狂人の智慧

如月冬樹ーきさらぎふゆきー

彼女

 混み合う車内の中で、スマホをいじる。左手で手すりを掴み、右手でスマホの画面を操作する。


 乗客たちは皆、死人のように黙りこくっている。


 男性用ファッション雑誌を大学からの帰りの電車内で読むというこの習慣も最近すっかり定着しつつある。この手の雑誌を読むたびに、電子書籍の便利さを実感する。


 だって、こんなの読んでいるのが周りにバレたらなんだが恥ずかしいじゃないか。それとも意外と世の中の男子大学生はこういうのを読んでおしゃれとは何かをリサーチしているものなのだろうか。


 それにしても、こんなにまめに情報収集して、服装や髪型などのオシャレに気を遣っているのにどうして彼女ができないのだろうか。


今夜にでもいきなり綺麗な人に声をかけられたりしないかな。なんて、そんなことあるはずないのだけれども。自分で言っていて少しおかしくなってくるよ。


 今更言うことでもないが、最近の世の中は物騒だ。こうしてファッション雑誌を読んでいる間にもネットニュースの速報が通知される。そしてそのほとんどが暗いニュースばかりだ。


やれ会社の金を腹心の部下が横領しただの、やれ誰々が誰々を殺しただの、そんなのばっかりでもううんざり。


 しかも今日の速報は連続通り魔についてで、発生場所が俺の帰り道の近くじゃないか。一週間にわたって三人の女性が夜の路上で何者かによって殺されたらしいが……


 まあ、被害者は全員女性らしいから、俺は狙われないような気もする。ただ、警戒しておくに越したことはなさそうだ。


 ん、ちょっと待てよ、これも裏を返せば彼女獲得のチャンスなのでは。夜道を一人で心細く歩いている女性を華麗に守り、吊り橋効果とかそこら辺の心理作用でもって好きにさせる。実に完璧な作戦だ。


 欠陥があるとすれば、そんな女性が都合よくいる訳ないってことと、話しかける時に俺が通り魔に間違われかねないことぐらいだ。    

 つまり、この作戦は絶望的だ。ハハハ。ハハ……


 そんなこんなで下らない妄想をしているうちに最寄りの駅に着いた。降りていく人々は皆生気がない。仕事で疲れているのだろう。日本という社会の闇だ。みんな精神的に磨耗しているからさっきのニュースみたいな犯罪が起こるんだ。


 ここにいる人たちは誰しもが人を殺しそうで、誰しもが殺されそうな顔をしている。俺にはそう見える。


 暗い夜道を帰っている。なんだかさっきのニュースも相まって不気味だ。駅の近くではたくさん人がいたけれど、離れていくたびに人気がなくなっていった。


 現に、俺は独りで外灯を頼りに住宅街を進んでいる。通り魔だけでなく、幽霊や亡霊とかも出てきそうな雰囲気だ。


 もう夜遅いからか、家々の電気は尽く消えていて、あたりは静まり返っている。ただ、自分の足音だけが反響していて気味が悪い……


どうか、足音が勝手に増えませんように。


 曲がり角に着くと急に横から誰かがぶつかって来た。かなりのスピードだったので横腹に鈍痛がズンと響く。


うがっ、刺され……てはいないようだ。めちゃくちゃびっくりした。


 黒い長髪が生えた頭のてっぺんだけが見えている。女の人だろうか。


と、とりあえず声をかけてみよう。


「大丈夫ですか」


 女の人はゆっくりとこちらを向いた。


 眉から順に段々と顔が見えてくる。


 その顔は……。


 まさか。


 そんなはずはない。普通の人に見えたのに……


 嘘だ。


 あり得ない。

 

 きっと夢でもみているのだ。


 そうだ、そうに違いない。


 だって……


 その女の人の顔は……


 まさしく自分のタイプだった。


 いやあ、夢のようだね。


 夜道で彼女作っちゃおう大作戦が功を奏してしまうのではないだろうか。この状況なら。


 そんなことを思っていると、彼女がその震えた口を開いた。


「ああ、あなたじゃない。こんなところで偶然ね」


 えっ誰だっけ。こんな人知り合いにいただろうか。いやいや、こんなにも自分好みの人が知り合いにいたら覚えているに決まっている。


 こんなに美人な……


 改めて彼女の顔を見ると、確かに美しいが、どこか怯えているような感じだ。なんか……この人怖いな。


「いや、人違いだと思いますよ」


「何言ってるの、私はあなたの彼女じゃない」


 ええっ、そうなの。いやいや、そうだったら嬉しいけど、そんな訳ないでしょ。生まれてこの方彼女なんてできたことないし。


 やっぱりこの人なんか変、というか怖いよ。なんだろう、新手の美人局つつもたせ的な何かかな。それとも、やっぱりこの人が通り魔なのか。色仕掛けで警戒心を解いたところをザクッといく……とか。そう言う手口か。


 ちょ、ちょっと、上着の裾を両手でがっしり掴むな。こ、怖い。なんなんだ、この人。や、やめろ。離れてくれっ。


「し、知りませんよ。あなたなんか。離してください」


「待って、あなたがいないとダメなの」


「俺以外にも誰かいるでしょ、あなたなら。じゃ、さよなら」


 そう言って俺は袖を振り払って、全速力でその場を去った。その日は無事に家までたどり着くことができた。


いつもは面倒で閉めないが、その夜はシャッターを閉めてから寝た。寝ている間、何もないと良いのだが。


翌朝ニュースで女性が殺されたことを知る。場所は昨日俺があの例の女性とぶつかったところの近くだ。警察は例の通り魔事件関連の事件とみているらしい。


ぼんやりと朝食をとりながら、考える。


「やっぱり、あの人が通り魔だったのだろうか」


……………………………………………………………………………………………………

以下、作者コメント


突然ですが、皆さんにクイズです。まあアンケートに近いかもしれません!


あなたは今、夜道を一人で歩いています。すると後ろから包丁を持った男が近づいて来たので、怖くて走り出しました。


後ろをみながら走ったので曲がり角で男の人(一般人)とぶつかってしまいました。


さあ、皆さんならどうしますか。


私が考えつくのは、まずその人に助けを求めることですね。


あとは……その人の知り合いのふりをすることでしょうか。


お隣さんとか、家族とか……もしくはとかのふりを。


そうすれば通り魔も襲い辛くなりますもんね!


もう皆さんお気づきだとは思いますが、作中の女性は例の通り魔に襲われかけていました。そこで主人公に出会い、遠回しに助けを求めたのですが……


それにしても、主人公は彼女が欲しいだとか、女性を助けるとか言っていましたけど、結果的に見ると困っている女性を見殺しにしたようなものです。


なんだか皮肉な話ですね。

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