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 いや、斬られる斬られる。

 指が飛ぶなんてかわいいのは常時だ。

 油断もしてないのに腕が飛ぶ足が飛ぶ。

 さすがに頭が吹き飛んだらいろいろと手遅れになるからそこはがんばって防いでいるが腸だって何度も腹から溢れ出た。


「いや、死んだり死んだり」

「なんなんだ、君は?」


 カカと笑う俺に亮平がげんなりした様子で聞いてくる。

 ちょっと小休止。お互いに声が届く程度の距離を取って観客席の上に立つ。


「この戦闘スーツ、わりとがんばって作ったんだがね。簡単に防御を抜いてくるな。さすがは剣聖」

「剣聖って……霧ちゃんに聞いたのかい? いいや、それより……僕の頑張りを全部なかったことにしちゃってる君の方が怖いよ」


 その言葉に嘘はなく、亮平の目にはかすかな恐怖があった。

 そう。

 俺は何度も腕や足を斬り落とされた。腹だって何度も裂けた。胸に突きを喰らって心臓を串刺しにされ、衝撃波で内臓全部が破壊された時もあった。

 だが、それら全部、元に戻した。

 白魔法による回復とはすなわち時間の巻き戻しだ。

 戦闘での負傷をなかったことにしてしまえば、どんなことをされたって問題はない。

 さすがに意思を司る脳を破壊されると魔法の発動に手間取るからそこはきっちり守っているがね。


「さすがに現役の近接戦闘職。その頂点にいるだけあるな」


 本当に頂点なのかは知らんけどな。誉め言葉だ褒め言葉。

 鍛えている途中の織羽だと反応はできてもほとんど間に合わない。

 同じ剣聖で師匠のアンヴァルウは能力なんて「魔法でどうにでもなるだろ」って言っていたがそれも結局「できてる奴目線」でしかなかったみたいだな。

 それはアンヴァルウだけじゃなくて他の師匠たちにも言えることだ。天才の視線で凡人を鍛えるというのは地獄だ。なぜならあの連中は自分たちにできることがどうして凡人にはできないのか? その部分の言語化に挑戦したことがないからな。

 どれだけ優れた肉体をもらったとしても元々凡人でしかなかった俺が彼女たちの言うことを理解するのにどれだけ苦労したか。

 本当に、めちゃくちゃ苦労したからな!

 とはいえ馬が違うという助言が間違っているとも思っていないから参考にはしなければな。


「とはいえ……どうやってお前に剣で勝つかな?」

「なんだい? もしかして僕に剣で勝とうとしていたのかい?」

「そりゃな」

「それだけ凄い魔法を使えるのに剣で僕に勝つと?」

「できることは極める。それが俺に求められていたことだからな」


 あの場では最終的に数の暴力で押し切ったが、だからといって普通の勇者として最強最高の個人を目指すことをやめたわけではない。

 イング・リーンフォースは最強最高の勇者にして死の軍団を代表とする数の暴力を率いた最強の覇王でもあった。

 封月織羽となってその地位からは落ちてしまっているが、だからといってもうそこにはたどり着かないと決める付けるのも尚早だ。

 行けるところまではいかないとな。


「俺の剣はまだ限界までいっていない。なら、とりあえずそこまではいかないとダメだろ?」

「……僕を踏み台にしようとするその精神、嫌いじゃないよ。だけどね」


 おっ、殺気が濃くなった。


「ただで踏み台にされる気はないよ」


 来るな。

 軌道は?

 ここか。


 ギンッ!


 ちっ、左腕が吹き飛んだ。

 まだ間に合わないか。

 思考に体が追い付かない。

 どうやって追いつかせたものか。


「……どうしてもその首は狩らせない気かい?」

「首が飛ぶとさすがに回復が、な」

「やっぱりそうか。それなら、僕は必ず君の首を狩る。これが約束だ」

「その約束が守れなかったら?」

「君に一生の忠誠を誓おう」

「おや? どちらかが死なないとあいつとは戦えないんじゃなかったか?」

「そう。だから僕の約束は絶対なんだよ」

「そうかい。俺は何度も俺よりも優れた師匠たちにこいつはだめだと烙印を押されてきた。そいつを全部押し退けて認めさせてきた。俺はな。俺に下された約束や断言を破ってやるのが大好きなんだよ」

「でも、この約束は破れないよ」

「いいや、破るね」


 ギンッ!


 今度は右足。

 うーん、やはり間に合わない。

 剣の軌道は読めている。だがあいつは防がれた軌道を即座に変化させる。そこから次の段階に行かないのは俺が四肢を吹き飛ばされた程度では姿勢を崩さないからだ。


「その剣の硬さに感心させられる。でも、僕が引き継ぐには少し小さいかな」

「こいつを持つにはお前はまだ青二才だな」

「そうかな?」


 しかし参ったな。

 傷はすぐになかったことにできる。だが勝つ道がまだ見えていないな。

 こういうとき、アンヴァルウはなんと言っていたか。


(戦場で勝つということは……)


 記憶が彼女との訓練の日々を再生する。

 これは俺が死の軍団を作ることを彼女に言った時の記憶だな。


(人を一人二人殺すということとは違う。群れの命を絶つということは群れの心を断つということだ。そのためにはどうすればいいと思う?)

(ええと、孫子?)

(そんし?)

(敵を知り己を知れば百戦危うからず)

(なるほど真理だ。だが、敵を知っただけではだめだ。その心を操り、その心を断つ死地へと誘えなければな)

(誘う)

(群れを統率すればそういうことを考えなくてもよいと思ったか? そんなに甘いわけでもなかろう)

「くそっ」

(戦場を俯瞰し、戦場を支配せよ。味方だけでなく、敵をも意のままに操れ、相手にうまくいっていると思わせて意気揚々と死地へと誘え)


「そしてそれは、全ての戦いに通ずる真理だ」


 アンヴァルウは天才だ。いつも正しい。

 問題はそれを俺がやれるのかということだ。


「やってやるさ」


 なに、いつもやって来たことだろう。

 彼女との訓練。仮想の敵との戦い。彼女の吐く数字の羅列が見えない敵を見えるようにする。

 つまり彼女はずっと、俺に誰かを操る方法を実践し続けていたということだ。

 ならば。


「再演しよう。俺の剣聖劇場だ」


 俺の中にアンヴァルウを再現する。

 佐神亮平との戦闘記録は?

 もう十分に積み上げただろ?

 勝利への最適解は?

 ……なんだ、意外に簡単だな。

 再開された激しい空中戦。斬撃が何度も激しく大気を切り裂き、ついでに俺の手足を斬り飛ばしていく。白魔法による回復は時間の巻き戻し。だがこいつは今回関係ない。……いや、関係あるか。亮平は俺が何度斬られても大丈夫だと思っている。そしてこのままでは勝機がないと思い込んでいると思っている。まぁそれは正解ではあるんだが、奴が考える俺の切り抜け方は白魔法による不死身性を利用したものだと思うだろう。あいつの目には俺の白魔法はかなり忌々しく映っているはずだからな。

 だから、ちょっとでも首に隙を見せればそれを罠だと思う。その罠に一瞬でも吸い寄せられたあいつにちょちょいと嫌がらせの攻撃をすれば、ストレスが溜まっていく。

 よしならば本当に斬ってやろうとなるだろう。

 そのタイミングさえ間違えなければ……。


「かっ!」


 亮平の怒りの呼気とともに斬撃が走る。

 斬撃はもちろん首に。

 俺のレイピアがその軌道を防ぐために動き……そして砕かれた。

 首が飛んだ。




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