Michia④
「あれ?」
水場から薬学室に戻る道中で俺はそれに気づいた。
「この廊下こんなに長かったっけ」
歩いても歩いても廊下の終着点が見えず遥か彼方続いている。一定間隔に壁にくっついている両開きの扉。本来ならばこんなに扉はない。明らかに異常だ。
迷った、というより__
「__どこかに迷い込んだ・・・?」
どうやら俺は研究所の姿をした奇妙な空間に迷い込んでしまったらしい。
「・・・どうしよう、君帰る方法分かる?」
分からない、と肩にいるマンドレイクは異常事態に恐怖を感じているのか俺の首にがっしりとしがみついたまま顔を横に振る。
魔法を使えない俺にはどうしようにも術がない。かといって助けを求める手段もない。
頭を抱えながら無い知恵を絞って思い悩んだ結果俺はおそるおそる手あたり次第に扉を開けてみることにした。だが鍵がかかっているのかドアノブは動かない。
「ダメ、か」
このまま立ち止まっていてもどうしようもないなと廊下を歩き続けてみるがその光景は変わらずのままだ。どこにも辿り着かない。
その時、再び頭の上で笑い声がした。水場で聞いた笑い声と同じ妖精や精霊たちの笑い声。そこで俺はこれが彼女たちの悪戯であることを理解した。
(悪戯なんていう可愛げのあるものじゃないけどこれ・・・)
「ってことはここ研究所内じゃないってことかなぁ・・・。なぁ、マンドレイク。君から妖精たちに返してもらえるよう頼めたりとか__」
全力で否定の意を込めて首を横に振るマンドレイク。
「無理か」
完全に八方ふさがりだ。
しかしマンドレイクが側にいるおかげか不思議とさほどまだ内心焦らずいられる。
(とりあえず妖精たちを怒らせることだけは避けなきゃ。怒らせたら本格的に帰れなくなる)
「あ痛っ」
ぼーっと考えながら無意識に歩いていたせいか壁に正面からぶつかってしまった。
(ん?壁?)
「あっ、壁がある!」
長く長く歩き続けた果てようやく廊下の終着らしき果てに辿り着いた。黒く黒くただひたすらに一面が真っ黒い壁の中に一つのウッド調に金色の装飾が施された片開扉がぽつんと壁に張り付いていた。明らかに他の扉とは違う。
「これなら__」
俺は躊躇することも迷うこともなくその扉のドアノブに手を掛けた。
ドアノブに触れたのと同時に脳内の雑念が消え失せたのが分かった。
『クスクス』
笑い声が鮮明に聞こえる。
「・・・!・・・っ!!」
耳元でマンドレイクが必死に何かを訴えかけているように蠢いていたが俺は扉の存在しか認識できずにいられないように、ただ一点に、扉を開けようということのみしか脳が指示を出せなくなったようだった。
「__ダメだ、アシル」
聞き覚えのある少女の声と共に俺の視界が塞がれる。背中に人の気配、体温を感じる。
「・・・ミシア?」
俺は背後から視界を塞いでいるであろう人物の名を呼んだ。
「そのドアは開けちゃいけないよ」
少女はもう片方の手でドアノブを握っている俺の手をゆっくりドアノブからはがすと目を覆っていた手を放して俺の視界を開放する。同時に思考にかかっていた
「・・・どうしてここに」
「君を探しに来た他に何が?」
ミシアは少し不満そうに答えた。
「部屋を出て行ったっきり帰ってこないから探したんだ。迷っているのではないかと思ったんだがまさかこんな場所にいるとは・・・。いや、君を責めるのは訳が違うな。こちらの、ボクの落ち度だ。研究所にいる者たちとは明らかに異なる存在の者が来たとなれば好奇心旺盛な妖精たちが君にちょっかいを出さないわけがないんだ。いずれいせよ一人にするべきではなかった」
ミシアは、すまない、と俺に謝罪の言葉を吐いた。
「いや、俺も黙ってでてきちゃったわけだし、お互いさまというか非はこっちにあるというか__」
そこでふと疑問に思った。
「・・・なんだ?」
「どうやって俺の目を塞いだのかなって。身長的に」
そう、ミシアは俺の肩くらいまでの身長しかない。手を伸ばしても俺の目元には届かない筈だが・・・。
「そんなことか。簡単だ。こういう現実とはかけ離れた空間は魔力を少しのせただけで法則性を無視した芸当ができてしまうんだよ。瞬間転移したり浮いたり。こういう風にな」
ミシアの足と床との距離が離れて体が浮き上がった。プラチナブロンズの長い髪の毛が重力を無視して水中のように波打つ。
「だから逆に魔力耐性のない君の体には毒だ。早いとこ帰ろう」
ミシアは足を地につけると俺の手を引いて行き止まりとは反対方向の来た道を戻っていく。
「え、あの扉が出口じゃないの?」
「あれは違う。あれの正体までは分からないがドアを開けていれば只じゃ済まなさそうだな」
「只じゃ済まないって?」
「さあな」
あまりに投げやりで本当に知らないのかそれともわざと真実を隠しているのか曖昧な返答をした。俺は彼女に手を引かれるままその小さな背中を追う。移動している最中にも妖精たちは自分たちの周りを付きまとうように浮遊しながら笑い続ける。
「まったく好かれてるな、君は」
「これ好かれてるって言うの?」
「ピクシーは悪戯好きの妖精だ。彼らがすることに善意も悪意もない。気に入ったものにちょっかいをかけて楽しんでたんだろう」
ピクシーらはミシアの考察が正解だと喜ぶように舞った。
そのまま俺たちは一直線の廊下を歩き続ける。
「ボクもな、この研究所に初めて来た時は君みたいに迷わされた」
ミシアは俺の方を振り向かず前を向いたまま話し始めた。
「妖精が人間の子供をさらおうとすることは珍しくない。だから目をつけられたんだろうな。研究所は子供が遊びに来るような場でもないし。でもボクは悪戯をされて泣くような可愛げがない子供だったからな。自力で抜け出そうとしたさ」
「それで抜け出せたの?」
「いや、無理だった。いくら大人程の知識を身に着けていようと所詮子供だ。妖精には敵う筈もなかったよ。マリアさんに見つけてもらった」
ミシアがその足をぴたりと止めた。俺もつられて止まる。ミシアは身を反転させて俺と向き合うと、しずく型に多面カットされたグリーンの装飾石がついた黒リボンの髪飾りをその髪からほどいた。
「君は魔力を持ってないしマンドレイクの魔力は微弱なおかげで見つけるのに時間がかかってしまった」
俺の手を取るとその手首にリボンを一回、二回巻き付けて結んだ。
「だからそのリボンを肩見放さず身に着けるといい。マンドレイクに身につけさせてもいい。それを持っている限りはボクは君を見つけることができるからな」
「そんなことできるの?」
「魔法石の魔力を追ってな。・・・その魔法石なら、どこにいようが見つけられる」
高価そうな髪飾りにも見えるそれを自分が貰っていいのかと聞いたらミシアは「また君に迷子になられるよりはな。君の体質なら何度も迷わされそうだ」と、嘲るように言った。
何度も迷わされるのは御免だと俺は肩をすくめた。
その後無事に現実世界に戻ることができた。マリアさんや非番だと言っていたベルさんやカルタさん、ノエルさんも俺を探していてくれたらしい(ラウルさんは起きなかった)。頭を下げる俺に薬学室の皆は無事でよかったと言ってくれ、俺の安否を確認するや否や各部屋へと戻っていった。
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【ピクシー】
イングランド南西部に伝わる妖精で洗礼を受けずに亡くなった子供の化身だと言われています。悪戯好きの妖精で旅人を一日中躍らせたり取り換え子 (チェンジリング)をしたりします。チェンジリングネタは魔法ネタでは有名な話なのでいつか本編の方にも取り込めたら・・・と思いつつ。
悪戯をする反面、ボウル一杯のクリームやリンゴを一個与えると仕事を手伝ってくれるとか。
虫の羽をはやした小人として描かれることが多いですが本編の方では淡い光として登場させてます。姿があるよりこっちのほうが不気味っぽさがあるかな、と。
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