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「あんたたち、なにやってんのよ!」


 スマホに向かって少女が叫ぶ。


「あいつを潰せって言ったでしょ!? ちゃんとやりなさいよね! はぁ? そんなこと知らないわよ! いいわね! あんたらに失敗は許されないんだから!」


 ぎゃんぎゃんとわめきたてて一方的に通話を切る。


「使えない!」


 舌打ち混じりにそう吐き捨て、スマホをベッドに投げつける。


「泰羽、どうなった?」


 通話が終わったところで母親がドアを開けた。タイミングからして外で様子を窺っていたのだろう。


「はっぱかけといたけど。バカだから理解できてるのかわかんない。まったく!」

「その子たちの親は○○建設に勤めているのだったわよね?」

「そう! おじさんに話しまわして圧力かけてるのに。もう! これだから底辺は!」

「大丈夫、きっとうまくいくわよ。あの子が開き直ったように見えたのだって、きっと最後の足掻きなんだから」

「……パパはなにしてるの?」

「パパは……いまはだめね。お義父さんに睨まれて完全に委縮しちゃってる」

「使えない!」


 苛立たし気に床を蹴る。階下にいるだろう父に対する威嚇行動だったが、それが通じているのかどうかはわからない。

 おもしろくない。

 まったくおもしろくない。

 封月泰羽は苛立っていた。

 物心ついた時からきれいな姉が嫌いだった。

 同じ親から生まれたというのにまったく容姿が違う。類別からすれば泰葉は封月家系列の顔で、織羽は母親の母……つまり君島家の系列の顔をしている。

 他人から見れば泰羽もきれいだという。自分だって醜いとは思っていない。学校では何人もの男子から告白されたりもしている。

 だけど泰葉は姉の美しさが欲しかった。

 封月一族の誰も逆らうことができない封月昭三。祖父が求めてやまない君島初の美貌を継承した姉、織羽。

 泰羽はその顔が欲しかった。

 その顔であるというだけで封月一族の全てが手に入る。

 自身の環境は恵まれていることを知っている泰羽だが、さらにその上が存在することを間近で思い知らされてしまった。

 それを持っているというだけで泰葉の運命が彼女の気分次第になってしまっているのだということを理解してしまった。

 封月昭三の恐ろしさを、その顔を持っているというだけであの姉が継承してしまうのだと思うと憎くて仕方がなかった。

 だから、排除するのだ。

 泰羽の未来を安寧なものにするために。



†††††



笹目「あいつから電話来た」

木目「マジ、なんて?」

笹目「せっつかれた。マジギレ」

潮目「うげぇ」

笹目「どうする?」

木目「どうするも、むりっしょ?」

潮目「そそ。なんかわかんないけど、むり」

木目「あいつに近づくとマジ足震えるもん」

笹目「でもどうするんだよ?」

木目「うちらの親父のクビかかってるんでしょ?」

潮目「でも、むり。マジむり。できれば近づきたくもない」

木目「……ねぇ、あいつも同じ封月なんでしょ。なら、全部しゃべっちゃわない?」

笹目「……それしかないかもね」



†††††



 大草原三姉妹。あるいは目目連から呼び出しを受けた。あいつらとのトークグループが残っていたからその続きに表示されたひどく丁寧な文体が過去と現在の急転を示しているようでちょっと面白い。

 面白いから会ってやることにした。


「「「すいませんでした」」」


 最上階の踊り場。人目の付かないところで三人は俺が来るなりその場で土下座した。


「いままでひどいことしてすいませんでした」

「もうしませんから」

「勘弁してください」

「いや、それは勝手すぎるだろ?」

「「「…………」」」


 間髪置かずの反論に三人は沈黙する。


「なんでいま謝ろうと思った?」

「それは……」

「お前らを許す気はない。だが、その理由次第では放っておいてやる」


 すでに放置してたけどな。

 そんなこと、あえて言う必要はない。

 とはいえビビっているということは俺が奴らにしたことがしっかりと体に染みついているということだ。

 だというのに、あえて接近して来て謝て来た理由はなんだ?

 三人ともがいきなり気弱な善人になったわけではないだろう。謝れば許してもらえるなんて思うのは小学生までにしてもらいたい。

 いまこのタイミングでこの行動に出たことには何か意味があるはずだ。

 記憶を探ろうと思えばこいつらの体に寄生させているキャリオンパラサイトにアクセスすればいい話だが……。

 こいつら自身に語らせられるならば、それは俺の支配力を意味するのではなかろうか。


「えっと……実はあたしたち…………」


 笹目が代表した話し出した。

 その内容に驚き……というより呆れた。

 目目連たちが封月織羽のいじめを開始した理由は金だった。誰かに金をつかまされ織羽に近づいた。

 その金を握らせたのが封月泰羽。妹だ。

 とはいえ金が握らされたのは最初の一回だけで、その後は急かす泰羽にうんざりしてやめようとしたこともあった。

 だが、やめられなかった。

 その理由が三人の親にある。

 この三人、父親が同じ会社に勤めていることから知り合ったという馴れ初めがあるのだが、その勤め先が○○建設という。

 名前からだと繋がりがわからないが封月家関係の会社だ。

 現在は代議士の伯父とのつながりが強く。公共事業関係で甘い汁を吸いまくっている。

 三人は父親の仕事を人質に取られ、織羽へのいじめを続けなくてはならなくなった。


「ふうん」


 とはいえこの三人が織羽へのいじめを楽しんでいたのもまた事実。同情の余地は特にない。

 しかし、泰羽か。

 主犯ではないだろう。あいつ一人でこいつらの父親の仕事を奪うのは無理だ。伯父に話を通さなければならない。

 ならばこの二人だけかというと、そんなわけもない。

 医者の方の伯父ももちろん関わっているだろう。

 つまり、全員だろうな。

 しかし、織羽のいじめの裏にまで残念な親族の思惑があったというのはちょっと驚きだ。

 ……理由のないいじめよりかはマシかもしれないが。


「で、俺へのいじめを止めていたら、泰羽にまた脅されたと?」

「はい」

「そうです」

「助けてください」

「お金で済むならなんとかします」

「売りでも何でもして持ってきます」

「だから……」

「そんな金要らね」


 完全に意気消沈して座り込んでいる目目連たちを哀れに感じ……ることはまったくないんだが、これ以上こいつらを弄っていても仕方がない。こいつら自身に他人を自殺に追い詰められるぐらいのいじめっ子の素質があるのだとしても、俺にとってはもはやただの下っ端だ。


「まぁ……またなにかしでかしたら体が崩れるだけだしな」

「崩れっ!」

「ひっ!」

「うっ……」


 俺がそう言った途端、三人ともが体を震わせ始めた。吐きそうなほどに青い顔だ。記憶はなくても体は覚えている証拠だ。


「とりあえずこっちで対処する。それまでは適当に応対してろ。それでなんか動きがあったら連絡して来い」

「はい」

「わかりました」

「ありがとうございます」

「行ってよし」


 去っていく目目連たちを見送っていると廊下の角に隠れて待っている霧の姿が見えた。


「大丈夫?」

「何かされてるかと思ったか?」

「逆よ。後始末とかしないといけないことにはなっていないわよね?」


 殺してるとでも思ったのか? 異世界帰りは血に慣れ過ぎてるな。まったく。


「どうも、嫌がらせの正体はうちの親族連中だったみたいだ」

「それで、どうするの?」


 霧は驚かなかった。

 尋ねられて俺は考える。爺さんにチクる。俺が武力行使する。そこら辺が手っ取り早いが、それだけで済ますのもなにか面白くない。


「では、占い師殿、なにか良い道はありませんかな?」

「なに言ってるのよ」


 俺がふざけて問い返すと、霧は少し怒ったような顔で睨み……それからすぐに虚空を見た。


「あら……」

「どうした?」

「見えちゃった」

「なにが?」

「今夜、あなたがどこにいるか」

「へぇ」


 いまのところ予定はない。

 俺は霧に先を促した。



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