俺はこいつと旅に出る?

一人っ子サマと執事様のご苦労

「ああ畜生!」


 剣代わりの棒を振りながら荒れるデーン様を見ていると、正直胸が痛みます。


 私ニツーも一応執事として剣の稽古はそれなりに付けているのですが、それでもなおあのような結果続きなのですから無理もございません……。


「おいニツー、何とかしてあいつの力の秘密を見つけ出せ!」

「と言われましても」

「どこから来たのかわからねえ流れ者だ!どっかの場所でとんでもねえ力をもらったんだろ、さもなくば特訓したとか!」

「ああ、そう言えば、ヨコハマとか言っておりましたが……」


 ヨコハマなる場所がいったいどういう街であり、どれほどの建物があるのか、私もとんと見当が付きませぬ。しかしだとしても、それとこれにどの程度関係がおありなのか……。



「だいたいだエクセル、お前ならわかるだろ、あのユーイチとか言うやつの太刀筋を!あれは素人だよ、間違いなく素人!俺ならともかく、なんでお前あんな強そうなくせになぜ勝てねえんだよ!」

「強そうと強いはまるで違う……。デーン殿、あれは相当な手練れです」

 

 それにしてもこのエクセルとか言う男、デーン様に剣の稽古をつけると言う対価を盾にずいぶんと長く居座っております……まあ確かにその分私の仕事も減りますがね。

 まあ確かに所作は実にきれいであり、間違いなくひとかどの剣士なのでしょう。


「私なりの技を見せたがまるで当たらず……彼に勝つには相当に強くならねばなりませぬ」

「だからこそちゃんと訓練してるんだろ、だってのに全然ダメじゃねえかよ!俺はよ、サボるのが大嫌いなんだよ!稽古を付けろ!」

「了解しました」


 このようにデーン様に稽古をつけんとする姿は確かとは言え、彼もまたユーイチ殿に負けた男。負けた同士が傷をなめ合って何の進歩があるのでしょうか。

 私はわかりやすく肩を落として見せましたが、二人ともまるで気にしておりません。




「カスロ様……」

「ああニツー、なんかこのミルミル村に問題でも起きたのか」

「いえデーン様です、デーン様ったら剣術にばかりうつつをぬかしてすっかり学問を怠っておいでで、カスロ様のように」

「気にするな、男は強い方がいい。わしはこんなになってしまう前から、そっちの才能はなかった。だからこそ、デーンには強い男になってもらいたいのじゃよ。それでニツー、もう少し厚い服を仕立ててやろうか」

「いえ、結構です……」



 で、カスロ様はと言うと、やはり相変わらず書類に囲まれながら筆を執っております。太い肉体では筆を動かすのも大儀と思いきや実によくおまとめで、間違いなく能吏と呼ぶべきお方です。

 その上に税も安いので、村人からの評判は悪くはございません。そう、悪くは。

 このお屋敷、やたら窓が多く、その上に開けっぴろげなので正直寒うございます。吹き抜けがないのはせいぜいカスロ様のお仕事場のみで、あとはどの部屋も正直……。



 そうなんです、私の一番の悩みはカスロ様でもデーン様でもなく……



「執事さん、私できてる?」

「まだ昨日でしょ、もう十日もたてば」

「十日じゃムリよ、ひと月は待たないと……」

「ではお調べ致しますので」



 ああ、今日も彼女たちは元気ですね。私ゆえあって独り身でございますが、この家に住んでいる三人の女性たちの面倒を見るのがとかく大変なのでございます。

 まあ一応名目としてはメイドだの会計の手伝いだのとなっておりますが、その実は行き場のない女性を集めたほぼハーレムのメンバー。


 しかし何せカスロ様の食事はほとんどが肉、肉、肉。精を付けるためとは言え食べすぎでしょう。ですから料理の腕の振るいようも少なく、メイドはほぼ掃除屋。

 そして会計役だと言う女性もカスロ様どころか私よりずっと能力が低く、はっきり言ってあのユーイチの方が使えそうです。


「ねえニツーさん、調べてよ」

「わかりました……」



 私はじっと目を閉じて三人の中で一番年かさの女性に向かって呪文を唱えました。

 執事になる時に習得した、生命反応を確かめる魔法です。まあ基本的にご主人様への奇襲を避けるために敵対勢力の存在を探知するために使う魔法ですが、なかなかそんな物など来ないせいで今では妊娠検査用の魔法と化しております。


「あー駄目ですね……」

「そうですかぁ、そういう訳で……」

「わかりました、カスロ様にその旨伝えておきます、ってああお待ちください!」



 私が不妊を告げると、なれば今夜は夜を共にしたいと言って旦那様の所へと向かいました。ああ、足音が大きい!メイドだと言うのに料理と掃除以外何もせず……まあその料理と掃除はうまいのですがな。正直、これがデーン様の御母上様亡き後の正妻候補で良いのやら。


 デーン様がああなられるのも無理からぬ事かもしれませぬ。


 いや、それ以上に、白い目で見る人間が少なからずいる事をご存じなのでしょう。



「ずいぶんと熱心に打ち合っておいでのようですが」

「俺の父さんを馬鹿にした奴は、みんな俺が打ちのめしてやった!お前もだろ?」

「あくまでもしょうがないと説き伏せただけです」


 デーン様は必死にエクセルと打ち合っておりました。まるで、やるかやられるかの戦場のように、まあ剣の稽古とはそういう物だとしてもです。


 しかしデーン様はユーイチと言う存在に勝つ以前に、また別のそれにも勝たねばなりません。それもまったく責任のない事で……。


「それでだ、あのユーイチの事について何かわかったか」

「彼はどうやら、十九人の仲間を探しているようですぞ」

「十九人のか、よし、そいつらに会えばユーイチの秘密がわかるんだな」

「それはわかりませぬ。ですがエクセル殿」

「私だってあのユーイチと言う男に敗れて賞金を渡してしまったからな。しばらくはこの村に居させてもらおうと思っております」



 デーン様は手にまめを作りながら必死にふっておりました。ああ、何とも痛々しいお姿です。

 なるほど仲間、この場にはいないであろう仲間がいれば、あれほどの強さなのもごもっともかもしれませぬ。


 そこでこのエクセルと言う男をしばらくここに置き、その上で仲間や友人を増やす方法を考えてみる事としたのです。村長である父親としての力や、自らの腕っぷしに頼らぬそれを、対等な関係であろう仲間と言う物を作るにはどうすればよいかと。



 ですが私は無論、デーン様もご存じなかったのです。




 ユーイチ殿が、旦那様が四人目の女としようとしていたセブンスの家であんな会話をしていた事を。












「お友達っていたんですか?」

「ほとんどいねえよ、まあ一緒に過ごしてるからっつったって友達とは限らねえだろ」

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