そして少年は一歩を踏みだす④
「__
「は?」
調薬に必要な器具を用意している最中ノエルが突然言った。
「あんなのアシルが一番分かりきってるんだから、わざわざ言うほどのことでもないでしょ」
あんなの、とはボクがアシルに言い放った言葉だろうか。
「マリアさんだってその上で彼に決断させてんじゃないんですか__ってなんすか」
珍しい弟子の様子に何も言わずに見ていたらそれが不気味だったのかノエルは目を細めてボクを見る。
「いや、君が他人の肩を持つことがあるんだなーと」
「俺を何だと思ってるんすか」
ノエルは分かりやすくむくれてみせた。ころころと表情を変えるノエルは見ていて飽きない。自分があまり感情豊かではなく周りの大人に「子供のくせに気味が悪い」と言われるような人物なのでその分更に。
「でも事実じゃないか。君が何かと面倒を言いながらも世話焼きな面があるのは知っているがそれでも先刻のは珍しいものだった。君はどこか他人に踏み込ませない質でもあるからな。彼が気に入ったのかい?」
「いや、別に気に入ったとかそういうんじゃ・・・」
そう語尾を濁して否定しているが照れ隠しするかのようにノエルは「これ種除けましたよ」と種を抜いたオレンジ色の球体の果実を渡してくる。
(照れてる照れてる)
「ボクも彼には興味があるよ。マンドレイクやブラウニーといい彼はやたらと妖精や精霊に好かれやすい傾向にあるみたいだからね。”魔力なし”にはまず見られない現象だ。__これすりつぶして」
「そうなんですか?」
薬草と花弁数枚を入れた乳鉢をノエルに手渡す。
「妖精と
「魔力。正確には妖精が欲しがるものだけど、それが魔力が多い」
乳棒で薬草と花弁を乳鉢の底に擦り付けてすり潰しながらノエルが答える。
「百点満点の答えだね。そう、だから上質な魔力を持つ魔法使いは妖精に好かれるケースはよくある。けど__、」
釜に水と種を除いた果実を投入した後、人差し指の先端に魔法で種火を起こしてアルコールランプの芯に火を移した(芯に直接火を灯すよりも自分の体を媒介に火を起こす方が簡単なのである)。
「__彼は魔力がない、つまり妖精が一番欲しがる最低限の対価を持ち合わせていない」
「!」
それでノエルは要領を得たようで驚嘆の表情をする。
「なのに妖精は彼に懐いている。彼に
ノエルがすり潰した薬草らを釜の中の煮立った薄橙色の液体に追加する。かき混ぜると薬草の緑に染まるでもなく液体は薄桃色に色を変える。薬草の中に含まれていた魔力が加わって魔法薬へと変換された証拠だ。
魔法使いが物を作る際魔力というものは意図せずともこもる。それに既に魔力がこもっている材料もある。なので魔法薬を作るのにも魔力を加える、という工程はないのだ。
「面白い・・・、で済むならいいんですけどね。研究所のマッドな奴にでもバレたら徹底的に解剖されそうな事案ですね?」
「言えているな」
(うん、こんなものだろう)
ランプの火を吹き消し、三十秒程冷ます。その間に薬瓶を三十個並べる。三十秒のカウントを終え、ボクが釜の上で人差し指をすいっと軽く振り上げると、魔法薬が生き物のように釜の中から三十に枝分かれしてそれぞれ薬瓶へと吸い込まれてゆく。均等に振り分けられた魔法薬の尾が薬瓶に収まり終えると栓が口に蓋をする。それで魔法は終了する。最後に『魔力回復薬』と文字がかかれたタグを紐で薬瓶の口近くに括りつけて魔法薬は完成となる。
「えーと、魔力回復薬、っと。__つまりアシルは只の”魔力なし”ではない、ってこと?まさかマリアさんはそれを知って・・・?」
ノエルは魔法薬納品依頼リストの『魔力回復薬、三十個』の欄に制作完了のチェックマークを入れる。
「どうだろうね。あくまでボクの憶測だしまだなんとも言えないけど」
(とりあえず、厄介な事にならなければいいんだが)
深く熟考したいところだがその正体を暴くのはまだ時期尚早だろう。その衝動は一旦鎮めることにした。
「これで騎士団からの発注の魔法薬は全部ですね」
今回作った魔力回復薬と昨日作っておいた毒消しの薬、治療薬等騎士団から依頼された魔法薬一式をきっちり箱の中に並べるノエル。
「お、終わりか?」
「今日はね。でも残念ながら、なんでも新種の魔法植物が見つかったとかでそれを魔法薬に使えるかどうか研究が始まるらしいですよ。__ああ、マリアさんが植物学者のところに行ったってその案件のことか」
「そういやそんなのあったな。魔獣から採取できた珍しい植物があるとか__」
「__ミシア、ノエル、いるか?」
植物園に薬草を採取しに行ったラウルが扉から顔だけ覗かせる。
「どうしたんすか?」
「ちょっと植物園まで来てくれ。僕じゃどうにもできん」
ボクとノエルはお互いに顔を見合わせた。
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