいってことか?」

「なっ!」

「大丈夫だぞ。触れるのは霧だけだから」

「~~~~~~っ!」

「ほれほれ」


 とスカートをちらちらしてみる。


「ふっ、ふふふふ……」


 一度は言葉を失ってあうあうしていた霧なのだが、突然笑いだした。


「あれ、やばいかな?」

「そんなに独占して欲しいなら、存分にしてあげるわ」

「あっ、ごめんなさいごめんなさい」

「もう遅い!」


 ぐわあっと襲いかかってきた霧にめちゃくちゃにされてしまいましたとさ。



†††††


 少年は何もかもがうまくいかなかった。


「くそっ! くそっ! くそっ! くそっ!」


 異世界に行って、活躍して、そして帰って来る。

 異世界で獲得した能力で馬鹿にしていた連中を見返す。

 最初だけはうまくいった。イジメていた連中を一人でやり返してあいつらに恐怖を刷り込んだ。

 だけど、そこからうまくいかなかった。

 連中は学校にやり返したことを告げ口したのだ。学校側もこちらが訴えたときはうやむやにしてしまったというのに、あちらの訴えには耳を貸した。複数人からの訴えを無視できなかったというのもあるだろう。一人を処分するだけなら簡単だ、というのもあったかもしれない。

 下されたのは退学の二文字。

 ふざけるなとイジメた連中と担任、そして校長を襲撃した。

 少年はやりきってしまった。

 このことはいまから三年ほど前に事件として報道されしばらくテレビで賑わった。

 指名手配となった少年は逃げ回り、半年後に山中で自殺した死体が見つかったとされている。

 実際には死んでいない。

 彼はとある犯罪組織に捕まり、そこで利用されていた。

 いや、現在進行中で利用されている。

 異世界帰還者の誰もが持っている能力。それがアイテムボックスだ。

 少年は他の異世界帰還者よりもアイテムボックスの容量が大きかった。

 それを知られていたある人物によって暴走した少年は捕まり、こうして利用されている。

 それだけなら、まだよかったのかもしれない。


「くそっ! くそっ! くそっ!」


 少年は走っている。

 彼は再び、逃亡生活の中にあった。



†††††



 本気の霧の攻めはエグイ。

 そう思っていたが、今夜はさらにエグかった。

 いままでが抑えていたのか、それとも回数を重ねるごとに成長していっているのか。


「勝てぬ~」

「ふ~」


 ベッドでビクンビクンしてる俺の前で霧は良い笑顔で額の汗をぬぐっている。


「シャワーして来るね」

「へ~い」


 すっきりした様子でベッドから去っていく霧を見送ると、俺はふらふらの体を起こして魔法を使う。

 このままじゃ寝られないからな。シーツに染みこんだ汗やらなんやらの液体を選別して抜き出し、一まとめにしてアイテムボックスに放り込んでおく。

 シーツの方は朝起きてから洗濯機に放り込んでおけば帰って来た時にはもう乾いているって寸法だ。

 俺も汗を流したいがこのままシャワーに行くと新たなラウンドに突入してしまいそうなので大人しく待つ。


「うん?」


 だら~っとスマホでも弄ろうと掴んだところで着信通知が出ていた。

 爺さんだ。

 着信があったのは一時間前か。


「電話に出なかったんだからメールでもしとけよなぁ」


 なんてぶちぶち言いながら電話をかけるとすぐに出た。


「おお! 織羽! お前からかけてくれるなんて!」

「そっちがかけてきたんだろ。で、なんの用だ?」

「そうそう。織羽よ」

「うん?」

「正義の味方になってみんか?」

「はぁ?」


 また怪しげな話を持って来たな。


「で、なにをさせようってんだ?」


 と話を聞いてみると、ちょっと興味が湧いた。

 一時間後に迎えが来るということでそれまでに支度をしないとな。

 そんなわけで事情を説明するためにも浴場に向かう。

 霧はすでに汗を流し終えて体を拭いているところだった。


「私はいかないわよ」

「んな?」

「どこかに行くんでしょう?」

「そうだけど。なんで行かない?」

「私がそこにいなかったから。それに、さすがに疲れたもの」


 すでに未来を見ているのだろうと推測はできるが、霧はそれを詳細に語る気はなさそうだ。


「むう……はっ!」


 疲れただと?

 ということはいまから新ラウンドに突入すれば勝てるのか?


「バカなこと考えてないで早く支度しなさい」

「むう、理不尽!」


 自分は屈服させておいて俺には許さぬというか。


「はいはい。支度しなさいな」


 霧にいいようにあしらわれ、俺はシャワールームへと押しやられた。




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