11
瑞原霧は奇妙な緊張の中にいた。
クラスメートがもしかしたら同じ異世界帰還者かもしれない。
だけどこの場合、それは喜ぶべきなのだろうか?
霧の持つ
だが、ソード……佐伯公英のように味方だと言い切ることはできない。霧の占いは彼女との出会いしか教えてくれなかったのだから。
そもそも、あの異世界で出会っていないのだから同じであっても同じではない。
敵か味方か。あの異世界にいる間、三国均衡状態に入るまではずっとそのことで思い悩まされてきた。
また再び、思い悩みたくはない。
だけど……この出会いは無視していいものなのか?
あの時のように見極めなければならない。
「とりあえず、会ってみるしかないのだけど」
昨日、彼女……封月織羽は学校を休んだ。
去年はクラスが違ったが、噂は聞こえていた。
サダコヘアの変な女。コミュ障で誰ともかかわろうとしない。
一年生の時には放置されていたらしいのだけど、二年生になって風向きが変わった。素行の悪い女子たちが彼女に目を付けるようになったのだ。
何かしなければならなかったのかもしれない。だけど、霧にできることは何もなかった。度々声をかけていたのだけれど、彼女自身が何もかもを拒んでいたように感じた。
髪で顔を隠し、背中を丸め……霧には織羽が何もかもを終わるのを待っているように見えた。そう、なにもかも。
それなのに先日見た織羽は違った。髪型は同じだけど、背筋はまっすぐで胸を反らし、堂々としていた。
まるで中身が変わってしまったかのように。
まるで中身が変わると感じてしまうほどに時間が過ぎてしまったかのように。
「え? 誰?」
自分の席に座って鞄の中身を移していると背後からそんな声が聞こえた。
振り返るとドアの前に知らない人がいた。
艶やかな黒い髪のストレートロング。前髪を揃えていてまるで和風人形のようだ。
だけどそれは髪型だけ。
瞳は鋭く大きく、鼻筋も通り、唇もなにか塗ってるのではないかと思うほどに赤い。ツンと立った睫毛がここからでも見える。
なによりスタイルが良い。立ち方がきれいなのだ。モデルか女優でも立っているのかと思った。
見たこともない美少女はドアの前で軽く教室を睥睨すると、後は迷うことなく窓際の一番後ろの席に座った。
そこは封月織羽の席だ。
「え? 嘘?」
「どういうこと?」
「そういうこと?」
「いや、違うでしょ」
「ねぇ、委員長。言った方がいいんじゃない?」
そうやってクラスメートが霧に面倒ごとを押し付けようとする。
だから嫌だったのにと内心で舌打ちしながら表では委員長面して「うん」と頷く。
冷たい威圧感を静かに周囲に配置する彼女に近づくのは勇気が必要だった。
「あの……」
「…………」
「そこは封月さんの席なんですけど?」
「なら問題ない」
「え?」
「俺が封月織羽だ」
男のような乱暴な話し方。瞳に宿った傲慢な光がその口調を彼女に似合わせている。
その事実に空気がざわつく。
「え? デビューって奴?」
「すげぇ変化」
「え? 整形?」
「髪の下があれだってこと?」
「わけわかんねぇ」
鬱陶しいクラスメートのざわめきを聞きながら霧は確信した。
この変化はただのイメージチェンジではない。
彼女は変わったのだ。
劇的な経験をして、劇的な変化を求められ、それを受け入れたのだ。
彼女は異世界からの帰還者だ。
「ねぇ、放課後、時間があるかしら?」
「なに?」
「ダンジョンのことで話があるんだけど」
「…………」
小声でそう告げた霧を織羽はわずかに顔をしかめて眺め、それから口を開いた。
「悪いけど今日は急ぎの用があるから明日以降にしてくれ」
「わかった。お願いね」
†††††
デビューは無事に成功したようだ。
我ながら? 封月織羽は美人だと思う。
いや、彼女が美人なのは元からだ。ファナーンの薬は彼女の体を健康な状態に引き上げただけだ。錆びたコインをピカピカに磨いたようなものだ。
とある理由があって彼女はサダコな陰子になってしまっていた。
今夜はその大本に会いに行くとしよう。
学校にいる間、注目の視線を浴びまくった。陰子が美少女に変わったのだ。噂にならないはずがない。
他人の羨望や嫉妬はどうでもいい……わけでもない。悪意であれなんであれ視線が自分に集うのは悪い気がしない。羨望は調子に乗らせるし、悪意は戦意を昂らせる。
織羽は視線を避けてきたようだが。
記憶に感情は存在しないが記憶は感情を生み出す。
なにをどう体験したか、なにを見続けていたか……そういう記憶の連続が感情を生み出す。
だが、それが織羽と同じになるかどうかは別だ。
映画は一つの感情に観客を収束させようとする。だが、常に同じになるとは限らない。
織羽の記憶を見て俺が感じたのは怒りだ。
負けてはならないという不屈さだ。
俺が異世界で鍛え上げた負けん気が、織羽の敗北を許さない。
視線は集まっても声をかけてくる者は委員長以外にいなかった。その委員長の言葉には驚かされたが、後回しだ。
先日の運転手を呼び寄せる。
すでに連中は俺の支配下にあるのだから呼び寄せるのにスマホもいらない。
校門前に待っていた走り屋仕様の車に乗り、目的の場所に向かう。
駅に近いのに閑静な高級住宅地。
総額を想像したくないよう家々が立ち並ぶ中で、それらを支配下に置くような一際広い敷地と大きな屋敷がある。
硬く閉じられた門の前で車を止めさせ、下りて呼び鈴を鳴らす。
「どなた様でしょう?」
「封月織羽。祖父に会いに来た」
「お待ちを」
その言葉のすぐ後で鉄扉が自動で開く。
運転手には駅前で時間を潰しておくように命じ、一人で敷地内に入っていく。
まったく、こんな庭と屋敷なんて異世界の貴族の屋敷ぐらいでしか縁がないと思っていたんだが、まさか日本で体験することになるとは。
あるところにはあるんだなぁ。
「ようこそおいで下さいました。織羽お嬢様」
「どうも鷹島さん。祖父は?」
「自室においでです」
「会える?」
「もちろんです。織羽お嬢様との面会を邪魔したなどと……そんなことはできません」
「ありがとう。おばさまは?」
「あの方は先週からドバイです」
「つまりいつも通りってことか」
「織羽お嬢様?」
「なんでもない。二人で話したいことがあるんだけど、いいかな?」
「ええ。もちろん構いません」
初老の男、この屋敷の執事である鷹島さんの案内で奥にある部屋に向かう。
一際立派なドアはこの屋敷の主人が使う部屋であることを示している。
ノックの後にドアを開けると、そこにはメイドの押す車いすに乗せられた老人がいた。
「おお……お初ちゃん」
車いすの老人はしわしわの笑みを俺に向けた。
入れ歯を付けていないから歯もない。
これが封月織羽の祖父。そして諸悪の根源。
封月昭三だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。