27(閑話) 「うちの娘がおかしい件」
ジークフリート・フォン・ロンダキルアだ。
自分で言うのもなんだが、
物心つく前から、親から与えられたオモチャの剣を振り回し、物心ついた頃からは乳母の目を盗んでは家を抜け出し、領軍の訓練場での片隅で、当時10歳そこらだった従士見習いのバルトルトと剣を交わしたもんだった。
剣を握れば、どのように振ればいいのかが自然と分かった。
どのように攻め、どのように
5歳の頃にはちんたらやってる軍人どもに剣の振り方をアドバイスできるようになったし、10歳の頃には従士長以下従士全員に模擬戦で勝利し、練兵を指揮するようになった。
領軍の誰もが俺を称え、指導を仰ぎ、神童だ天才だと持ち上げた。
……まぁ正直、天狗になってたんだよなぁ。
年の離れた兄貴からはしょっちゅう嫌味を言われた。
まぁ、今となっては気持ちは分かる。家督を継ぐべき、本来領軍を率いるべき自分を差し置いて、全ての軍人から慕われ、もてはやされる弟。
そりゃ、いい気はしないだろう。
けど当時の俺には分からなかった。兄貴はただただ嫌なことばかり言ってくる嫌なやつだった。
そして親父も、いくら俺が抗議しても兄貴の肩ばかり持つ、嫌なやつだった。
軍人ってのは基本、強いやつが好きだ。自分の命を預ける指揮官とするなら特に。だから、兄貴じゃなくて俺が家を継ぐべきだって声は少なくなかった。
そういう話が出るたびに、『俺ぁそんな面倒事はごめんだ』って断ったもんだが、正直嫌な気分じゃなかった。
つっても家を継ぐ気は本当になかったんだぜ?
貴族の面倒なしきたりなんて糞食らえだし、俺ぁ自分で言うのもなんだが頭が悪い。貴族としての職務を果たすなら兄貴の方がずっと向いてると、本心から思っていた。
十代も半ばになるとその辺の機微が分かってきて、親父と兄貴が俺を疎んじる理由――俺がいかに不和の元となっていて、お家騒動のタネをばら撒く存在なのかってことに気づいた。
けど、遅すぎたんだよなぁ……。
俺ぁ必死に説明したさ。『家を継ぐ気はない』『頭が悪い俺より、兄貴の方が貴族に向いてる』って。
親父は安心してくれたみたいだったが、兄貴は信じてくれなかった。
だから、兄貴の元に長男が生まれた年に家を飛び出した。兄貴の予備として飼い殺されるなんてまっぴらごめんだったからな。
15歳の時だった。
ま、飛び出したといいつつ俺の計画は筒抜けで、夜中に屋敷を出ようとしたところで、金貨袋を持ったバルトルトに呼び止めらえたんだけどな!
この金貨袋とバルトルトが、親父から俺に対する手切れ金ってことだった。
お家騒動に巻き込まれたバルトルトが一番の被害者なわけだが、バルトルト自身も親父から結構な額を受け取ったらしく、『早く冒険者登録しようぜ』ってノリノリだったのをよく覚えている。
冒険者時代は楽しかった!
何にも縛られない、誰からも嫌味を言われない自由な旅だ。
そりゃ野宿は大変だし命の危険もあるが、当時の俺はすでに【闘気】持ちだったし簡単な生活魔法も使えたから、他の冒険者に比べりゃずっと楽だった。
俺の剣は魔物にも通用して、俺はあっという間にひと財産を築いた。手切れ金はギルド経由で送り返してやったさ。
本当に楽しい時間だった。
マリアにも出会えたしな!
だがそんな日々は、急に終わりを告げる。
ロンダキルア領城塞都市に来ていた時に、はぐれの
それで、国王陛下に呼び出されて叙勲。
男爵位と領地を押しつけられそうになったんだが、領地経営なんて俺にできるわけがねぇよ!
すったもんだの結果、領地なしで最低位の騎士爵になった。
で、法衣貴族がなんの職務もこなさないわけにゃいかないし、今度また
ま、王国一のSランク冒険者パーティーを遊ばせておくわけにはいかなかったんだろう……全ては国王陛下の思い描いた通りってわけだ。
人族で最も強い俺。
そんな俺の根幹を覆すやつが現れた。
そう。
俺の娘、アリスだ。
娘はおかしい。
何もかもが予想外で規格外で奇想天外な、数百飛んで4歳児。
◇ ◆ ◇ ◆
娘のおかしい点その1、学習能力。
最初に違和感を感じたのは、アリスが生まれて1ヵ月ほどたった頃だったか。
アリスをあやしているマリアと会話していると、よくアリスと目が合うんだ。
まぁそれくらいは別に普通のことなんだろうが、会話の端々でアリスが『なるほどー』とか『そうなのかー』とか言い出しそうな表情をするんだな。
この子は、俺たちの会話を聞いている。
そして、もしかするとその内容を理解しているのかもしれない。
そしてこれは後日聞いたことだが、事実アリスは言葉を理解していたそうだ。女神様が夢に出てきて言葉と知識を授けてくれたんだとか。
ってことは、俺とマリアのあんな話やこんな話が全部筒抜けだったってことじゃねぇか!
うひー……。
ただ、読み書きと計算と魔法は自力で本から学んだとのこと。
規格外の学習能力であることには違いないわな。
◇ ◆ ◇ ◆
娘のおかしい点その2、魔法。
まぁ今となっちゃあいつが女神様から【勇者】の力を授かってるって知ってるけどよ、王国のどこに、【ウォーターボール】や【ファイヤーボール】のお手玉をする1歳児がいると思うよ?
2歳からは【飛翔】で好き勝手飛び回るし……。
4歳で【鑑定】を使われた時も驚いたな。だってLV8だぞ、8!
叙勲される際、宮廷魔法使いの【鑑定】持ちに犯罪歴を調べられたんだが、その時に『しっかり隠蔽設定をして頂ければ、ステータスとスキルは見えませんのでご安心を』と言われた。
しかし、アリスはそれを打ち破ってきた。つまり、宮廷魔法使いで【鑑定】が得意なやつですらLV7以下。
恐らく、王国にLV8持ちはアリスしかいない。
そして農村におもむき、次々と飛び出す切断機能つき【アイテムボックス】、【瞬間移動】、そして【極大落雷】魔法……。
そのころにはもう、俺もマリアも気づいていた。
あぁ……俺たちの娘は、魔王と戦う運命なんだって。
◇ ◆ ◇ ◆
娘のおかしい点その3。
女神様から授けられたとかいう叡智の数々。
アリスが3歳になるころから、あいつの言動には振り回されっぱなしだ。
まず、九九。
あれで商家の計算係が何人も職を失ったと商人ギルドから嘆願があった。全員、砦の運営職や使用人として雇い入れたが、当初は資金繰りがキツかったな。
それが今や、アリスのおかげで農業が改善・拡大し、アリスが放出した魔の森の魔物100体が街中を潤して大わらわ。計算係の手が足りないくらいだ。
アリスからは、さらなる新産業をいくつも用意していると聞いている。まったく末恐ろしい。
次に、
あれはヤバい。本当にヤバいんだ。
まず大前提として、貴族はすべからく騎士だ。いざ魔物や盗賊団が襲いかかってくれば、自ら馬に乗り、前線で指揮を執るのは当然のこと。
自領の民と財産を守る力を持つからこそ、貴族は民を従え、税を集める権限を持つ。
騎兵は強い。歩兵に比べて圧倒的に強い。速さと高さが段違いだからな。
しかし、騎兵は育てるのが大変だ。
まず馬。騎兵戦に耐え得る屈強な軍馬を育てるのは非常に手間と金がかかる。
そして人。馬上で姿勢を保ち、突撃し、攻撃するというのは非常に難しい。それこそ、幼少から毎日乗馬の訓練を積むことができる家――つまり貴族家でしか育てることができないわけだ。
だからこそ逆に、貴族は騎士であり、馬に乗る財と権限を持つ。
だが、ここに登場したのが鐙だ。
鐙は問題の1つを解決してしまった――騎手の育て難さという問題を。
鐙があれば、極めて短期間で騎手を量産できるだろう。
騎兵の量産で戦争は変わる。先の大戦よりもずっとずっと有利に戦えるはずだ。
だが負の面もある。
まず、鐙なしじゃ馬に乗れない軟弱な貴族が増えるだろう。訓練期間が短くなり、鍛錬の足りない貴族家子弟が増えるだろうな。
次に、『貴族は騎士であり、馬に乗る』のなら、『馬に乗れる自分は騎士になれるのでは? 貴族になれるのでは?』と言い出す平民が出てくる可能性がある。
これがヤバいんだ。王政を揺るがしかねない。
鐙を広めるのと同時に、『騎兵は騎士、騎兵は貴族』の図式を変えなきゃならない。
とはいえ、
そして、同じ発明を魔族側が行っていないとも限らない。
続いて、『紙』と『活版印刷』。
アリスが魔の森で試作してるところを見ていたが、あれもヤバい。ヤバいのばっかだな!
だって本を安価に量産できるんだぞ!?
俺は実家の書斎を自由に使えたから魔法やその他の知識習得には苦労しなかったが、バルトルトもマリアも、俺とパーティーを組むまで魔法教本を見たことすらなかった。
人族全員が多かれ少なかれ魔法を使えるようになれば、王国の風景は一変するだろう……良くも悪くも。
ま、俺としてはこの街の治安維持に努めるだけだ。
アリスは『城塞都市をモデルケースとし、魔法前提社会のスキームを作るのです』とかなんとか小難しいことを言ってたけど、はっきり言って意味が分からなかったな。
あとは『コンクリート』とか『方位磁石』とか『顕微鏡』? とかはまぁ、便利だがヤバくはないな。
『火薬』は便利そうだが、魔石に火と風と土の魔法を【
……あ、『蒸留酒』! あれもヤバい。めちゃくちゃ酔うしクセになるから。
とまぁ見方によっちゃ、アリスは王国の秩序を揺るがす反逆者だ。
ただ本人はそこまで思い至っていないのか、のほほんとしている。精神年齢は数百年にもなるってのに、どうしてこう子供っぽさが抜けないのか……。
まぁアリスの目的はあくまで、来たる魔王国との戦争に向けての富国強兵。国民ひとりひとりの地力向上だ。アリスが【勇者】であることと、魔王復活が近いことをお伝えすれば、国王陛下もご納得くださるだろう。
問題は、うちの困った親父がどう動くかなんだよなぁ……。
◇ ◆ ◇ ◆
娘のおかしい点その4。
根気と、それに伴う戦闘力。
とにかく根気がすごい。
特訓開始初日に【片手剣術】LV1止まりだったアリスの、『才能がないなら、スキルが伸びるまで剣を振り続ければいいじゃない』という信じがたい発想と、実際にそれを数百年間やり続けた凄まじい根気。
正直、アリスが自分の娘でなければ、そして魔王復活のことがなければ、俺は最初の数十年で投げ出していただろう。
それだけやっても【片手剣術】LV6止まりってのには笑ってしまったが。
そして、忘れもしない模擬戦だ。あの時の一挙手一投足は全て、まざまざと思い出せる。
なんたって、10歳からこの方ずっと無敗だった俺が、負けたんだから。
10歳の頃から持ち続けてきた俺の根幹は、そりゃあもうポッキリと折れたね。
だって手加減されつつ一太刀入れられたんだぜ?
あいつが本気になりゃ、勝負開始と同時に【首狩りアイテムボックス】で一発だ。
他にも自身を結界で守って【極大落雷】魔法をぶっ放したり、辺り一面火の海にしてもいい。俺だって防護結界は使えるようになったが、あいつの膨大な魔力で力押しされれば、最後にはこっちが負けるだろう。
けどその方法じゃ人死にが出るから、穏便な方法に終始した。
なのに、俺は負けた。
とはいえ負けっぱなしでいるつもりはないぞ!
根気こそアリスに劣るかもしれんが、負けん気の強さなら誰にも負けん!
可愛い我が子が庭でフェンリルたちと
なぁに、俺が外時間で数分くらい席を外したところで、バルトルトがなんとかしてくれるさ。
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次回、アリスが犬吸い。
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