DEATH GOD

誠 育

第1話DEATH GODの誕生

 DEATH GOD


 一、 DEATH GODの誕生


イギリスの田舎町、コッズウォルツにあるDEATH GOD専用の裁判所。毎夜の如く手配書に依り捕まった犯罪者の裁判が行われている。


「判決を言い渡す。被告は、善良な市民を大量虐殺した罪で、牛飼い座のアークトゥルスに、百年の強制労働に処す」

「うわー、やめろ!あそこだけは嫌だ!助けてくれ!」

 被告の後悔と言う名の泣き叫ぶ声が、この法廷中に響き渡っていたが、

「これにて閉廷」

 小槌が振り下ろされ結審した。


「また、また、やりましたね。これで貴方の懐には、一体いくらの報酬が入ってくるんですかね?」

「はははっ、いやいやほんの雀の涙さ」

「そうですかね?噂では、極悪非道の悪党を探し出して、狙い通りに報酬の高い場所に送って、それをごっそり持っていくって話があるんですがね?」

「それは噂だろ、俺はこう見えても優しんだよ、そんなことはしないさ」

「なら良いんですがね、極刑にされた罪人が、次の人生を買うための資金が足りなくて自ら強制労働の年数を増やすって聞いたもんですからね」

「そうなのかね?私は訊いた事がないね」

「私も貴方のようになりたいですな?」

「何を言ってるんですか、貴方にはかないませんよ。ほら先日も、エリダヌス座のアケルナルに送られた囚人が、刑期が終わって次の人生を決める際に、(俺の、次の人生は、真人間ににしてくれ)って言ったらしいじゃないですか?よっぽど辛かったんでしょうね!」

「あれはたまたまですよ。私の意図に反してああなっただけですから」

「まあいいでしょう、またいつかお会いしましょう」

 この場所でよく会う優秀なDEATH GODである。

 男はオペラハットを少し浮かせて挨拶をしローブを翻すと、歩く度に左肩を突き上げるようにしながら、夜の闇に消えて行った。

 

 彼はイングランド中部、川岸に建てられた美しい城、ウォリック城の城主、名門インノケンティウス家の末裔である。

 どうして彼が今の生業に就いたのかは不明である。

 なりたくてもなる事を許されない、ある意味、忌み嫌われた生業でもあるのだ。

 そう彼の生業は死神なのだ。一般には人を殺す恐ろしいイメージだが、生業としての死神は、人を殺すのではなく、人を殺した罪深き罪人を探し出し、それにより報酬と生きる為のエネルギーを頂戴しているという訳だ。

 生きる為のエネルギー、寿命を意味するヴィー( Vie )が多ければ、強く若々しく光り輝くように見えるのだが、ヴィーが低くなってくれば影を差し、その場所にいる事さえ気づかれなくなってしまう。足を踏まれ声を上げて、初めてそこにいる事を認識されるという始末。そしてヴィーが無くなれば、生きることも許されなくなる。だから絶えず罪人を探し続けなければならない。たまの休息など与えられはしない。

 名門インノケンティウス家の出である事は分かってはいるが、誰も彼の名前を知っているものはいない。黒のオペラハットと黒のローブをいつも身に纏っているのだが、その手にはいつも薔薇の花があった。そして、付いた異名が、薔薇の貴族である。


 インノケンティウス家は、絶大な権力と、軍備、財力を持ち、一族の繁栄を謳歌していた。

 インノケンティウス家の嫡男として生まれた彼は、名をブルーノと名づけられ、帝王学を叩き込まれていた。優秀であった彼は帝王学を学ぶことに関しては、何の苦労もしなかった。多くの時間を帝王学を学ぶ事に割いていたが、薔薇の花を愛でる事に、より多くの時間を費やした。


 ある年、疫病が流行した。その疫病の蔓延により、インノケンティウス家は没落してしまった。父、母、家族、また多くの民が倒れ、国そのものが消えてしまった。

 やがてはこの国を継ぎ、家族そして民と共に、この国の繁栄に力を尽くそうと考えていた矢先の出来事だった。彼は一瞬にして、家族、国、民、そして明るい未来さえも失ってしまった。国を治めるための帝王学は学んでいたが、生きる為の術は何一つ学んではいなかった。生き残った家族を、小さな田舎町カンタベリーに戻し、彼は流浪の(一民)となっていた。


 彼は生きながらえる事は出来たが、左足に麻痺が残ってしまっていた。その為歩く姿が少しだけ変わっていた。だが彼はその足で小魚を捕り、小動物を獲っていた。生きるために必死だった。そして、夢中のあまり崖から落ちてしまった。崖といってもたいした事のないものだったが、足を痛めてしまい木に登り果実をとる事さえできなくなってしまっていた。そして、飢えと闘いながらじっと傷の癒えるのを待っていた。

 喉の渇きは癒せても、空腹だけは癒やす事は出来なかった。もう5日も食べてはいないのだ。限界だった。    

 このままでは死んでしまうという恐怖が勝り、痛む体を引きずりながら、獲物を求めて

さまよった。そして、一軒の民家にたどり着き、干してあった肉を盗み、貪り食ってしまった。辺りには、赤ん坊の泣き声がしていたが人の気配はなかった。


 そして今日の住処となる場所を探し、壁に背をもたれ掛け、明日は何処に行こうなどと座って考えながら、ぼーっとしていた時だった。


「おい、ブルーノ」


 と呼ぶ声に驚き、彼は振り向いた。

 そこには黒いローブを纏い、金縁の眼鏡を掛けた、男が立っていた。 


「誰だお前は?どうして俺の名を知っているんだ?」

「俺か?俺はDEATH GODだ。通称死神さ」

「死神だと、ふざけるな!」

「違う、俺はDEATH GODだ」

「同じだろうが!誰でも彼でも殺すんだろうが」

「勘違いしないでくれよ、これでも俺はいい奴なんだ…」

「死神は死神さ、人の命を奪うのだから、同じじゃないか」

「DEATH GOD だ。確かに貰うよ、でも、貰うのは寿命を意味するヴィーなんだ。まあ、貰った時にはそいつはもう死んでしまうんだけどね」

「何がヴィーだ、ふざけたこと言うな」

「俺がヴィーを貰えば、確かに死んでしまう事になるが、貰う奴らは何人もの命を奪った悪党達さ。そして、次生まれてくる権利の代わりに、ちょいと働いてもらうという訳なんだ。キツイ仕事をね」

「そのお前が、俺に何の用だ」

「ほんの少し前まで腹を空かしていたようだけど今は大丈夫なのか」

「今は大丈夫さ」

「そうか、今日お前が盗んだ肉だが、あの家が裕福に見えたのか?あの狭い小屋に暮らしている家族の、大事な食糧だったんじゃないのか?」

「五月蠅い、俺はインノケンティウス家の」

「インノケンティウス家がどうした!今はインノケンティウス家など、ありゃしないじゃないか。家族はカンタベリーに戻り、今は一人きり、国も民もない、荒れ果てた荒野があるだけだ」

「…」

「あの肉が無くなり、食べるものが無くなってしまっていたら、あの家の家族はどうするんだ?そのせいで死んでしまったら…

 お前は、自分の1つの命の為に、7つの命を奪うことになるんだ。そういう罪を犯してしまったんだ、分かっているのか?」

「あの家族は死んでしまうのか?」

「それはもう、お前には関係ない」

「お前は7人の命を奪った罪人と同じなのだ」

「そうか…、俺はそのヴィーとやらを奪われて死んでしまうのか…。ふん、それならそれでかまいやしない。野山を駆けずり回って食料を探し回るのも疲れたし、いずれまた誰かの物を奪ってしまうだろう。やるなら早くやってくれ」

「ほう、潔いな。だが罪はまだ軽い、ヴィーを貰う迄ではないだろう。そこで、お前に提案があるのだが、聞いてみるか?」

「提案?提案とはどんなことだ」

「実はな、俺も昔家族を守るために罪を犯しDEATH GODに捕まってしまったんだ。本来ならばヴィーをを奪われ、何処かの星で強制労働のはずだった。だが、家族のために犯したという事で罪を軽減され、俺はDEATH GODになったと言う訳だ。

 俺はもう、この仕事を長くやりすぎたようだ。大抵の奴は助けてくれと泣き叫ぶ。しかし、殆どの奴は、自分の保身の為さ。自分のヴィーを奪われないようにするためだけに、その場しのぎの許しを請うんだ。哀れなものさ。どんなに哀願して涙を流そうが、そんな奴らの心は霞んでいて何も見えやしない。俺達は感情を抑えるように訓練されている。そうしないと嘘の涙に騙されてしまう事があるからな。

 だが、中には家族の為とは言え、本当に自分の犯した罪の許しを請い、残された家族を思い涙する者がいるんだ。自分がいなくなったら家族はどうなるんだ…とね。いくら訓練されている俺達だといっても、そんな者達の心の声を聴いていると心を動かされてしまう時がある。そんな者達の心には、家族を愛する思いが映し出されているんだ。

 それで、つい、これからは家族の為に真面目に生きろと諭して、見逃してやるんだ。そこまではいいのさ。その後、真面目に生きていても、俺以外の DEATH GOD に捕まりヴィーを奪われ強制労働に送られる。

 残された家族は…もう、わかるだろう」

「…」

「だから俺は、まだ軽い罪しか犯していない者だけを見付け、改心させ新たな人生を送らせるようにしたんだ。お陰で俺のヴィーはもう空っぽになってしまった。

 自分の犯した罪を悔いる事のない奴は、どんな目に逢おうと構わないが、真面目に生きようとしている者達はね…

 相手の心を映し出す鏡には、自分の罪を悔いて真面目に生きようとしながらも、他のDEATH GOD に見つかってしまった者達の、心の叫びが一時も消えることなく映し出されているんだ。

 正直…疲れたよ。

 最初は罪人、極悪人を捕まえてやるって意気込んでいたさ。それが段々と変わって来たんだ。悲しみ苦しみはいずれ癒えると思っていたが、実際には癒えるどころかどんどん溜まっていって、溢れ出しそうになっている。だから、もうこれで終わりにしたいんだ」

「…」

「お前の罪は軽い、だが他のDEATH GOD 達が見逃してくれるとは限らない。もしかすると、ヴィーを奪われ、強制労働させられるかもしれない。

 DEATH GOD の中には、変に正義感に目覚めてしまい、どんなに軽微な罪でも罪人は罪人だと、捕まえることに生きがいを見出しているものもいる。そんな奴に捕まったら、もう諦めるしかない。そうなったら、お前の家族はどうなるんだろうね?今のままじゃ、先は見えているがね」

「俺がDEATH GOD になったら、家族は生きていけるのか?」

「罪人を捕まえ、罪人の強制労働が決まればその分の報酬がもらえるのさ。だから、その報酬で家族は何不自由なく暮らしていけるのさ」

「俺は家族と一緒に暮らせるのか?」

「おおっと、言い忘れたが、お前がDEATH OD になった時点で、お前そのもの姿が家族の前からは消えてしまう事になる。だから、お前は二度と、家族に会いたくても会えなくなってしまう。お前の姿や声が家族には見えないし、聞こえもしない。だから、会えない。ただ、DEATH GODになれば家族は生きていける」

「…」

「さあ、どっちにするね?」

「…」

「お前は捕まり、ヴィーを奪われ、強制労働、そして家族を見殺しにする」

「もしくは、DEATH GOD になって罪人を捕まえていけば、家族は何不自由なく暮らしていける。分かり切った結論だと思うがね」

「…」

「ん!これは不味いぞ!他の DEATH GOD が近づいて来た。もう時間はないぞ、愚図愚図してると見つかる!早く結論を出せ!」

「…」

「早く!間もなく来る。3,2、1!」

「分かった、 DEATH GOD になる」

 

















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