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 さて、エロ爺こと昭三の子供たちの処分はかなり固まって来たんだが、相手がなにを企んでいるのかを見てみよう。

 長男の恵と次男の誠司。二人にはそれぞれの立場から裏側の勢力と繋がりがある。

 ただ、こんな地方都市にそんなにたくさんの闇勢力があるわけもないので、母体は同じとなる。

 つまりはやくざだ。

 そのやくざの所に最近、乱暴者が流れ込んでいるらしい。もともとは関東にある上位組織にいたのだが、あちらで色々とやらかした結果、ほとぼりを冷ますためにここに流れてきたらしい。

 ただ、やはり乱暴者なので持て余し気味なのだそうだ。

 その厄介者を使って織羽を拉致させ、最終的に殺させてしまおうということらしい。

 なんだろうな。村上辰の姿が頭に浮かぶ。

 あいつじゃないのは確かだが、やってくる未来が同じようなものになりそうで俺は残念な気持ちになった。

 面白みがない。

 どうせ受けて立つのだから面白いことになって欲しいと願うのは贅沢だろうか。

 とはいえ面白いことというのはなかなか思いつかない。

 どうやら俺はアイディアマンではなかったようだ。無念。

 しかしただ待っているというのもあれなので自分から積極的に動いてみることにしよう。

 兄弟が飲み食いしている部屋には幻影魔法で身を隠したアイズキャリオンスライムがいて、二人が電話した先をしっかりと記録している。

 うーん、電話を逆探知する能力が欲しいな。

 とはいえこの辺りのやくざの事務所なんてみんなが知っている。

 俺はさっそくそこに向かって盗聴器代わりにキャリオンスライムを忍び込ませておいた。

 しばらく近くのコンビニで時間を潰していると事務所の方で動きがあった。さすがやくざ。夜はこれからだな。



†††††


「なんか用か?」


 組長の部屋に呼ばれたその男は入るなり横柄にそう言った。

 明らかに侮っている態度に隣の若頭が怒りを露わにしそうになったが、組長がそれを止めてにこやかに語りかけた。


「雄岡さん、小遣い稼ぎしませんか?」

「はぁ?」

「ちょっと頼まれごとを受けたんですがね。雄岡さん、こんな田舎の店じゃ退屈でしょう。ちょっと刺激的なことでもしてみませんか?」

「はん? なんだってんだ?」

「まぁまぁ、座って」


 組長に誘われて雄岡と言われた男が対面に座る。

 ズシリとソファのクッションが沈む。

 男は二メートル近い身長と百キロを超えた体重がある。だが、脂肪はほとんどない。全身これ筋肉という様子だ。

 そこに乗ったスポーツ刈りの顔はサングラスで隠されているが、凶悪な雰囲気が滲んでいる。

 その雰囲気に当てられて若頭はイライラと雄岡を睨んでいた。


「なにをしろって言うんだ?」

「まぁ、簡単に言うと攫って玩具にして欲しいと。返さなくてもいいそうですよ」


 組長はあくまでも下手に、優しい口調で言う。

 元々こういう話し方をするが、だからと言って優しいわけではないことは言っている内容から察することができる。


「はん。つまんねぇ仕事だな」

「これを見ても?」

「あん?」


 と組長が自身のスマホを見せる。

 そこには盗み撮りされた女子高生の姿がある。

 鋭い目つきが印象的な美しい少女だ。凛々しさに極振りしたような容姿に彼の目が細められる。


「ほう?」

「どうです?」

「ガキか。だが、悪くないな」

「そうでしょう」

「いいぜ。どうせ暇だ」


 雄岡は立ち上がった。



†††††


 雄岡は異世界帰還者である。

 やはり戦国シミュレーションのようなことを神から強制された異世界だった。

 だが、瑞原霧たちと同じ異世界ではない。

 彼は暴力傾向の強い人間ではあったが、生まれつき体にハンデがあってそれを表に出すことができなかった。それが異世界に召喚された際にそのハンデがなくなった。健常な体を手に入れた彼は好き勝手に自らの暴力性を発露させた。彼は暴力と一時的な支配には興味があったが王になって居座ろうという気はなかったので傭兵という立場を選び、戦場でひたすら戦い、レベルを上げた。

 暴力性というのは単純に暴れるだけでなく、戦火で焼けた村を蹂躙するようなことも含まれている。

 絶望の淵に立った村娘に最後の一突きをしてやるのが好きだった。火に巻かれた家の中、家族が焼ける様を見せながら犯すのが好きだった。

 裸で縛った婚約者の前で犯し、男の無慈悲な反応を見せつけてやるのが好きだった。

 正義感の強い女騎士を最後まで生かし、その女が守ろうとしたものを粉みじんに破壊した上で犯すのが好きだった。

 そいつが依って立つものを完膚なきまでに破壊し、その上でそいつの尊厳をもみくちゃにしてやることが何よりも好きだった。

 どうしてこうなったのかというのは自分でもわからない。生まれた時から車いす生活が確定していて、思うままにならない自分の体を見続けてきたからかもしれない。幼児の頃に積み木の山を崩すことさえ思うままにならなかったからかもしれない。

 そんなことなど関係なく、ただそういう風に生まれてきたというだけかもしれない。

 最後の戦いで味方した勢力が運よく勝利し、雄岡は祭りが終わったことに絶望した。だが、自分が全方位から憎まれていることを知っていたため、この世界に残ることは選ばず元の世界に戻った。

 元の世界に戻った雄岡は自身の体が異世界の能力を引き継いでいることに歓喜した。そして家族はある日突然、車いすの息子が筋肉だるまになっていることに驚いた。

 その変化を説明することが億劫で、雄岡はその日のうちに家を出た。

 東京の繁華街で目に付く奴を潰して金を奪うという生活をしている内にやくざに囲い込まれた。

 その間、冒険者ギルドからダンジョンの存在を教えられたりしたがそういうものに興味はなかった。金が欲しいわけではない。強い奴と戦いたいわけではない。

 ただ、蹂躙したいのだ。


「こんばんは」


 近いうちに組の物から連絡させると言われて事務所を出た。送るという若い衆を追い払い、一人で歩く。

 興奮で体が熱い。夜気で冷めないなら、見かけた女を連れ去ってやろうと決めてぶらぶらと歩きだしたところだった。


「あん?」


 近くにあるコンビニの明かりがちょうど届かない場所に人影が立っている。声をかけてきたのはそいつだろう。

 声からして女。まだ若そうだ。


「なんだお前?」

「なんだって……わからないかな?」

「あん?」

「ついさっき、写真で見たんじゃないか? 俺の顔を」


 うまい具合に近くを車が走り去り、そのライトが人影を薙いだ。

 一瞬だけ露になったのはたしかに、あの写真で見た女だった。


「なんだそりゃ?」


 攫って犯して殺せと頼まれた女が自分からやって来た。

 しかもすでにそのことを知っている。

 一体、どういう状況だ?

 いや、そうではなく……。


「こいつはまずい状況だな」


 雄岡は本能で状況を理解し、逃げようとした。

 彼が好きなのは蹂躙であって闘争ではない。

 この女が同類であることを察した。

 なので逃げる。

 迷うことなく女に背を向けて走り出した。


ネーム:雄岡中也

レベル:90

クラス:獣魔将


 異世界で鍛え上げたステータスは短距離でも長距離でも世界記録を塗り替えることを可能にしている。

 その速度を思うままに発揮して逃げようとした。


「む~り~」

「がっ!」


 女のゆるい嘲笑と前後してすさまじい衝撃が体を襲い、雄岡は弾き飛ばされた。目の前に見えない壁があり、それが雄岡の進路を邪魔したのだ。


「俺を中心十メートル四方ぐらいは物理的に閉ざした。人払いの魔法もかけたから誰にも気づかれない。完全に閉ざしたから俺が死ぬか魔法を解かない限り、いずれ空気も尽きることになる。死ぬか殺すかの二択だ。お前はどっちを選ぶ?」

「てめぇ……」


 女の手に炎が現れる。

 嘲笑するその顔を露わにさせることと同時に炎によって酸素が尽きる速度を上げてやるぞと暗に脅している。

 かっと頭に血が上った。

 我慢続きの車いす生活の反動で、雄岡は我慢ができなくなっていた。


「ぶっ殺す!」


 瞬間、アイテムボックスから現れた爪籠手に腕を突っ込む。即座に装備できるように何度も練習した。指の先まで鉄で覆う籠手であり、その指先には獣よりも鋭い刃の爪が施されている。

 その爪であらゆるものを切り裂き、引き裂き、捕まえ、貫き、犯してきた。


「お前もそうしてやるぞ!」

「してみせろ。できるものなら」


 女はまだ笑っている。

 手の中に生まれた炎を弄び、身構えることさえもない。

 挑発している。

 お前なんぞ敵ではないと言っている。

 侮られるのは我慢ならない。


「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 その手足をもぎ取って死ぬまでずっと犯してやる!

 そう決めて襲いかかる。

 そんな雄岡の視界に赤い線が迫って来た。


「あん?」


 後は暗闇。




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