3、あがりが見えない(5)

 愛ちゃんの言う通りかもしれなかった。確かに僕も同じだった。美沙希を好きになって僕はずっと辛い思いをしていた。辛くて、そして美沙希を嫌いになった。好きだったから辛くって、そして嫌いになった。


 でも。でもだ。高校の時、美沙希のことが好きだったあの時。僕は辛かっただろうか。いや、そんなことはなかったはずだ。美沙希と一緒にいる時間が楽しくて、辛いなんて思わなくて、だから好きになったんだ。


 なら、いつからその気持ちが辛いに変わったんだろう。答えは簡単だった。美沙希が僕ではない他の人を選んだ時からだった。それを知ってからは好きなのに辛かった。美沙希の気持ちが僕に向かないことがわかって、辛くなったんだ。人を好きになることは本来辛いことなんかじゃない。


 きっと今愛ちゃんも同じなんだ。あの日、僕が美沙希と一緒に公園に行った日。愛ちゃんはきっと僕の隣にいる美沙希を僕の彼女だと思ったのに違いない。そうして、僕の気持ちが愛ちゃんに向かないことを知ったのだ。だから好きが辛くなったんだ。


 でも、違う。確かに僕は今美沙希と暮らしている。ずっと一緒にいる。でも僕と美沙希は付き合ってはいないのだ。ただ一緒にいるだけ。それに、僕は美沙希と一緒にいるかもしれないが、美沙希は僕とは一緒にいない。美沙希が一緒にいるのは嶋という別人なのだから。


「先輩の質問に答えます。私は先輩のことが本気で好きで、その気持ちに嘘偽りはありません。ただ、どこが好きなのかという問いに関しては私にもわからない、そう答えさせてください。先輩は頼りにもならなくて、カッコ良くもないし、一緒に話していて楽しくもないんです。でも、一緒にいて落ち着く……長い間隣にいたいってそう思えたんです」


 そう言って愛ちゃんは僕に背を向けた。そしてこう続けた。


「トイレにいます。先輩さえ良かったら……来てください」


 愛ちゃんはロッカールームを出て行った。僕は数分してその後を追った。


 愛ちゃんは早生まれの高校一年生。聞くと年齢はまだ十五歳だった。それでも愛ちゃんの身体は成人男性を興奮させるのには十分だった。だから僕と愛ちゃんは仕事終わりに、バイト先のトイレによく一緒に入った。その頻度は段々と高くなって、それをすればするほど僕と愛ちゃんの仲が深まっていくのを感じた。そんなことはしておいて、僕は愛ちゃんにあの時の告白の返事はしていなかった。いや、するつもりもなかった。また同じだった。僕にとって愛ちゃんはただの性処理の道具に過ぎなかった。


 愛ちゃんから告白されて一ヶ月程経ち、僕はバイトをクビになった。愛ちゃんとの行為が店長に全てバレたからだった。


 愛ちゃんにそのことを伝えると私も辞めると言いだした。でも僕はそれを止めた。愛ちゃんまで辞める必要はどこにもなかったからだ。そして僕はようやく言ったのだ。


「ごめん。遅くなったけどやっぱり付き合うことはできない。愛ちゃんはまだ十五歳だろ……さすがにまずいよ」


 すると愛ちゃんはこう返した。


「今更……まずいって。もうとっくにまずいことはしてるのに。それにあの日、トイレまで追いかけてくれたのは私の告白を承諾してくれたってことではなかったんですか」


「勘違いさせたなら申し訳ない。そういうつもりではなかった」


「それなのに私にキスしたんですか? それなのに私とセックスしたんですか? トイレ行こうって何回も誘ってくれたのは……それじゃあ何だったんですか……私には理解できません。大人の男の人は好きでもないし付き合ってもない人とそういうことをするんですか」


 言い返す言葉はなかった。ただ沈黙だけが続いて、愛ちゃんは一人で頷いた。


「そうですか……先輩の言いたいことはわかりました。でも納得したわけじゃありませんから」


「いや愛ちゃん、わかるだろ。君と僕は、十以上も離れているし、それに君はまだ高校一年生で」


「だからなんなんです? 今更常識人ぶらないでくださいよ!」


 愛ちゃんの目つきが以前までの死んだような目つきに変わった。まるで僕の心の中を見透かそうとしているみたいな目だった。


「先輩は今何を考えているんです……?」


 やめろ。


「先輩が何を考えているのかわからないんです」


 やめろ。


「私の年齢が十五だから……なんて」


 やめろ。


「それは本音ですか」


 やめろ。


「それとも建前なんですか」


 やめろ。


「私をフる為の建前じゃないんですか」


 やめろ。


「どうなんですか」


 やめろ。


「先輩の頭の中に浮かんでいるのは、今誰ですか」


 やめろ。


「私ですか」


 やめろ。


「それとも……」


 やめろ。


「あのメクラ女ですか」


 もう、やめろ。


「私を性欲解消のためだけに使った挙句、嘘をついて私をフるんですね」


 やめろ。


「だったら聞かせてください」


 やめろ。


 ふざけんな。


 僕はあいつとは違う。


「先輩の中には今……私に対する罪悪感はありますか?」


「……やめろって言ってんだよ!」


 大声を上げてしまった。愛ちゃんはあからさまに怪訝そうな顔をする。


「絶対に許しません」


「なんだよそれ。許すとかじゃないんだよ。そもそもそっちが勝手に告ってきたんだろ」


「先輩は何もわかってないですね。本当、なーんにもわかってない。女があれならてめぇもメクラかよ」


 愛ちゃんは頭をぐしゃぐしゃに掻きむしって自分のスマホの画面をこちらに向けてきた。


「変だな、って思ったから調べてみたらこれですよ」


 見せられた画面には下着姿の美沙希が映っていた。写真の隣には名前も記載されているがその名前は美沙希ではなく、みのりだった。他にも数人の女が写っていたが、他はみんな顔の一部にモザイク処理がされている。目を包帯で隠している美沙希には不要な処理だった。


「風俗嬢を誑かして、自分家で飼ってるんですよね?」

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