79(1,418歳)「私の弟がこんなにご高齢なわけがない」

 養殖したよ。ディータきゅん3歳(実質2歳)と数百年ほど。


 未養殖のディータは3歳にしては驚くべきほど言葉が達者だった――舌は足りてなかったけど。

 で、前世みたく『やだ魔物殺すの怖い』とか『レベルアップ酔い気持ち悪い』って泣いたりしなかった。実質2歳児なのに。


 パパンとママンはそんなに気にしていないようだった。

 3歳ともなれば九九を唱えながら軍人さんのランニングに付き合うもの、という歪んだ3歳児像を、誰かさんによって植えつけられてしまっているので……。


 養殖明けのある日、ママンが『ディータがいない!』って半狂乱になってて、【1日が100年になるワンハンドレット・部屋ルーム】の中を【探査】したら普通にいた。

 なんか、【吸魔マナ・ドレイン】で周囲の魔物からMP補給しつつ、淡々と【鑑定】しまくってたよ。


 で、ディータも精神年齢は数百歳でレベルも300までいっているので、満足するまでやらせておこうってことになった。


 そんな、ある日のこと。

 この私をも驚嘆させるダークホースが、私の前に姿を現した!



    ◇  ◆  ◇  ◆



「あがががっ、エク○ル欲しい! 各村から収穫高を統一フォーマットで送ってもらって、あとはマクロでパパっとやりたい。紙文化死すべし慈悲はない!」


 パパンとママンが寝入った深夜、相変わらず【睡眠耐性】LV10カンストであまり眠くならない私が紙とペンと暗算で領地経営の雑務をこなしていると、


「【物理防護結界】。ねぇ、お姉様……お姉様って、本当は何者なんですか?」


【瞬間移動】でディータが部屋に入ってきた。

 内緒話でもあるのか、ご丁寧に私たちの周りに【物理防護結界】を張っている。


「んぉ、なんでぃ藪から棒に?」


「お姉様の正体は何ですか?」


「んー……【ふっかつのじゅもん】が使える系勇者で領地貴族だよ?」


【ふっかつのじゅもん】のことは、養殖明けのディータにも公開済だ。前世と違い、全然驚かれなかったのが、何とも印象的だった。


「それ以外のことです」


「えっ、な、何だろう……?」


 何かこう、核心に触れられている気がする。


「先ほど――といっても内部時間で数十年前なんですけど、【鑑定】LV8になりました」


「8ぃ!?」


「それで、古代文明の叡智をいろいろ検索してみたんですよ。お姉様が作り出した発明品の数々……蒸留器や羅針盤、顕微鏡は、確かにありました。お姉様が射出魔法を使う時によく口走る、『ガン』とかいう武器の情報も。お姉様が時々口にする『こんぴゅーた』とか『さーば』とか『ぷろじぇくた』ってのもありましたね」


 あるのかよ! 古代文明マジパネェな!?


「でも、『え○せる』とか『ぱわー○いんと』って言葉はどこにもなかった」


「――…」


 あ、あはは、商品名ですものね、それ。

 似たようなアプリはあれども、そりゃビル○イツが転生でもしてこない限り、エク○ルは出てこんわな……。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 話が長くなりそうだったので、【1日が100年になるワンハンドレット・部屋ルーム】内の魔の森別荘にふたりして【瞬間移動】し、【アイテムボックス】からお茶とお菓子を出した。


「ねぇ、質問に答えないままなのに悪いけれど、私からも聞いていい?」


「なんでしょう」


「ディータ……もしかしてあなた、前世の記憶を引き継いでる?」


 ディータがニヤリと微笑む。


「正解です」


 ずざざざざざッ!!


 思わず部屋の端まで後ずさる。だって記憶を引き継ぐ条件って『私のことを強く想う1~2名の人』!!


「別にお姉様に懸想けそうしているわけではないので安心してください」


「け、懸想……? あ、恋のことか。恋じゃないならいったい何? 家族愛、とか?」


「4歳のころから数々の魔法や叡智で人々を救い、城塞都市を発展させ、国中を大いに活性化させ、数々の難関クエストを遊び感覚でクリアしていくSランク冒険者。しかも10歳で女神様に認められ勇者となり、国王陛下から貴族に叙されたお姉様。

 片や、ロンダキルア騎士爵家長男でありながら、レベルこそ高くて剣や魔法も上手ではあるものの、お姉様より優れたところが何ひとつない僕」


「け、剣術の腕では勝ってたじゃない!」


「そういう話をしているわけではないって、分かってますよね?」


「うっ……」


「僕が周りの人からどれだけお姉様と比べられ、軽んじられていたか、分かります?」


「あっ……」


 な、なんてこと……。

 図らずも私は、あの伯父さん――元辺境伯の長男――に対するパパンと同じ仕打ちを、ディータにしていたのか……。

 しかしながらディータからは、闇落ちしたような暗い表情は伺えない。


「もちろん、前世のお父様とお母様は僕に余すところなく愛情を注いでくれましたし、今世のお父様とお母様もいっそ重いほどに愛情を注いでくれています。前世の城塞都市の皆様も、表面上は敬ってくれていましたよ。僕だって武力も魔力も知力も、相当のものだと自負してますし。

 でも、言葉の端々、態度の端々に出るんですよね……『嫡男のクセに女に劣ってる』って」


 まぁ男尊女卑を地で行く中世ファンタジー世界だからなぁここは。


「お父様はいいですよ。お姉様を育てたって実績がありますし、お姉様がまだ産まれていなかった時代の名声がありますから。でも僕は……」


 にっこりと微笑むディータ。こ、怖い……。


「僕がお姉様のことをどれだけ慕い、尊敬し、そして憎々しく思っていたか、分かります? あ、お姉様のことを憎んでいるのではなく、相対的に不出来な自分を憎んでいるといった方が正しいかな?」


「な、なるほど……そりゃさぞかし『強い想い』だろうね……」


「でしょう? で、僕は将来を悲嘆していたんですよ。前世でも、今世でも。まぁどうせ騎士爵に世襲制度はないし、武力と魔力はあるので、冒険者にでもなってに可愛いお嫁さんでも見つけられれば恩の字か、とか思ってました」


 バッチリ憎んでるんじゃないの私のこと!


「でも、死ぬまでお姉様と比較され、後ろ指を指され続けるでしょうね」


「――…」


「そこで発想を転換させてみました。お姉様と距離を取っても比較され続けるのなら、いっそお姉様に足りないところを補い、お姉様に頼られる――そう、ロンダキルア辺境伯家の家令ポジションになれば良いのでは? お姉様に頼られる姿を皆が見れば、少なくともお姉様と同格視してもらえるのでは? と」


「なるほど。まぁ、手段のひとつではあるよね」


「それで、お姉様に足りないところってことで真っ先に浮かんだのが――」


「運動神経?」


「頭」


「なぁっ!?」


「お姉様ってなまじ知識と魔力があるもんだから、あんまり考えずにゴリ押ししてしまうでしょう?

 例えば領民のレベリング。路地裏で女性が暴漢に襲われてたからって、その解決策が『善良な領民全員をレベル100にしよう』って頭おかし過ぎるでしょう普通。まずは警備強化とか法令整備とか、そういうインフラから整えようと思いません? お姉様が何歳まで生きるのかは知りませんし、【エイジング】と【アンチエイジング】を駆使すれば不老不死すら可能にするのかもしれませんが……自分が死んだあとのこと全く考えてないでしょう。

 お姉様のやり方って、お姉様の存在前提のものが多いんですよ」


「い、言い返せない……あ、でも領都の各ギルドでは、レベル100前提社会の終わりに向けて、化学とか医療とか農業とか生活習慣の知識を失伝しないよう、書籍にまとめてもらってるよ!?」


「まぁ、まだ多少は考えが残っているようで何よりです」


「うぐぐ……」


「で、そんなお姉様を支えるべく、書斎の本や書店の本をすべて読みました。でも、どれも知識が古くて非科学的。お姉様の発明や、言葉の端々に出てくる科学的思考とはかけ離れている」


「で、【鑑定】を鍛えた、と……魔力はどうやって確保したの? あぁ、【吸魔マナ・ドレイン】で周囲の魔物から確保してたね……」


「はい。で、【1日が100年になるワンハンドレット・部屋ルーム】内をひたすら【飛翔】して目についた魔物や動植物を【鑑定】したり、お姉様みたいに紙に書いた言葉を【鑑定】したり、詳細【鑑定】ができるようになってからはどんどん詳細な情報を【鑑定】していき、3000年ほど」


「さんぜんんんんんッ!? あ、あははは……私が言うのもなんだけどディータ、アンタ頭おかしいわ」


「自分でもそう思いますよ。でもだからこそ気づいた。


「……………………どうしても、言わなきゃ、ダメ?」


「僕は自分の将来のためとはいえ、お姉様のお役に立つために、3000年かけて鍛えてきたんです。僕が勝手にしたこととはいえ、僕の努力に免じて頂ければと思います」


「卑怯だよぉ……話すなら、お父様とお母様にも一緒に話したい」



    ◇  ◆  ◇  ◆



「「ぜ、前世の記憶ぅっ!? さんぜんんんんんッ!?」」


 パパンとママンの寝室に吶喊とっかんした。

 ドアをノックする前に【闘気】で察知したパパンが出てきて、快く迎え入れてくれたよ。


「は、ははは……アリスも大概おかしな子だったが、まさかディータまで……ディータ、いやディータさん?」


「や、やめてくださいお父様」


「しかし、そりゃそうだよなぁ……男の身で姉に劣ると見られるのはつらいだろうと思うよ」


「ごめんね、ディータちゃん……気づいてあげられなくて」


「いえいえお母様。そもそも今世の話ではありませんし」


「でも、同じお父さんとお母さんたちなんでしょう?」


「……結果として奮起するきっかけになり、これだけ鍛えられましたから。で、お姉様?」


「は、はい……【リラクゼーション】。お父様、お母様、ディータ、今までずっと黙ってたけど、じ、じ、実は、わた、わ、私――」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 ゲロりましたよ。作家志望くずれの孫請けゲームプログラマ喪女26歳が異世界転生した話を。

 そして、生まれてきた瞬間から知能と意識があったこと――女神様に言葉を教えてもらったという設定は嘘だということを。

 今まで『【鑑定】で引っ張り出してきた古代文明の知識』と言い張っていたものが、実は私の前々世の知識だったということを。あと【おもいだす】スキルのことも。


 さらに言うならば、今度こそ、今度こそ家族に対する隠し事はいっさいがっさいなくなったということを。


「アリスちゃん! どうして今まで黙ってたの!?」


「ご、ごめんなさい……私がフェッテン様とむ、結ばれて、こ、こ、子供を授かったとして……その中身が自分の年齢以上の人とかだったらイヤかな、って思ったので……」


「うーん……そりゃアリスちゃんが生まれた当初なら、そういう気持ちもあったかもしれないけど……」


「!」


 体がびくりと震える。

 そんな私の手を、ママンが包み込む。


「でもあの数百年があったからね。今更何十年か増えたくらいで誤差よ誤差。それに、あなたはアリス・フォン・ロンダキルアに途中から乗り移ったってわけではないんでしょう? 最初から、私たちの子供として生まれてきてくれたんでしょう?」


「お、お、お、おがあざばぁぁああ~~~~っ!」






**************************************************************

追記回数:20,551回  通算年数:1,791年  レベル:2,200


次回、アリスの年上となり、希望通り辺境伯家の家令になったディータきゅんとアリスの執務風景と、事件の予感……。

そして近づく、ゲーム無双の足音!

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