2(1歳)「脱糞交渉人の魔法修行」

 1ヵ月が過ぎ、視界もやや安定してきた。ハイハイどころか寝返りも満足にはできないので、自分の顔かたちは分からない。早く鏡が見たい……。

 けど幸いにして、父親は20代半ばのダンディな感じで、母親は20代前半くらい? で優しい顔立ちの美人さんだった。これは自分の将来にも期待が持てるというもの。


 両親とも積極的に話しかけてくれた。

 そして、さすがは赤子の頭脳。言葉を覚えるのが早いのなんの。

 生後1ヵ月にして両親の会話の何割かが理解できるようになった!

 さすが赤ちゃん脳。さすあか!

 気がつくと、ステータス欄には【アフレガルド王国語】LV1の文字が。


 私はアリスと名付けられた――おしいっ、『リ』と『ル』違い!

 ダンディなパパンの名前はジークフリート。名前からして強そう。

 そして優しいママンの名前がマリア。名前からして優しそう。


 私はどうも第一子らしい。

 こういう世界観では長男不在の女児誕生ってのは嫌がられるもんだと思うのだけれど、パパンとママンは私に愛情を注いでくれている。

 きっといい人たちなんだね、うれしいうれしい……。


 赤子の身ではできることが少ないので、スキル探しに勤しむ。

 この世界では何か行為をしたり体験するとそれに見合うスキルが身につき、反復や訓練によってそのスキルが伸びる。

 試しに素数を数えてみたり、2・4・8・16……と倍々計算をしてみたら、【算術】スキルが手に入ったので、今はそれを育てている。


 そういえば、いつの間にか【時空魔法】を覚えてた。しかもLV10。

【ふっかつのじゅもん】も時空を自在に操る魔法だもの。あれだけ連発すれば【時空魔法】も覚えるか。

 で、称号に【期間限定時空神】と【亜神】が増えていた。女神様も、「あなたの生涯に限り、あなたは時空神を超えます」って言ってた。

 スキルウィンドウの【時空魔法】部分を注視してみると、『全ての時空魔法が使える。また、新たな時空魔法を創造できる』との説明が表示される。


 魔法創造とかチョー胸躍るんですけど!

 だが肝心の、魔力の操り方とか込め方とかが分からない。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 半年が過ぎ、生後7ヵ月。

 ハイハイはまだできないが、はいずりながら動けるようになった。


 乳母さんもいるが、ママンは自ら積極的に授乳や抱っこをしてくれる。

 まぁパパンは辺境伯様の次男以降っぽいし、長男が爵位を継いだ後はパパンは平民に下ることとなる。今のうちから平民っぽい生活をするのも悪くないのかもね。


 私が好奇心旺盛なのを分かっているからか、ママンは私を抱っこしていろんな部屋や庭や、時には家の周辺を見せてくれる。


 ――この家、なんと砦だった! 人族最前線たる城塞都市の、さらに最前線たる砦の中に設けられた居住区。

 そこで、我が家はわずかばかりの使用人さんたちとともに暮らしていた。

 高い壁で囲われた砦の中には普通に訓練場なんかもあり、廊下を歩けば屈強な軍人さんとすれ違ったりもする。

 食堂はでっかいのが1つしかなく、パパンとママンは他の兵士さんたちに混じってメシを食ってるっぽい。常在戦場かよ! あ、戦場だったわここ。

 あと、家族用のお風呂があったのは元日本人としてはありがたかった。


 砦の外は街になっていて、砦を出てすぐ正面が中央通りのようで、めっちゃ賑わってた。屈強な軍人さんたちが行き交い、それを目当てにした商店なんかが立ち並んでるようだ。


 あと、砦を守るように、万里の長城ばりの果てしない壁がそびえ立ってた。壁の向こうは実質、人族が立ち入れない領域というわけだ。こんなところに居を構えるなんて、パパンとママンは血気盛んだねぇ……。


 ちなみに、人族以外の種族も結構見かける。

 軍人さんの中には犬耳猫耳の人もいるし、訓練場でド派手な魔法を放つ人は耳が尖ってたからエルフかな? 

 武器庫の隣の作業場でちょっとした武具の修理や調整を行ってる人はヒゲモジャで背が低い、いかにもドワーフ然とした人だった。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 日課のお散歩。今日、ママンが連れて行ってくれたのは書斎っぽい部屋だった。

 ――この時を待っていた!!


「あうあう、あー!」


 降ろせ降ろせと身をよじり、降ろしてもらうや否や本棚へ突撃!

 魔法関連っぽい背表紙に当りをつけて引っこ抜く。


「こーらっ、アリス、それはおもちゃじゃないのよ?」


 優しく諭されるが、これだけは絶対に譲れない。

 私は早々に魔法を覚える必要があるのだ。魔王討伐という使命のために!


 そこから始まる、泣くわわめくわ引っ張るわウンチするわの全力交渉!

 ついにはママンも折れてくれて、本を持ち帰ることに成功した。

 脱糞交渉は威力絶大だった……。


 スキルウィンドウには称号【脱糞交渉人】とスキル【交渉】LV1、スキル【整腸】LV1が追加されていた。

 生理現象をある程度調整できるのって、戦場ではかなり有効なんじゃない!?

 特殊部隊のスナイパーとか、射撃体勢のまま垂れ流しって話だし……。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 ビンゴ! 持ち帰った戦利品は魔法の教本っぽいものだった!

 文字はまだ読めない。でもアルファベットに似てるな。

 読めないながらも、まずは眺めてみる。読んでいくうちに、「魔法」を意味する単語や「てにをは」が判別できるようになった。


【アフレガルド王国語】はLV2になっていた。

 このスキルを意識しながら読み進めると、さらにいくつか頻出単語の意味が分かるようになってきた。

 分からないながらも通読し終えた頃には【アフレガルド王国語】LV3になっていた。LV3といえば一人前。もう一度最初から読んでみると――おおっ、読める読める! さすが赤ちゃんの頭脳は超優秀! さすあか!


 その日からは、大人たちの目を盗んで魔法の鍛錬と発声練習に明け暮れた。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 生後8ヵ月にしてこの国の言葉を喋れるようになった! 天才! さすあか!

 まだまだろれつは怪しいが、これで呪文が詠唱できる。


 魔法の属性は地水火風の4大属性と、光と闇、時空と無属性の8種類。

 氷の魔法は水属性扱い。雷は水と風の複合。エルフがよく使うイメージの、草木を操るやつは地と水の複合。

 無属性魔法は分類しきれない雑多な魔法の集まりで、『その他』って感じだ。例えばおなじみ【鑑定】がこれに含まれる。


 難易度の区切りで、初級・中級・上級・聖級・神級の5段階。

 必要なスキルレベルはおおむね初級でLV1~2、中級でLV3~4、上級でLV5~6、聖級でLV7~8、神級でLV9~10。

 教本に書かれていたのは上級までで、聖級を覚えたければ魔法を研究している大学へ行けと書いていた。神級は神々や精霊、勇者、聖女等の選ばれし者にしか使えない、とも書いていた。


 魔法の発動方法はいろいろあるらしい。

 魔法陣とか、儀式とか、歌とか踊りとか……でも一番手軽でポピュラーなのが呪文の詠唱だ。黄昏よりも暗き存在もの、血の流れよりも赤き存在もの……ってやつだね! ワクワクしてきた!


 魔法を使うにはまず、体内の魔力――つまりMP――を練る必要があって、魔力は人体の中心、へその下当りにある魔力袋から湧き出る……丹田ってやつだな。

 教本にある通り、ベッドの上で座って目を閉じ、呼吸を整えて瞑想っぽいことをしてみると、確かにへその下当りから何やらじんわりと湧き出てくる感覚が。これが魔力か。

 次に、その魔力を少量、右手の指先へ移動するようにイメージする。

 おっ、来た来た。

 そこですかさず詠唱!


「きよきながれにたゆたうみずよ、わがまえにすがたをあらわせ――【ウォーターボール】!」


 指先に拳くらいの水の塊が出現!

 数秒その場に浮いていたが、ばしゃーっと落ちてしまった。ありゃりゃ、ベッドが……ごめん、メイドさん。


 ステータスウィンドウを確認すると、【水魔法】LV1が増えてた。あとMPが2減ってた。

 確か生まれたての時が最大MP5だったから、3発目を打とうとしたら失敗して気絶か。私はチートでいきなり1億まで育てたけど、普通の人がMPを育てるのは大変そうだ。


 呪文の詠唱は、先人たちが積み上げてきた、『こう唱えれば、最も上手く、効率よく現象をイメージできる』ものだと教本にはあった。

 イメージがしっかりとできているなら、詠唱の文言を縮める『短縮詠唱』、魔法名だけを唱える『省略詠唱』、魔法名も言わない『無詠唱』でも魔法を発現させられるのだそうだ。


 ただし、治癒魔法だけは完全詠唱せよ、とあった。怪我や病気が治る過程を完璧にイメージできるようになるまでは短縮も省略も無詠唱も禁ずる、と。

 口には出さずに脳内で詠唱する『裏詠唱』は可、ともあった。


 よぉぉぅっし。

 ゲームの美麗なCGで鍛えに鍛えた日本人のイメージ力を舐めるなよ!?


 まずは省略詠唱―― 


「【ウォーターボール】!」


 出た。ふふん、どんなもんだい!

 で、今度は水が指先に留まるよう意識する。数十秒ほどして、集中力が切れかかった瞬間、ばしゃーっと落ちた。

 ……ごめん、メイドさん。


 ステータスを確認すると、今の1回分だけでMPが10減ってた。ふむ。維持するだけでも徐々に消耗するんだね。


 続いて無詠唱!


「――むんっ!」


 出た出た! やったぜ!

 これ以上メイドさんを悲しませるのもアレなので、出した水塊は口の中に収めた。これでお腹を壊したりしなければ、旅の道中で水に困ることはなくなるな。


 ちなみに、『省略詠唱』や『無詠唱』を広めたのは100年前の勇者一行だと教本にはあった。そしてその話は、女神様からも聞いていた。


 人族の負けが込む中、『発想の転換が必要なのでは?』と考えた女神様が、地球から頭が柔らかそうかつちょうど事故死した少年の魂を転生させたとのこと。『イメージ力が大事』云々ってのは先代勇者様が持ち込んだんだね。

【ふっかつのじゅもん】も、先代勇者様の『リセットボタンがあればいいのに』って言葉から着想を得たのだと女神様が言ってた。


 アフレガルド王国といいロンダキルア辺境伯領といい、先代勇者様は絶対ド○クエやF○の世代だわ。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 翌朝、お腹は壊してなかった。実質無限で無料の水道ゲットだぜ!

 ベッドがびっしょびしょになっていて、なのにおしっこ臭くなかったので、メイドさんが首をかしげていた。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 さらに1ヶ月後。


 ――ついに念願の風魔法【浮遊】をゲットした! まだLV1なので浮けないが、体が軽くなり、ハイハイで家中を歩き回れるようになった。

 そしてついに、両親の寝室で姿見を発見! やっと自分の顔が見れる!



 …………――――――天使おるっっっっっっっっっ!



 産毛から生え変わった髪はだいぶ生えそろっており、窓からの光を受けてキラキラと金色に輝いている。青色のおめめは吸い込まれそうなほど美しく、綺麗な二重まぶたでパッチリと可愛らしい。


 完璧な金・髪・碧・眼!


 鼻筋も赤ちゃんながらすっと通っていて、パパンの精悍さとママンの美しさを余すところなく注ぎ込んだような見事な出来栄え!

 え……生後8ヵ月でこれってやばくない? やばたにえんのお茶漬け海苔だよ!


 いやぁ、こりゃまさしく『強くてニューゲーム』ですわ。ふわはははは、天下盗ったるで!

 生まれは平民で勇者だけど、魔王討伐のあかつきには褒美として名誉爵位でももらっちゃって、白馬の王子様とかにもらってもらえるんじゃないかしら。


 前世じゃ生粋の喪女だっただけに、これはうれしいうれしい。

 いや、けっして顔が悪いわけではなかったんだけど、とにかく地味でコミュ障がひっどくて……。

 まぁゲームと執筆に全リソースを注ぎ込んだ学生時代は楽しくて、別に不幸だとは思っていなかったけどね! ……ま、負け惜しみじゃないぞ!?



    ◇  ◆  ◇  ◆



 その後約半年で、本に載っている初級魔法を全てマスター!


 ベッドに座り、4大属性の初級魔法○○ボール(水の塊ウォーターボール、炎の塊ファイヤーボール、風の塊ウィンドボール、岩の塊アースボール……これはもうただの岩だ)で【浮遊】によるお手玉をする私の姿をみて、ママンが失神した。


 光魔法の【治癒ヒール】をかけると飛び起き、「うちの子は神童なんだわ!」と大興奮。

 前世では親より先に死んでしまった親不孝者だったからね……今世では親孝行できるよう、がんばります。


 よろしくね、ママン。






****************************************************

追記回数:4,649回  通算年数:1年  レベル:1


次回、3歳になった主人公アリスがさっそく学問チートと軍事チートを発動させます!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る