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「これは……」

「なにが起きてるんだ?」

「いや……僕もこういうのは初めてだよ」


 大玉の横で道化師ポットナードは笑い続けている。

【鑑定】の内容も完全に変わってしまった。



『道化師ポットナード』

 #####世界のオーガの大道化師。享楽に殺し、享楽に殺す。



 殺人ピエロかよ。


「ホホーホホホホーーーーー!! はぁ~あっと」


 哄笑の後のトーンダウン。

 よっこらせっと立ち上がるとだらだらと俺たちと向き合った。


「ようこそいらっしゃいました我の面白おかしい舞台に。まっ、面白おかしいのは我だけなのですがね。あなた方を楽しませる気はこれっぽ~ちもありませんので、そこのところはご注意を?」

「疑問形で言われても困るな」

「ホホホ~我の前でたいした余裕ですな。ですが~あなた方の~お仲間は~? おやおやここにおりますな~?」

「くっ!」

「ホホホ~~!! 良い顔ですね~」


 表情を歪める亮平にポットナードはご機嫌に腹を揺らした。


「おっと」


 ポットナードの声とともに舞台の周辺で爆発音が発生する。

 悔しがる振りをして油断を誘った亮平がこっそりとポットナードに攻撃を仕掛けたのだが失敗したようだ。


「無駄無駄無駄~というやつですな~?」


 ポットナードがにまりと笑う。


「このダンジハール宮殿舞台は我、ポットナード様の絶対領域です。我のルールに従わないことは絶対にできません」

「では、どうすればお前を倒せるのかな?」

「それは~ですね~?」


 だからなんで疑問形なのかと。


「あなたたちが楽しく殺し合い、どちらかが生き残ったら、で~す?」

「なに?」

「それがこのダンジハール宮殿舞台の絶対規則。破ることはできませ~んよ?」


 舞台の天井から吊り下げられた霧たちには意識があるようには見えない。


「さあ、レッツファイッ! ですよ~ホホホホホホホホホホ!!」


 ポットナードの交渉が辺りに響く。


「……どうやらやるしかないようだね」

「おや? 打開策とか考えないんだな? みんなが幸せになる方法とかさ」

「ごめんね。君のことも魅力的だけど」


 言いながら亮平は剣を俺に向けてきた。


「まずは手元にいる女の子を守る。それが僕の流儀なんだ」

「その考えは嫌いじゃない」

「なら、覚悟してもらおう……かっ!」


 姿が消えた。

 が、俺が抜いたレイピアが奴の斬撃を受け止める。


「っ!」

「これで終わると思ってたか?」


 驚きの亮平に俺は笑って見せる。


「まさか、僕の剣を受けられるとは思わなかったね」

「俺も武器も超一流なんでな」


 なにしろこのレイピア、剣身は魔神王の肋骨から削り出してるからな。

 削るのにめちゃくちゃ苦労した。そこらの金属なんて相手にならないぐらいに硬かった。

 削りカスの骨粉を利用した切削機を作ったから次からはもう少し楽になるはずだ。

 というわけで魔神王の素材で作った初武器は、ようやく強敵と出会えたようだ。


「さあ、お遊びじゃないことをしてみせろよ」

「……後悔しないでよ」


 亮平のタレ目から笑みが消えた。

 瞬間、高速起動戦闘へと移行する。



†††††



「ホホホ~ホ~~~~~~~~~~~~~~!!」


 舞台の外で嵐が起きた。

 衝撃波と斬撃の嵐だ。


「これは凄まじ~で~すね?」


 ポットナードは周囲で荒れ狂う音の嵐に負けないように哄笑を放つ。

 彼のいる舞台には絶対の結界が存在しており、設定されたルールを守らない限り決して破れることはない。その自信がある。

 だが……。


 ギギギギギギギギギギ!


「ひょひょっ!」


 かつて聞いたことのないような音を結界が発し、さすがの大道化師も跳びあがって驚く。


「オホ~これは凄いですね~え? 顕現するタイミングを間違えました~?」


 とはいえポットナードに顕現のタイミングを選ぶことなどできるはずもない。

 またも轟音が起きる。


「ホホホ~これは本当に、たいしたものですね~え?」


 ポットナードの目では戦う二人の影を垣間見るのがせいぜいだ。


「我など、あれのどちらが生き残っても瞬殺で~すね?」


 しかしそんなことを恐れるポットナードではない。

 彼の道化師にとっては全てが余興でしかない。他人の死も、自分の死も。

 元の世界で殺戮曲芸団として世界を回り続けたポットナードにとって、自分たちが全滅することも相手が全滅することも同じ価値なのだ。

 人が必死に戦う様を道化師の姿で揶揄することこそがポットナードにとって最高の愉悦なのだ。


「ホホホ~ホホ~それでも何をやっても全て無駄な~の~で~す~よ~~」


 ポットナードは笑う。

 戦いが激しくなればなるほど笑う。

 地獄のような戦いの中で大玉に飛び乗り、お手玉を始める。いつのまにか他のサーカスオーガたちが現われ、空中ブランコが始まり、猛獣使いが火の輪くぐりを始める。


「あなたたちを殺したら、ダンジョンの外でもっとも~~~~~っと楽しいことを始めるので~すよ~?」


 道化師は笑う。

 笑い続ける。




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