15(401歳)「地上げ屋ごっこと商人ごっこ」
ロンダキルア領城塞都市は、入口から砦へ伸びる中央通りと、中央広場を中心として放射線状に伸びる大通り、そして大通り同士をつなぐ、大樹の年輪のような小通りからなる。
中央広場に面する、教会兼孤児院兼治療院。
庭にテントが立ち並び、いたるところで子供が駆け回るカオスな状態になっている教会の、その左隣は冒険者ギルド、右隣は商人ギルドだ。まぁ、中央広場には重要施設が集まってるので、当然の配置ではある。
そして、教会の裏手には、こじんまりとした工房兼商店。
シスター長さんに大見得を切ったものの、孤児たちの寝床を拡張するためには、教会をみっちり囲んでいるこれら建造物のいずれかを動かさなきゃならない。
引っ越し作業そのものは、私の【アイテムボックス】を使えば井戸ごと引っ越すのも全然可能だ。
ちなみにこの街に上水道はあるが、下水道はない。上水道と言っても川の水を街の随所に引いているだけで、それが台所の蛇口につながるほど文明が進んでいるわけではない。人々は井戸か上水道から水を汲んできて使っている。
なので【アイテムボックス】による引越しの際に排水管なんかを気にする必要はない。
当然、両ギルドに『立ち退け』とは言いづらいというか言えっこないわけで……とりま、教会裏手の工房兼商店に潜入調査してみよう。
「こんにちはぁ」
「いらっしゃいませ!」
店のカウンターに座る若い女性が挨拶してくれた。
店内に並べられているのは、
「焼き物屋さんかぁ」
色とりどりのカップや皿。
私も【土魔法】でしょっちゅう容器を作るけど、いかんせんセンスというものがなく、無味乾燥な『ただ物を入れるだけの器』になりがちなんだよね。
それに比べて、ここに並んでいる焼き物の、なんと色とりどりで可愛らしいこと! いやぁ、センスってのはこういうもののことを言うんだなぁ。
なんというか、ここ数百年続いた野性味の強い生活で失われていた人間性が、じわじわ回復しているような気がするよ!
「あ、これ可愛い」
猫足のティーカップで、ご丁寧に黒猫が描かれている。
でもそれだけに、磁器の白さが足りてないのが逆に際立つなぁ……もったいない。
「あ、分かります? それ、父と母の自信作なんですよ!」
店員さんが話しかけてきた。
どうやら家族経営の店らしいね。
「猫足で、猫の絵なんですね」
「そうなんですよ! 茶目っ
「ですねぇ。お値段は……おぉ、5万ゼニスかぁ」
結構するな! ヒラ軍人の月給4分の1!
まぁ、貴族が溢れる王都でもなし、野性味の強いこの街では需要も低かろうしなぁ……。
「これ買います」
「えぇっ!? 言っちゃなんですけど、5万ゼニスもするんですよ!?」
「お金はあります!」
何度目だよこのセリフ。
◇ ◆ ◇ ◆
立ち退き交渉のつもりが、普通にティーカップ買って出てきてしまった。
……い、言えない。あんな素敵お店に、『孤児院を拡張したいからどっか行ってくれ』とは、とても。
どぉ~すっかなぁ……。飛び地に増設ってのは避けたいし……いやそもそもこの近所に空き地ってあるのか?
そんなことを考えながら中央通りを漂っていると、
『土地売ります。廃屋の解体は購入者にてお願いします。詳細は商人ギルド窓口へ』
「あったぁ~~~~ッ!!」
中央広場から1ブロック先の交差点。火事でボロボロになった建物の前に、看板が立てられていた。
あぁー……そういえば、私が森籠りしてる間に中央通りでボヤ騒ぎがあったって、パパンが言ってたな。
宿屋? メシ屋? もはや何屋か分からないけど、ここの持ち主は再建を諦めて土地を売ることにしたらしい。
まぁ中央通り沿いの一等地だ。その判断もアリなんだろう。
なんにせよ私にとっては渡りに船!
あの焼き物屋さんの土地より広いし、人通りも多い。もしかしたら土地の交換交渉に応じてもらえるかもしれない。
無理だったとしても、ここは教会の近所だ。ここに孤児院別棟を立てればいい。
ということでさっそく、『商人ギルド』へ
◇ ◆ ◇ ◆
商人ギルドは冒険者ギルドと同じく、中央広場にある。というか重要施設は基本ここに集まってる。大衆浴場なんかもここにある。
「た~のも~う!!」
言いつつ背を伸ばして商人ギルドのドアを開く。
――からんからん
ドアベルが鳴るが、冒険者ギルドの時のように剣呑な視線を向けられることはなく、代わりに『なぜに幼児が?』って感じで遠慮がちに見られる。誰かが絡んでくることもない。
さすがに冒険者ギルドとは雰囲気が違うね!
受付までゆっくり【飛翔】し、
「すみませーん」
「は、はい! なんでございましょうか?」
新人っぽい感じの受付嬢さんが、【飛翔】に対してなのか幼児が商人ギルドに入ってきたことに対してなのかは分からないけど、ビビり気味に応対してくれる。
「買いたい土地があるんですけど……」
「……は、はい? 何を買いたいと仰いました?」
「土地を」
「土地ぃっ!?」
新人受付嬢さんの絶叫に、ギルド内全員の視線が集まる!
「……なんです騒々しい、トラブルですか?」
2階から、恰幅のいいギルド服のおじさんが下りてきた。
なんか既視感のある展開だな!
「へあ、す、すみませんギルドマスター!」
平謝りの受付嬢さん。なんだか悪いことしちゃったなぁ再び。
「こちらのお子さんが、土地を買いたいなんて言ったものですから……」
「ん……? あぁ! あなたは従士長様のとこの!」
「父をご存じなんですか?」
「それはもう。小麦、馬鈴薯、塩、石材、鉄、なめし革……従士長様は我々商人にとって一番のお得意様ですから」
そりゃそっか。
魔王国領から王国を守るのが砦の役目。
砦のサポートをするのが城塞都市の役目。
つまりパパンは城塞都市経済の中心ってわけだ。
◇ ◆ ◇ ◆
『立ち話もなんですので』ってことでギルドマスターの部屋へお呼ばれした。美味しい紅茶をごちそうになる。
美味しいお茶があると、甘いものが欲しくなるなぁ……。
「私、【アイテムボックス】が使えるんですけど、お茶請け出してもいいですか?」
我ながらやりたい放題だな!
「へ? え、ええ、どうぞ」
「それでは失礼して――」
まずは【土魔法】で大皿と小皿を作り、大皿の上にパンケーキを載せる。続いてベヒーモス・バターを乗せ、【火魔法】で軽く加熱。最後にデスキラービーからせしめた蜂蜜をかけて完成!
【土魔法】でナイフとフォークを生成し、切り分けて小皿へ。
「な、ななな……」
しまった、魔法で驚かせちゃったかな?
「なんという自然な甘い匂いと、濃厚かつ芳醇なバターの香り! それにその透き通った蜂蜜はいったい!?」
あ~、そっちかぁ!
「ふっふっふっ……どれも自信作なんですが、どれから聞きたいですか? あ、よかったらひと切れどうぞ」
「う、うまい!!」
◇ ◆ ◇ ◆
「は、はぁ!? 1匹でも街を滅ぼしかねないというあの、デスキラービーの巣からとってきた蜂蜜!?
べ、べべべベヒーモスから乳を搾ったぁ!?
お、おおぉ……テンサイ砂糖は辺境伯領都まで行けば相応の量が出回っていますが、それにしてもこの白さはいったい……。この酒も、なんと透き通った……」
結局、結構な量のテンサイ砂糖、テンサイ酒(トニさんから数百樽ほどもらってる。『お嬢様はまだ飲まないでくださいね』という忠告つきで)、ベヒーモス・バター、デスキラービー蜂蜜を売ることになった。
そんで500万ゼニスもらった。
「それでアリス様、何の話でしたっけ?」
私の出す商品の価値か、もしくはそれを造る私の商品価値を見定めたのか、いつの間にか『様』呼びになってた。
「はい! 私がかねてより構想している、【テイム】魔法を駆使した魔の森における蜂蜜量産体制のお話……じゃなくて! 土地を買いに来たんです!」
「そういえばそんな話でしたな! お金は……今渡したところでしたな」
「あはは……それで、今売り出し中の、中央通りの交差点にある――」
「あぁ、あの一等地の! いやしかし、ちょっとタイミングが悪かったですな……実は昨日、その土地を買いたいという方からのアポを頂いたのですよ。その詳しい商談をこのあと――おや、もうすぐいらっしゃる時間だ」
な、なんと!
「そこをなんとか!」
「いやぁ、そう言われましても……こういうものは早い者勝ちですし、まぁ強いて言うなら……」
商人ギルドマスターさんの目がギラリと光る。
「当ギルドと致しましては、より高値で買ってくださる方にお売り致しますよ?」
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追記回数:4,649回 通算年数:401年 レベル:600
次回、活版印刷チート発動!
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