51(414歳)「ユーテン・フッテン」

 翌日、陛下に呼び出された。昨日の夕方に、宿に手紙――という形式の、実質召喚状――が届いたんだよね。


 先日と同じ略式謁見室。

 今日はパパンとママンはいない。


 場にいるのは、陛下、相変わらず私を見つめてくるフェッテン殿下、宰相様、冒険者ギルドマスターさん、初対面のおじ様2名――建築ギルドマスターと医療ギルドマスターとのこと。


「たった1日で、いろいろやらかしてくれたようじゃのう!」


 陛下は超ご機嫌。


「今日はたっぷりと話を聞かせてもらうぞ!」


 時刻は朝。そりゃたっぷりと時間はあるでしょうとも。


「あ、あはは……それで陛下、何の話から致しましょうか?」


「うむ。まずは傷の病魔を防ぐ話からじゃ。もちろん、水車の話も聞かせてもらうがな」


 ホント、長い一日になりそうだよ……。


「ごほん。まず、目に見えない病魔のことを、正確には『細菌』と言います。【アイテムボックス】!――こちらにご用意した『顕微鏡』なら、普通は目に見えないほど小さな微生物を見ることができます。破傷風も黒死病も白死病も、全部この『細菌』が原因です……といっても種類は異なりますが。

 ちょっと今から、破傷風にかかっていた魔物の体液を出しますが、よろしいでしょうか? ちょっとした実験のあと、この部屋を【光魔法】で浄化しますので」


「うむ。良かろう」


「【アースボール】で器を作って――【アイテムボックス】!」


 最近になってようやく気づいたんだけど、私の【無制限アイテムボックス】LV10は、【アイテムボックス】内での分離もできる。

【アイテムボックス】内の海水から塩を作ってそのまま保管したり、なんてこともできる。いやぁ便利だね!

 なんで【アイテムボックス】の中に海水が入ってるのかって? 何かに使えるかなと思って大量に保管してあるんだよ。


 で、今取り出した体液も、【アイテムボックス】内の魔物から採取したもの。


「破傷風患者の体液を【テレキネシス】でこのガラス板の上に乗せ、もう1枚のガラス板で挟みまして、顕微鏡にセット!」


 覗き込むと、無数の破傷風菌がウジャウジャしてて超キモい。

 順番に覗き込んでもらい、『うぇっ』とか『うひゃっ』みたいなリアクションが返ってきた。


「これが破傷風を引き起こす病魔――細菌と呼ばれるものです」


「「「「「「さいきん……」」」」」」


 顕微鏡と魔物の体液を【アイテムボックス】へ収納し、


「【エリア・エクストラ・ヒール】! 浄化しました。

 破傷風を引き起こす細菌――破傷風菌は、主に土の中や糞便の中に潜んでおり、傷口に触れることでその人の体内に潜り込みます。つまり、傷口のある手で土や糞を触ったり、足に傷口があるのに沼に入ったりなんかすると、非常に危険ってわけですね。

 当然、不潔なまま放置しておくと、それだけ破傷風菌に侵されるリスクが高まるわけですから、体を清潔に保つのはとても大切です。手洗いうがいと入浴の励行ですね」


「手洗いうがい! そうじゃそうじゃ、その言葉は初代国王でもある勇者様が何度も口にしていたと記録にある!

 初代様の教え通り、糞尿はまとめて処理するよう制度化しておるし、清潔な水での手洗いうがいと入浴を民たちに習慣づけさせるよう、各領主たちにはたびたび申しつけておる。王都ではいくつもの大衆浴場を平民たちに開放しておるしな」


 確かにその通りなんだよね。辺境伯領城塞都市にせよ辺境伯領都にせよ王都にせよ、糞尿を窓から捨てるような輩は見たことがないし、今回の旅で通った領の都には必ず大衆浴場があった。

 破傷風の予防にまでは至っていないものの、中世ヨーロッパ風世界にしては極めて衛生的なんだよね、この国は。やはり先代勇者様のおかげだったか。


「単に傷口を塞いだだけでは、病魔に侵される恐れがあります。【ヒール】系の魔法が病魔を引き起こさないのは、ひとえに先人たちの知恵で、詠唱の中に病魔を取り払う効果――『消毒』のための文言が組み込まれているからだと思います」


「「「「「「しょうどく……」」」」」」


「『消毒』とは、傷口を洗浄し、病魔を取り除くことです。

 恐らく、慣れた人が適当なイメージの元で簡易詠唱や詠唱省略、無詠唱で行使した場合は消毒がちゃんとなされず、病の原因となるでしょう。私が上級までを学んだ教本にも、『治癒魔法だけは完全詠唱せよ』、『怪我や病気が治る過程を完璧にイメージできるようになるまでは短縮も省略も無詠唱も禁ずる』って書いてましたので」


「光の神イリスよ、御身の慈悲を以てその傷を清め、癒し給え――の『清め』ですな。確かにこの文言を省き、イメージをせずに唱えると、傷に付着した汚れが消えないという研究結果があります」


 医療ギルドマスターさんの談。

 今のは【ヒール】の詠唱だね。

 へぇしかしそういう研究とかちゃんとやってんじゃん。


「問題は治療院に行くお金のない人たちや、近くに治癒魔法使いがいないところで怪我をした冒険者や軍人さんなどです。怪我をした箇所を速やかに洗浄、消毒し、病魔が入ってこないよう、包帯などで守る必要があります。

 続いてその『消毒』ですが、ざっと2種類になります。

 1つ目は熱。熱湯に入れるのが良いですね。ちなみに生水を煮沸しないで飲むとお腹を壊すことがあるのは、『消毒』ができてないからです。

 2つ目がアルコール。傷口を消毒したくても、火であぶったり熱湯をぶっかけるわけにはいきませんので……傷口を綺麗な水でよく洗ったあと、消毒はアルコールで行うことになります」


「アルコール、とは何じゃ?」


「お酒です。高純度のお酒――酒精の塊ですね」


【アイテムボックス】から、例によってトニさん謹製テンサイ酒の樽を取り出し、続いて空っぽの樽を取り出す。


「「な、ななな……」」


 初対面の建築・医療両ギルドマスターが私の【アイテムボックス】のバカ容量に驚いてる。


「これはテンサイで作ったテンサイ酒で、酒精は10%程度。ここから酒精だけを抽出します。【探査】して――むん!」


 空の樽へなんちゃって蒸留【アイテムボックス】後のものを流し込む。


「こちら、度数75%のお酒です。これだけ酒精が強ければ、病魔も駆逐できる――といいますか【鑑定】によりますと75%前後がベストです」


 昨日、夜な夜な度数違いを作って【鑑定】してたんだよね。


「……ま、魔法で酒精だけを抽出!? そんなことが――」


「な、ななな……」


 両ギルマスがビビッてる。


「いや、そんなことよりもアリス!!」


 陛下が身を乗り出してくる。か、顔が近いよ陛下……。


「……な、なんでございましょう?」


「飲めるのか、これは? これが、城塞都市に出回っている非常に強い酒か!?」


「は、はい。酒精が非常に強いので、飲みすぎは良くありませんが」


「よし、飲むぞ! アリス、何かグラスを出してくれ」


「は、はい。【アースボール】でコップを作って、【テレキネシス】で樽から注いで……どうぞ。ってちょちょちょちょっ、せめて毒見か【鑑定】を――」



    ◇  ◆  ◇  ◆



「っっっっっか~~~!! ずいぶん利くな、この酒は!!」


「あ、あはは……」


 そりゃ、蒸留酒がまだ存在しないっぽい世界だからねぇ。この世界で見たことあるお酒はどれも度数5~10%くらいだったし。


「さすがに度が強すぎますので、水や氷で割るといいですよ」


「氷で割る、じゃと!? 氷室で大事に保管してある貴重な氷を、酒を割るのに使うのか!?」


「いえ、その……【アイスボール】」


 カラランっと陛下のグラスに真ん丸の氷。我ながら見事な球形だ。


「あっはっはっ! 酒を楽しむための氷を魔法で出すとは、何とも贅沢な魔力の使い方よのぅ!」


「ちゃんと宰相様に【鑑定】して頂いてくださいね」


「――陛下、毒はございません」


「冷たいのもまた一段と美味い! それにしても、その『どすう』というのはどうやったら調べられるのじゃ? 宰相、【鑑定】で出てくるか?」


「いえ……私めの【鑑定】では、『非常に酒精の強いテンサイ酒』としか……『非常に』とは表記されておりますので、目安にはなるかとは存じますが、最も効果のある『どすう75ぱーせんと』にどれだけ近いかは分かりかねるかと」


「とはいえ、【鑑定】レベル8持ちなんぞ、国中を引っくり返してもアリス以外には出てこんぞ。なんとかならんか、アリス」


「「【鑑定】レベル8ぃ!?」」


 初対面組の2名がお約束してる。


「え、ええと……試験用に少量取り出して、実際に蒸留してみて、残った水分量を測定すれば――」


「ジョウリュウとはなんじゃ?」


 ですよねぇ……。


「物質にはそれぞれ融点と沸点というものがありまして――」


「ユーテン・フッテン??」


 なんだよそのヘッダー・フッターみたいなのは! 書類か!


「うーんと、水はとても寒いと凍りますでしょう? 逆に思いっきり火にかけると蒸発しますよね?」


「ジョーハツ?」


「ええと、火にかけるとぼこぼこ沸き立って、さらにそのままにすると水の量が減り、最終的には水がなくなります」


「うむ、確かに」


「水が凍る温度を0度、蒸発する温度を100度と定義しまして」


「オンドとは?」


 先代勇者様ぁ! 度量衡統一したなら温度の方もなんとかしておいてよぉっ!


「うーんうーん……助けてケルビン!!」



    ◇  ◆  ◇  ◆



「というわけで、酒精と水の沸点の違いを利用し、物質を分離する手法が『蒸留』です!!」


 ぜーはーぜーはー……


 私も、陛下もフェッテン殿下も宰相様も医療ギルドマスターも、みんなぐったりしていた。

 冒険者と建築のギルマスさんは、ハナからあきらめて蒸留酒飲んでた。


「あと、温度計を作るのに使う水銀ですが、くれぐれも目や口に入れないよう、職人さんたちにお伝えください。あれは猛毒ですので」


「なに!? 水銀は薬ではないのか!?」


「あー……も、もしかして、王妃殿下は白粉(おしろい)をお使いになっておられますか?」


 我が家は常在戦場が家訓なので、ママンがお化粧らしいお化粧をしているところは、それこそ陛下との謁見の時以外は見たことがなかったのだが……、


「うむ。それがどうしたのじゃ?」


 あ~……白粉禁止で女性の健康促進チートのお時間かぁ~……。


「まず肌が黒くなるのは主に日焼けが原因です。日焼け防止のために帽子や日傘を使えば、かなり抑えられるでしょう。次に水銀を含む白粉は中毒を起こす危険がございますので、代わりに酸化チタンで作ったファンデーションを――」


「な、なんじゃっ、また何か始まるのか!?」



    ◇  ◆  ◇  ◆



「……それで、何の話でしたっけ」


「美味い蒸留酒の作り方じゃろう?」


「そうでしたそうでした! それでしたら、ちょっと時間はかかるかもしれませんが、蒸留器の試作品を献上致し――――……じゃなくて!! 『清潔』と『消毒』で病魔を追い出そうって話ですよ!」


 思わず出てしまった私のノリ突っ込みに、陛下・フェッテン殿下・宰相様以外の皆さまドン引き。


「……た、大変失礼致しました!」


 慌てて深くカーテシーし、首を垂れる。

 私が勇者であることを、この場の皆は知らないんだ。


「あっはっはっ! よいよい! そなたには息子を2度も救ってもらったのじゃ。この通り叡智にもあふれておるし、竜をも屠る力を持っていると聞く。儂の娘にしたいくらいじゃ」


 先日も言ってましたよね、それ。


「あ、あはは……恐れ多いことでございます」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 座り直して授業再開。


「消毒の話のあとに言うのもなんなのですが……破傷風にせよ他の病にせよ、極めて初期段階であれば、初級の治癒魔法でも細菌を退治することができます。重度化して体中に蔓延してしまうと、上級魔法【エクストラ・ヒール】でなければ効果がありませんが。

 なので私が思う理想は、王国民全員が初級治癒魔法を使えるようになり、ちょっとした怪我をした時や、寝る前に治癒魔法がかけられるようになった社会になることです。1日1回かけていれば、病気になることもないでしょう」


「は、ははは……なんとも壮大な話じゃが、現に魔法教本が1万ゼニスで購入できるようになったのじゃ。夢物語ではないな。それもこれもアリスのおかげじゃ。

 では、次は水車の『べありんぐ』とやらと、『たがいにそ』について教えてくれ」


「――ははっ!

 ではまず『軸受ベアリング』についてから。物体の上で別の物体を動かそうとすると『摩擦』が発生します。接地面が多ければ多いほど摩擦は強くなるわけで、それだけ早く水車の軸も摩耗するわけです。そこで、軸を軸受で包み込むことで摩擦を減らし――」


 云々。

 今度は建築ギルドマスターが知恵熱を出す番になった。






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追記回数:4,649回  通算年数:414年  レベル:600


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次回、アリスの所持金がカンストします。

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